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 無 聊 の 記   12/25/2010 UPD 
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12/25:恩師二人
今年は、ラ・サール時代の恩師がお二人 鬼籍に入られました。 恩師が我々の心に残された足跡を思うと 限りある人生の春秋をどのように生きる べきか身を持って示されたと実感します。 9月に亡くなられた岩井先生は、強固な 信仰心をもたれ、「神の摂理」のもとに 97歳で奥様の待つ天国へ召されました。
こちらに先生が亡くなられたときの9月10日付の「無聊の記」の記事があります。 奥様を昭和27年に結核でなくされた後、独身を貫かれ、養女と一男三女を育 てられました。養女の方は後に修道女になられました。 先生は、遺族への最後の命令として、「葬儀は谷山カトリック教会にお願いす ること、ただし、近親、海軍、ラ・サール、教会信者へのお報せ無用、香典、 供花はお受けしないこと」を申し渡されたそうです。 また、先生はご家族に「駆逐艦の機関室はこんなモノではない」とクーラーの 設置も認められなかったそうで、最後まで海軍将校魂を持たれていたようです。 一方八色先生は、我々が中学へ入学したとき 赴任されたばかりで、10歳違いの先生でし た。12月6日、76歳の生涯を終えられました。 器械体操の名手で、進学校から国体へ選手を 送り込まれるなどの手腕を発揮されました。 同期の三浦君は先生の薫陶を受け、国体の選 手として活躍しながら東大理Vへ一発で合格 しました。彼と先生の間柄は、兄貴と弟とい う感じがします。入院先に卒業生の鹿児島市 長や多くの医師がお見舞いに来たため、病院側は驚いたそうです。因みに県知事 も卒業生ですが、彼がお見舞いに行ったかは知りません。 私は、勉強も体育もからっきし駄目で、生活指導という先生の別の役目だけでお 世話になったものです。今年7月に食道がんが見つかりましたが、既に肝臓など に転移があり、手遅れの状態でした。同期の古木さんが、私の記録をコピーして 先生のもとへ持って行かれたので、先生から電話と手紙をそれぞれ2回頂きまし た。これらの経緯は、後ほど別のコンテンツとしてまとめる予定です。 最上部へ
12/11:富士山とX'masイルミネーション
八日の朝、丹沢の山並みがくっきり見え富士山の頭が真っ 白に輝いていた。秦野まで富士山を撮りに行こうと思い立 ち車を走らせた。秦野は現役時代20年近く通っていた工 場がある街だ。246号線で善波トンネルを抜けると暗闇 から急に大きな富士山が眼前に現れる。 この景色を初めてみたときの感動は今でも忘れられない。 トンネル脇の小道に入り、ひとしきり富士山の勇姿を眺め 数枚の写真を撮って、大山の麓の菜の花台へ向かった。 ここには円筒形の木製の展望台があり、スパイラルの階段 を登りつめると雄大な富士山と相模湾の眺望が楽しめる。 十一日、ニュースで原宿のイルミネーションが映し出され た。日の入りの時間を調べ3時半ころ家をでた。 原宿についてみると大変な人だかりで、3脚を立てて写真を とるスペースを見つけるのに苦労した。 駅前の横断歩道橋は満員電車並みの混雑で、警備員が立ち止まらないでと絶叫して いた。そんな制止を無視して多くの人が携帯のカメラで写真を取るため立ち止まる。 もみくちゃになりながら駅にたどり着き、新宿南口のサザンテラスへ向かった。 こちらのイルミネーションは青を基調にしたLED照明で趣が全く異なっていたが人 混みは同じで落ち着いて撮影できる場所はなかった。
  
X'masイルミネーション 最上部へ
12/03:雨上がりの紅葉
朝方八時過ぎまで激しく降っていた雨が、九時ころには嘘 のように止んだ。雲間から眩しい朝日が顔をのぞかせたの を見て、慌てて家を飛び出し家の近くのモミジの木へ向か った。雨露が着いているもみじを撮りたかった。 風が吹くと、雨のように雫が落ちてくる。 一本目の木を見て、2本目のもみじを撮り始めたら、急に 雨が降り始めた。傘を用意せずに飛び出してきたので大慌 てで民家の軒先に避難し、20分ほど雨宿り。今度はちゃ んと晴れてくれた。もみじは雨露が付きにくく直ぐ乾いた 状態の葉っぱになってしまう。 マクロレンズを使い、マニュアルでピントを合わせながら 撮ったが、強風が吹き荒れ、陽射しがめまぐるしく変わるの で、何枚も同じ被写体を撮ってみた。 家に帰ってみると1時間半ほどで170枚近く撮っていた。 強い雨で汚れが拭き流されたせいか、清々しい色香が漂って いる。ピンぼけや露出不足のものなどを除くと、100枚強の写真が残った。
  
  
  
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12/01:リベンジ新宿御苑の錦繍
月曜日、思いもかけず休園日で悔しい思いをした新宿御苑 に再挑戦した。 今日は、イチョウの樹の黄金色を何としてもモノにしたか った。目的の場所へ直行したら、プロのカメラマンと思し き人がモデルを使って撮影していた。 しょうがないので近くの十月桜を撮ってみた。 この桜はマメザクラとエドヒガンの種間雑種だそうだ。 しばらく遠慮していたが一向に終わる気配がないので邪魔 にならないであろう場所を選んで割り込んだ。 近くのベンチでレンズを取り替えながら30分近く2本の いちょうの木をなめまわして取り組んだ。 ほぼ思い通りの写真が撮れたと思ったが、後で見るとやはり まだ腕が上がっていないことを実感した。 それでもこの日は陽射しも暖かく、人混みもなく、気持ちの 良い日だった。 時々ベンチに座り、おむすびやお菓子を食べ、ため息を飲み込んで気持ちを奮い立たせ ながら撮影を続けた。
  
このイチョウの樹は堂々とした枝ぶりで、高さも相当あるが、地面すれすれまで枝 が垂れ下がっており色々なアングルで撮ることができる。
  
ひとしきり撮り終わって、御苑の東側のフランス式庭園へ向かった。 ここにはバラ園があって「プリンセスアイコ」という品種など、いろいろな種類の バラがあって人だかりがしていたが少し盛りを過ぎている感じだった。
  
一周して新宿門から帰るつもりだったが、かなり疲労困憊してきたので千駄ヶ谷門 を出ることにした。思いがけずこの手前で池に映る紅葉を見ることができ、得をし た気になった。「この近くではカワセミを見ることができるよ」と教えてくれた人 がいたが、待ち受ける余力がなく退散した。
  
上段の右の写真は、タムケヤマ(手向山)紅葉、別名紅枝垂れというイロハモミジ の園芸種で細長い葉が特徴的なモミジです。 新宿御苑の錦繍へ 最上部へ
11/29:北の丸公園の紅葉
29日、冷え込みが厳しくなったが抜けるような青空に誘 われ、新宿御苑に出かけることにした。リュックにカメラ や3脚を取り付けて御苑に到着。なんと月曜日で休園。 がっくりしたが気をとりなおして北の丸公園に行くことに した。 桜の季節にはよく行く公園だが、この時期には訪れたこと はなかった。 でも、もみじの林があることを知っていたので多分良い写 真が撮れるだろうと、半分願いながら向かった。九段下の 駅から目的地に直行したが、直ぐに豪華なもみじが見えた。 出かけたことが無駄にならずほっとした。 ベンチに腰掛け、おにぎりを1個食べた。食べ過ぎると苦 しくなるのでこれで我慢をして早速撮影にとりかかった。 陽射しの加減が絶好で、美しさにため息が出た。 お堀の方にも行ってみたが、桜の葉は昨日の強風でほとんど散っていた。 ここからの景色は桜の時には圧倒的な量感があるが、殆ど枝だけになった桜は寂し いだけで絵にならなかった。葉っぱの残っている枝を探し、少し撮って休憩した。
  
ベンチには外国人の美しい若い女性がひとり座っていて手紙なのか詩なのか分から ないが一生懸命書いていた。 声をかけようかなと思ったが、邪魔しても悪いかと思いそのまま通り過ぎた。
  
再度もみじの林に舞い戻り、今度は黄葉を探した。林の中は暗くPLフィルターを付 けると3脚を使わないと撮ることができなかった。 カラスが沢山いて少し不気味な感じがした。
  
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11/23:飯山観音の紅葉
22日ホームページを復旧したところ、23日にはこれま でで最高の165人の方に見ていただいた。 午前中に100名を突破したことに驚きながら、嬉しくな って厚木市郊外の飯山温泉郷にある飯山観音の紅葉を撮り に出かけた。多くの方からHPを継続するようメールを頂き 長崎の妹からは使っていないパソコンを送ってくれるとい う電話までもらった。 復旧作業が難航し、手持ちのパソコンでは無理かと思って いた矢先だったので送ってもらうことにした。 これで気が楽になったせいか、もう一度復旧作業をしたら あっけなく回復した。 23日は朝方まで曇っていたが昼前に陽射しが戻ってき た。飯山観音は桜の名所で、毎年桜まつりが開かれる。 周囲の温泉郷は鉱泉だが、かなりの数の温泉旅館もある。 桜を見に行ったとき、もみじの樹が目についていたので紅葉も綺麗なのではないか と思っていたが、期待通りであった。
  
ただ、数は少なくその上電線が邪魔しているところが多く撮影ポイントを見つける のに苦労したが、祝日なのに人出も少なく静かな雰囲気でゆっくり楽しめた。 今年は色付きが例年以上に鮮やかなように感じる。
  
  
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11/21:丹沢・宮ケ瀬湖の紅葉
18日の朝、突然サーバーのディスクが動かなくなった。 ウインドウズも立ち上がらず、中古品のためバックアッ プの起動CDもなくお手上げになってしまった。 仕方が無いので捨てるつもりでおいていたSONYの小型パ ソコンを取り出した。メモリは256MG内蔵HDは20GBである。 因みに10年以上作り貯めたホームページは35GB程あり 外付けのハードディスクに収容する必要がある。 Webサーバソフトをインストールして復旧にとりかかった が色々なエラーが出て、何回やり直しても上手くいかず、 嫌気が差してしまった。気分転換を図るため妻を誘って 秦野のヤビツ峠から山道を走って宮ケ瀬湖に出るコース のドライブに出かけた。 ヤビツ峠の手前の菜の花台から秦野市街と相模湾を眺め 丹沢の山中に入った。 この日は薄曇りで、陽が射すと樹々の紅葉と黄葉が煌き 山の霊気を感じた。 日曜日のせいか、自転車で山道を走るグループが多く、妻はビクビクしながら運転 していた。 すれ違いのできないほど細い道を走り、駐車できるところを探しながら撮影した。
  
宮ケ瀬湖の近くまで降りると道はやっと良くなりほっとする。 湖畔から眺める山並みは、少し霞がかかっていたが秋色のグラディエーションが、 コバルトグリーンの湖面に映え見事であった。
  
  
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11/17:錦州の季節の始まり
窓の外を見ると遊歩道の桜はビックリするほど黄葉が進 んでいる。 夜半の雨が上がり、今日の午前はスッキリとした晴れ間 が望めるとの天気予報に誘われ、代々木公園まで繰り出 した。 もみじにはまだ少し早かったが、銀杏並木は最盛期を迎え ていた。不思議なことに公園内の銀杏の木はまだ青いま まの樹が多く、沢山の実が落ちていた。独特の異臭を、 ものともせずせっせと拾い集めている人を何人も見かけ た。 もみじの木はまだ数本しか紅葉していなかったが、朝日を 透かして見ると、見事な色合いで錦州の季節の始まりを堪 能できた。雨だれが残っていることを期待していたが夜半 にはやんだらしく見つけることはできなかった。 それでも雨上がりのもみじは鮮烈な色彩を見せてくれた。 公園内には、桜を始め多くの落葉樹があり、それぞれが秋色に染まり妍を競ってい る。 一角には小規模ながらバラ園もあり、思いがけず薔薇の花を楽しむことができた。
  
園内をあちらこちら歩きまわり、気がつくと2時間ほど立っていた。 最近は食べる量が少し増え、体重も52s台になってきたので、徐々に体力も付い てきた感じがする。
  
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11/11:尖閣ビデオA
昨日から、ビデオを流出させた犯人のことで大騒ぎである。 衝突事件の中国船長を処分保留のまま帰国させておいて、映像を国家機密というの は、その判断が中国の圧力に屈したものであることが白日のもとにさらされるのは 仙管内閣にとってまずいという理由でしかありえない。 そもそも「戦略的互恵関係」などというもっともらしい言葉を持ち出して自らの弱 腰を正当化しようとしているが、中国のマーケット欲しさ、レアアース欲しさの、 さもしい乞食根性丸出し政策を糊塗しようとしていることが見え見えである。 「経済的互恵関係」と言えばまだ理解できる部分もあるが、日本がその昔、エコノ ミックアニマルだと批判された当時そのまま、倫理観や信念など丸投げにして経済 的損得勘定だけで物事を判断する中国と何ら変わらない劣等国家であることを世界 に向けて発信したことに他ならない。 闇雲に世論を煽って戦争状態や軍備拡張に走るきっかけを作ることは避けるべきで はあるが、拝金主義共産党独裁国家に誤ったメッセージを与えて図に乗らせること は、最悪の政策である。品性も品格もないその場しのぎの政策しか打ち出せないで、 「後世には正しかったと評価されると信じる」というバカン首相には付き合いきれ ない。 人権を無視した独裁国家である中国や北朝鮮、それより少しましなくらいのロシア、 いずれも共産主義の理想からはかけ離れた最も醜悪な特権集団の異常国家である。 アメリカのようなキリスト教原理主義的な国になるのも困るが、もっと品格を持っ た凛々しい国であってもらいたい。
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11/02:厚木の初秋
あっという間に11月を迎えた。 前日の雨が上がり心地よい風が窓から入ってきたので、 相模川のすすきの様子を見に出かける気になった。 歩き出すと、今日の体調はあまりよくないのに気が付い たが、とにかく川原まで行くことにした。 川原に降りる手前に暴力団組長の自宅があり、そこの土 佐犬が吠え立てるのでちょっと躊躇していると若い兄さ んが出てきた。案外気の良さそうな顔をしていたので 「犬が怖くて先に行けないので何とかしてよ」と頼むと、 にこにこ顔で直ぐ犬をおとなしくしてくれた。ここには 獰猛そうな土佐犬が他に3匹もいる。 兄さんが手懐けている間に恐る恐る犬の脇を抜け川原へ向 かった。 この手前の桜並木はところどころ紅葉していて、日差しに 煌めいて秋の風情を醸し出していた。 昨晩は風も強かったせいか、黄葉が蜘蛛の巣に引っかかっていて蜘蛛がそれを取り 除こうと悪戦苦闘していた。面白かったのでカメラを向けたが風で揺れるのでピン ぼけばかりしか撮れなかった。
  
川原のススキは、例年に比べ数が少なく陽の位置も悪かったので、良い写真は撮れ なかったが、紫蘇の実の穂先が淡い紅紫とでも呼びたい色に染まっていて美しさを 感じた。セイタカアワダチソウも咲き始めの頃は初々しい黄色で目を楽しませてく れた。
  
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10/23:昭和記念公園
昭和天皇の在位50年を記念して開設された国営昭和記念 公園に行きました。 この公園は、米軍立川基地の跡地でとにかく広大です。 大規模な震災や火災などが発生した場合の避難地として の機能も果たすよう設計されているそうで、とにかく広 いの一言でした。立川駅のひとつ先の青梅線西立川駅の 改札に隣接していますが、そこからコスモスの咲いてい る所まで30分ほどかかります。 この日は半月ぶりの好天に恵まれた土曜日ということも あり、入場券を買うだけで10分程かかり、コスモスに 逢えたのは我が家を出てから優に2時間以上かかりました。 もっと早い時期にいこうと思っていましたが、天候と体調 の折り合いが付かず、この日がラストチャンスと思い出か けた次第です。でも、コスモスは見頃をちょっとだけです が、過ぎていて少し残念な気がしました。
  
それにしても、ここのコスモス畑は規模が大きく、入園料を払っても見る価値は十 分にあります。(ちなみに入園料は400円、65歳以上は200円です) 広大な敷地にはコスモス以外にもたくさんの草花があり、四季を通じて楽しめるよ うです。この日は、秋明菊、銀杏の実、ウメモドキの実とか、池のほとりの潅木の 紅葉が印象的でした。
  
林の中の蜘蛛の糸に小さな赤い葉っぱが引っ掛かっていてゆらゆら揺れているのを 見つけ、しばらく見つめてしまいました。この葉っぱはまだ地面に落ちたくなかっ たんだろうな、こんなに綺麗なのに土に帰るのは早すぎると思ったんだろうと勝手 に想像しました。
  
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10/17:秋の日光 (写真をクリックすれば大きくなります。)
朝4時ちょうど、妻の運転する車で日光へ向かった。ナビの到着予想時間は7時 半の予定であった。 出かけるきっかけになったのは、木曜日のニュースで日光竜頭の滝が紅葉の見頃 を迎えており、見頃は二十日頃までと伝えていたからである。 「綺麗いだろうな」と私がつぶやくと、「日曜日朝早 く出発して行きましょうか」と妻が応じた。 食事を摂ると、吐き気で動きが取れないことが多く、 躊躇したが、土曜の天気予報を見て決めることにした。 その天気予想では、日曜は朝晩雲がでるが、日中はおお むね晴れるということで、土曜の夜8時過ぎに画廊から 帰ってきた妻に出かけようと伝えた。 翌朝、3時頃起きだし、日光の観光マップをプリントア ップ、近くの旅館の電話番号をナビへ入力した。 東名、首都高速、東北道と順調な滑り出しで、この分では いろは坂も大したことはないと思っていたが、そうは問屋 が降ろしてくれず、日光ICを出る頃渋滞に入った。 それでもたいしたことはなく、竜頭の滝へ7時頃到着した。 近くに駐車しようと思ったが、すでに満杯で少し戻った所 の市営駐車場にやっと空きを見つけて停めることができた。 滝の正面の定番の撮影スッポットは、押すな押すなの大混雑で、人混みを画面に入 れないように撮るのに苦労した。 ひとしきり撮り終え、側道を伝って上流の橋までゆっくり登り、上りと下りの景色 を楽しんだ。
  
この日は、場合によっては旅館に泊まることも考え、いくつかピックアップしてい たが、予想より早く到着し、このままチェックイン時間まで動き回るほうが大変だ と思い、金精峠を経て吹き割りの滝から沼田IC、関越道経由で帰ることにした。
   
  
  途中、戦場ヶ原の駐車場に車を止め、近くの木道を散策し、湿原の秋の風情を楽し んだ。この日は陽射しには恵まれなく残念であったが、それでも秋の色の素晴らし さを十分堪能することができた。 金精峠への途中、湯ノ湖の湖畔にちょっとだけ足を止め、金精峠で妻と運転を替わ った。
   
吹き割りの滝を見終わった頃、やっとお昼になり街道沿いの蕎麦屋に入った。 ダンピングが起きないよう少しだけ食べたので運転を続行できた。 この日は朝はお稲荷さん1個、昼は盛り蕎麦少々とお菓子を食べただけで一日を乗 り切ったが、体重はほとんど減っていなかった。 秋の日光へ 最上部へ
10/16:コスモス (写真をクリックすれば大きくなります。)
例年訪れている馬入ふれあい公園のコスモスは、2週間ほど開花の時期が遅れてい た。 土曜日のせいか10時ころすでに駐車場は満杯で、1k程下流の河川敷に車を停め、 交換レンズを入れたバックの重さを感じながら歩いた。 日差しは既に高くなり、逆光での撮影は無理だったが、 花の状態は去年よりかなり良かった。 人出も多く、華やいだ雰囲気を感じたが、まだ秋という より晩夏といった気候である。 休憩用のベンチは数が少なく、初老の先客に占領されて いてレンズ交換するのにも苦労する破目になった。 リタイア年代に混じって、若い夫婦が小さな子供を連れ、 しきりに写真を撮っている姿を見ると、あんな時代もあ ったんだなと、ふと想いだしてしまった。 主役は子供と奥さんで、旦那がかいがいしく世話をし ながら撮っていたが、ほほえましく思うと同時に、いつ までも平和な家庭であって欲しいなと、がらにもなく思 ってしまった。
  
   
体調は相変わらず良くならないが、それでも車にたどり着いたときは2時間ほど経 っていた。 水分を補給し、甘いものを少し食べ、ほっぺたを2,3回叩いて発進させた。
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10/08:ゴッホ展浮世絵展
国立新美術館で開催されている「没後120年 ゴッホ展」 の招待券を家内からもらったので出かけることにした。 オランダのファン・ゴッホ美術館とクレラー=ミュラー 美術館という2大コレクションの収蔵品で、有名な「アル ルの寝室」や「自画像」などを観ることができた。 ファン・ゴッホは基本的には独学で成長した画家なのだと か、素描の重要性を意識し多くの時間を素描の訓練、特に 人物の素描に費やしたという。 若い頃、ゴッホの絵にすごく魅力を感じており、印象とし ては、もっと絵具をゴテゴテ塗りたくった絵だと思って いたが実物は意外にシンプルでおとなしい色調のように 感じた。会場は思ったほど混んでなく、画集でおなじみ の絵をゆっくり楽しむことができた。 <会場:  国立新美術館(東京・六本木) 所在地: 東京都港区六本木7-22-2 企画展示室1E 会 期: 2010 年10月1日(金)−12月20日(月) 開館時間: 午前10時−午後6時、金曜日は午後8時まで この日はゴッホ展だけで帰るつもりであったが1時間ほどで見終わったので、そのま ま帰るのはもったいないと思い、原宿の太田記念美術館へ向かうことにした。 ハンブルク浮世絵コレクション展(写真をクリックすれば大きくなります。) 太田記念美術館はこれまで知らなかったが、日経の夕刊に「世界有数 の浮世絵コレクションが里帰り」と出ていたので興味を持った。 ハンブルク在住で、代々の資産家であったゲルハルト・シャック氏の 浮世絵コレクションで、肉筆画の浮世絵は保存状態もよく見応えのあ るものであった。色を摺る前に墨一色の版木を試し摺りした「校合摺」 というものも展示されていたが、浮世絵の製作過程そのものは今ひと つ理解ができなかった。 会期  T期 : 10月1日(金)〜10月17日(日)  U期 : 10月19日(火)〜11月7日(日)  V期 : 11月9日(火)〜11月28日(日)
  
これらの展示品の中で、今までカンコドリと言えば「閑古鳥」しか知 らなかったが「諫鼓鳥」とは、中国の尭帝が朝廷の門前に太鼓を置き、 政道に誤りがあるときは、人民にそれを打たし、その訴えを聞こうと したが、善政だったため太鼓が鳴ることがなく、太鼓の上に鶏が止ま ったという故事から、天下泰平の象徴として使われる言葉だと知った。 諌めるための太鼓で諫鼓、ちなみに諫早高校は諫高(カンコウ)と呼 んでいる。 それ以外で面白かったのは久米の仙人の絵だった。(久米の仙人の絵は大きくなりません) 世の人の心惑はす事、色欲には如かず。人の心は愚かなるものかな。 匂ひなどは仮のものなるに、しばらく衣裳に薫物すと知りながら、 えならぬ匂ひには、必ず心ときめきするものなり。久米の仙人の、 もの洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは、まことに、手足・ はだへなどのきよらに、肥え、あぶらづきたらんは、他の色ならね ば、さもあらんかし。 高校時代古文の授業で徒然草を佐々木先生から教わった時、先生は ズボンの下に手を突っ込みながら、「男子校はいいねー」「女子が いたらこんな授業はできないよ」と言って、ひとり悦に入っておら れた。先生は文法に基づいた解釈より感性を重んじる方で、「読書 百遍・意自ずから通ず」が持論であった。 勉強が嫌いだった私は、とりわけこの先生の授業が好きだった。 女の白い足をみたとたんに心を奪われ、たちまち神通力をなくし墜落した久米の仙 人は、墜落後洗濯女と結婚。そして、その地に「久米寺」をつくったという。 そんなことを思い出しながら、小さな美術館の解説文を読みあさり、気がつくと 2時を回っていた。 最上部へ
10/07:庭の花など (写真をクリックすれば大きくなります。)
猫のひたいほどの我が家の庭に、今年もホトトギスの花 が咲き始めました。 例年では、秋明菊とキンミズヒキも揃って咲きますが、 今年は、キンミズヒキの花はすでに咲き終わりましたが 秋明菊はまだ蕾のままです。 2007年の記録を見ると9月11日これらの花はそろ って開花しています。 どちらが正常なのかは、一概には言えないかもしれませ んが、やはり今年の方が異常なのだろうと思います。 彼岸花の中でも一番早く咲く白い彼岸花がまだ美しさを 保っていました。 私の体調が狂っているのに合わせて、自然までも付き合 ってくれているようで、変な感じがします。 この彼岸花は、隣接する遊歩道に咲いていますが、他の
  
彼岸花はとっくに枯れ果てています。
  
先日UPLOADした我が家の金木犀は、去年刈込みすぎて貧相な樹勢で花も少ないので すが、遊歩道の金木犀は姿形もよく、沢山の花をつけていて豪勢でした。 ただ、今年は何故だか薫りがほとんど感じられません。
  
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10/05:金木犀 (写真をクリックすれば大きくなります。)
昨日2階の窓からふと外を眺めると、屁糞葛が絡まった 金木犀の木に黄金色の小さな花がびっしりと付いていま した。 今年は花の時期が遅く、もう咲かないのかなと思ってい ましたが、自然は律儀なものです。 ただ、薫りはヘクソカズラが絡まっているせいかあまり 感じることができません。 彼岸花を撮りに出かけた後は、ずっと部屋に篭もりきり でした。家内が友人と旅行に出かけていた3日間は、一 言もしゃべることもなく、音楽を聴きながらぼーっと過 ごし、食べる時間になると下へ降りて冷蔵庫を覗き、中 にある材料で食事を作って、腹に詰め込み、2時間ほど ダンピングが収まるのを待つという自閉症のような生活 でした。 この間、同期のK君から文字化け対策について有効なソフ
  
トを教えてもらったので、音楽を聞いた後は修正作業に没頭しました。 これまでHTMLはメモ帳を使って作成していましたが、インターネットで調べた色々 な対策を施しても、文字化けが発生し原因がわからず半ば諦めていました。 彼が推奨してくれたTeraPadというエディターを使うと、文字化けの頻度は確かに 減りましたが、完全ではなく、未だ原因不明のエラーが残っています。 パソコンはメインフレームのコンピュータとは比較にならないほど原因不明のエラ
  
ーが発生します。これで良く基幹システムが構築できるものだと不思議に思ってい ます。 もっとも私のパソコンの知識は、すべて我流で、その場しのぎで対応しているせい かも知れませんが・・・
  
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09/26:初秋の草花と相模河畔の曼珠沙華 (写真をクリックすれば大きくなります。)
今年の彼岸花は例年より開花時期が大分遅かったが、真っ白の花や、鮮やかな黄色、 それにピンク色の花など、あまり見掛けない花色のものを見つけることができた。 8月20日頃咲き始めていたヘクソカズラは、最後の花 が終わり沢山の実を結んでいる。薮枯らしもよく似た実 をつけている。これらの花の受粉は、蟻の働きによると ころが多い点も共通している。 どちらも厄介者の植物だが、その分、繁殖力が強いので しぶとく生き残っているのだろう。 枯れたヘクソカズラの実は、クリスマスリースの飾りに も利用されることがあるそうだ。 意外な感じがするが、結構洒落た感じの飾りになると思 う。 赤い色のオシロイバナは、あちこち普通にみることが できるが、今日は一つの花で赤と黄色に染め分けた鮮や かな花を、路地裏の冴えない場所で見つけた。 人工的に作ったのではないかと思うほどだが、紛れもな く自然の配剤である。
  
相模河畔の彼岸花は、今がちょうど見頃で、25日は夕方4時頃、26日は朝9時 頃、太陽の向きが反対になることを計算して、撮ってみた。 体調が悪く苦労したが、天気予報では26日の午後から下り坂になり、10月にな るまで回復しないとあったので、よろけながら撮りまくった。
   
写真の整理にも思いのほか時間がかかり、腹痛や下痢に悩まされた。 10月には久しぶりに九州へ帰ろうと思っていたが、体調の変化の予測が付かないた め、断念せざるを得ない状態だ。全く厄介な病気でイライラするが、妻が辛抱強くケ アしてくれるのでなんとか平常心を保つことができている。
初秋の草花へ 相模河畔の曼珠沙華へ 上記カラー補正後
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09/24:山里の彼岸花
(写真をクリックすれば大きくなります。)
秋分の日の嵐が過ぎ、24日は朝から雨のぱらつく肌寒 い日となった。このところ体調がまた悪くなり、食後は 吐き気に悩まされ2時間ほど動けない日が続いている。 この日も9時頃まで動けずにいたが、9時過ぎには雨も 上がったので日向薬師近くの彼岸花を見に行くことにし た。我が家から車で30分程度のところで丹沢の大山の 麓である。今年は異常な暑さのため彼岸に入っても彼岸 花を見ることができなかった。前日の雨と共に気温が急 に下がり彼岸花も慌てて姿を現したようだ。 このためか例年に比べ細身の花でひ弱な感じがする。 折りからの強い風で、沢山の花がなぎ倒されていたが、 小雨まじりの肌寒さの中で妖艶な姿を今年も見ることが できた。 その中で、白い花とピンクの花が隣り合っている場所に 遭遇した。初めて見るその花の色は、まさに彼岸の花に
  
ふさわしい神秘的な色合いであった。 刈り取りの終わった田んぼは水浸しになっている所が多かったがまだ稲刈りが終わ っていない所もあり、山里の風情を楽しむことができた。 時折小雨がぱらつく悪天候にも関わらず、中高年のカメラ愛好グループが結構大勢 訪れており、同好の士が多いことに驚いた。
   
正午を知らせるチャイムの音を聞いて、思いのほか長く歩き回っていたことに気が ついた。 車に戻ると疲れが押し寄せてきたが、甘い物をほうばり、気持ちを奮い立たせて帰 路についた。今日は予想より頑張れ、気持ちが晴れる思いがした。
山里の彼岸花へ
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       09/16:蓋棺事定(がいかんじてい)
棺(ひつぎ)のふたをして初めてそのひとの真の値打が分かるという4文字熟語
ですが、私が小学校の高学年だった頃、父がどなたかが亡くなったときに教えて
くれた言葉です。
おぼろげな記憶ですが、その方は賭け事が好きで、毀誉褒貶の激しい人でしたが、
父はなぜか尊敬していた人であったと記憶しています。
他人の評価などいちいち気にすることなく自分の信念を貫くことが大切なんだと
珍しくしんみりと私に話してくれたことを思い出しました。
今年の10月1日は、その父の生誕100年目に当たります。

最近、また「死」のことをちょくちょく考えるようになりました。自分が生まれ
て今までの人生に何か意味があったのだろうか、棺のふたをしても何も思い当た
らない人生であったとしか思えないという虚しさが胸をよぎります。

高校時代の数学の先生は、「非凡なる凡人たれ」と何回も言われました。授業内
容はほとんど覚えていないし、理解もしていませんでしたが、この言葉も最近よ
く思い出す言葉です。
国木田独歩の言葉であることは知りませんでしたが、正直で平凡に生きることの
尊さと実際の生活では、それがいかに困難なことかを縷々述べられたのだと今に
して思います。

急に秋めいた風が吹き、夏が終わったことを感じ、この1年ほとんど一人で何も
することもなく、ただ食べて寝るだけの生活に蓋棺録など必要もないことと思い
つつ、自分の生きた証が欲しいと思ったり、それこそ無意味なことだと、全く小
人閑居して何とやら・・・・

欝的な気分になっているとき、食道癌の先達、廃鶏1号のメールにシルバー川柳
が載っていました。彼が新幹線で見た新聞の記事を転載したものです。

● 厚化粧 笑う亭主は 薄毛症

● 「アーンして」 むかしラブラブ いま介護

● 新党も 肩書き取れば 老人会

● 食っちゃ寝て 豚ならとっくに 出荷済み

● 持病には 医者顔負けの 知識あり

● 動かない エレベーターや 押し忘れ

● 長生きを するなと政府に 仕分けされ

● 腹八分 残した二分で 薬飲む

● 味のある 字とほめられた 手の震え

● さびしくて 振り込め犯と 長電話

これを見て、江戸時代の仙崖和尚(1750-1837)の老人六歌仙を思い出しました。

1. 皺(しわ)がよる 黒子(ほくろ)ができる 
  腰曲がる 頭はげる ひげ白くなる 

2. 手は震う 足はよろつく 歯は抜ける
  耳は聞こえず 目は疎(うと)くなる 

3. 身に添うは 頭巾 襟巻 杖 眼鏡 
  たんぽ 温石 尿瓶(しびん) 孫の手 

4. 聞きたがる 死にともながる 淋しがる
  心は曲がる 欲深くなる 

5. くどくなる 気短くなる 愚痴になる
  出しゃばりたがる 世話焼きたがる 

6. またしても 同じ話に 子を褒める
  達者自慢に 人は嫌がる

時代が変わっても、老いることの哀しさは同じようなものだと、実感しました。
バイオリズムを調べてみると、偶然にも今日は、身体,感情,知性とも最低調
期に当たっていました。

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09/13:9月中旬の景色
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9月12日だというのに、今日も朝まで暑さが残り目が 覚めた。このところ、この暑さで外へ出かける気が起こ らず家に引き篭っていたが、意を決して5時半に出かけ てみた。 定番のビオトープへ行くと、そこはまだ夏が沢山残って いた。黄花コスモスは盛りを迎え、向日葵に似た黄色い 花も私の背よりも高く生い茂っている。 うっかり虫除けを塗らずに出てしまったため、たちまち 腕には蚊がたかってきて、10ヶ所以上刺されてしまっ た。 蜘蛛の巣もアチラコチラにあり、靴もズボンも泥だらけ、 嫌気が差してきたが、目の前に萩の花が飛び込んできた。 小さな木ではあるが、一気に秋の気配を感じさせてくれ た。やはり季節は着実に秋に向かっているのだ。 それにしても今年の夏は異常に暑い。
  
同期のメーリングリストでは、八色先生からの手紙が公開され、大きな話題になっ ている。 先生の食道がんは、W期でシビアな状況であるが、それでもしぶとく生き抜く決意 を述べられている。私には言うべき言葉が見つからないが、現代の医学では解明で きない人体の不思議がいくらでもある。
  
医学への期待と、不信の狭間で混乱している私には、同期の間で飛び交っている メールに、何とも言いようのない無力感で、反応することができない。 自分のビリーフ(belief)を押し付けるようなメールには嫌悪感さえ覚えた。
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09/10:岩井 正二先生
岩井先生が2010年9月5日97歳で 天国に召されました。 敢えて「天国に召された」としたのは、 もし、先生が天国へ行けないのであれば 何人も天国には行けないと思うからです。 先生には、中学入学以来特に親切に接し ていただき、足の悪い私を霧島や屋久島 にも連れっていって下さりそれから山の魅力に魅せられるようになりました。 ラ・サールでの生活は私にとってはあまり楽しいものではありませんでした が、先生の暖かい人柄に、父親の理想像を見た感じがありました。 いつも背筋をピンと張って穏やかな笑みを浮かべておられたことを、懐かし く想い出します。私にとって、オーラス先生と共に心の師でした。        1999年87歳の時書かれた、        先生の自伝『山路こえて』より 5男4女の末っ子として岡山市で大正2年7月7日出生。 大正2年生まれだから「正二」だそうでなんともシンプルな命名です。 父上が明治17年米国人宣教師に感銘を受けプロテスタントのキリスト教の 洗礼を受け、親族も熱心な信者となり、現在その子孫も信仰を守っておられ るそうです。先生は昭和4年に洗礼を受けられました。 小学6年の時、母上が子宮がんでなくなり、陸軍士官学校を卒業した三番目 の兄上が親代わりとして物心両面で支えてくれたと書かれています。 その後、45倍の難関を突破し、海軍機関学校に入学、毎学年成績が90点 以上で優等賞を取り、昭和9年に卒業、機関少尉候補生として日露戦争で活 躍した巡洋艦『八雲』に乗り組み、その後連合艦隊旗艦の「山城」、駆逐艦 「電」を経て「村雨」の艤装員に任ぜられ、造船所に勤められるなどの経験 をされています。その後、盧溝橋事件、杭州湾上陸作戦、砲艦「勢多」の機 関長などを経験された後、昭和15年に母校の海軍機関学校の教官になられ ました。その前年に結婚され、1男3女をもうけられました。奥様は長男誠氏 (ラ・サール8期の先輩)が12歳の時、35歳で肺結核のため亡くなられ ました。それ以来先生は独身を貫き4名のお子さんを育てられました。 太平洋戦争勃発後、海軍大学校選科学生となり阪大工学部に入学、昭和19 年には第10戦隊の旗艦「矢矧」に機関参謀として乗組まれ、10月にフィ リピン沖海戦を戦い、11月には1水戦旗艦「霞」の機関参謀に任ぜられ、 昭和20年呉に帰着、その後工機学校教官を経て、ドイツの技術を使った、 ロケット推進迎撃機「秋水」の開発に携わられました。この間乗務されてい た船は4月7日の戦闘でことごとく撃沈され、日本海軍は壊滅しました。 敗戦後、公職追放もあり、昭和25年ラ・サール開校と同時に舎監兼事務職 員として採用されるまで、極限に近い耐乏生活を余儀なくされたそうです。 昭和28年公職追放令が解除され、やっと教壇に立てるようになられたそう ですが、教員として認められるまでに相当苦労されたと述懐されています。 昭和31年に中学校が併設され、永沢先生と共に中1のクラス担当を勤めら れ、その年創設された山岳部の顧問にもなられました。 先生の登山歴は、海軍機関学校入学以来で、黒部白馬を皮切りに毎年北アル プスの縦走コースを踏破されましたが、戦争で中断されたものの、79歳で ヒマラヤミニトレッキングをされるほどの山好きでした。86歳で聖地サン チアゴ巡礼をされ、90を過ぎてからも世界一周の船旅や、四国のお遍路を 楽しまれるなど、驚異的な行動力で、私には驚嘆というよりため息が出るほ どでした。 先生は、ラ・サールに赴任後、七田神父に巡り会われカトリックに改宗され ました。先生のお子さん以外の親戚は皆プロテスタントのままでしたが、特 に違和感はなくキリスト教会がひとつになるよう願われたと書かれています。 また、日本の文化は仏教を抜きには理解出来ないとの信念から、お遍路など も実行されたそうです。文化が進むほど宗教は寛大になるべきで、文化の根 底には宗教と哲学が必要だと述べられています。 キリスト教原理主義者とイスラム教原理主義者がいがみあっている今の世界 に、先生のこの信条が敷衍されれば、もっと違った世界になるのでしょうが 人類はいつまでも戦争をし続ける生き物のようです。
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      09/08:食道がんに襲われた方たち
このところ、サザンオールスターズ桑田佳祐のニュースや小澤征爾の音楽活
動再開の報道などで、食道がんに注目度が高まっている。
こんな中、中高時代の恩師八色先生に食道がんが見つかり、既に肝臓や胸の
リンパ節にも転移されているとのニュースが、ラ・サールのメーリングリス
トに流された。
大学を卒業され直ぐ体育の先生として活躍され、器械体操でラ・サールの名
前を全国に知らしめるなど、勉強ばかりではない学校だよと強烈なアピール
ポイントを上げられた。同期の三浦君は国体の選手にもなり、東大理3には
現役合格した。
小児マヒで運動音痴の私には、殆ど無縁の先生であったが、その先生から突
然電話を頂いた。
病院からテレホンカードでの通話で1800度数のカードも17分程度で切れて
しまったとあとで知った。 張りのあるお声で、同窓生の古木さんが私のホ
ームページをプリントして持ってきてくれたので、それを何回も何回も読み
直したとおっしゃった。
私は、言葉を失いなんと申し上げて良いのか狼狽した。私の場合は幸運にも
転移がない者の記録であり、先生にとっては眼を背けたくなるような記録で
しかないはずである。先生は君の記録に勇気づけられたとおっしゃってくだ
さったが、私は気恥かしさと申し訳なさがない混じった悔悟の念に駆られた。
このホームページを公開した後、大多数は好意的な評価を頂いたが、若くし
てがんに罹り小さな子供のためにも死ぬ訳にいかないという患者さんや、経
済的な理由で高額治療をあきらめざるをえない方の悲惨な状況を知るにつれ、
自分の浅はかさを痛感した。しかし、綸言汗の如しである。公開してしまっ
たものを無しにすることはできない。
ただこの病気にかかり、いろいろな立場の患者さんや医師の意見を知ること
ができ考えさせられることが多かった。
これまで書いてこなかったことで、新たに問題だと感じた点をあげると・・

@働き盛りまたは子育て中の患者に対するセーフティーネットが、殆ど機能
 していないこと。
A我が国では行政の怠慢と制度の不合理性からドラッグラグがあり、海外で
 普通に使われている薬でも事実上使えないものがかなりあること。
B医師に支払う技術料より、薬局に支払う薬代や調剤費の方が理解に苦しむ
 程高額なこと
CMRIやPET・CTなどの高額な検査機械が適切に配置され使われているのか疑
 問に感じること。
       などである。

@に関していうと、生活保護を申請しなくても治療に専念できる制度が必要
 だし、雇用の維持について患者サイドに立った施策があってしかるべきだ
 と思う。 (特にシングルマザーやファーザーには深刻な問題)
 住宅ローンの減免や棚上げなども考える必要がある。
A抗がん剤などでも、海外で実績のある薬が我が国では使えず、手をこまね
 いているだけという、不可解で不合理な制度が改善されていない。
B前回の検診では病院への支払いが410円、薬局への支払いが6,220円であっ
 た。3割負担での金額だから、実際は2万円以上であり、そのうち調剤技
 術料と薬学管理用という名目で13%の費用が計上されている。薬はツムラの
 漢方薬で調剤技術など使いたくても使えないパッケージされた薬である。
 近所の開業医の隣にある薬局は、事実上その医院専用の薬局で、週4.5日し
 か稼働していないのに、2、3人の薬剤師がいる。
 また駒込病院で観察すると、医師や看護師などの人数に比べ、事務職員や雑
 用をこなす人員が多く、会計システムなども合理的とはとても思えない。
 製造業で言う、直間比率という眼で見ると、無駄な間接費があまりに多い。
 それでいてサービスが良いとは口が裂けても言えない。
CMRIやPET・CTはその高額な設備投資を回収するため、必要性の薄い患者や頻
 度で使われたり、脳ドックなど緊急性の低い用途にほとんどが使われている
 という。

これで、『我が国は最小の費用で最高の医療を提供している』というのは、全
くの詭弁ではないかと思わざるをえない。現在の医療制度は、個々の小手先の
改善ではなく、全体最適を考えた抜本的な改革が必要だと思う。

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09/02:またまたヘクソカズラ
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明け方、雨が降ったらしく木々の緑が一際きれいに見え ました。 金木犀に絡みついたヘクソカズラも、雨滴に囲まれ可憐 さが増している。世間ではイカン総理と汚沢前幹事長の 権力闘争がニュースになっているが、どちらにせよ期待 感はゼロ。もっと清新でリーダーシップのある政治家は いないいないばあ・・ という訳で、この暑さにうんざりの自走式骨格標本は、 もっぱらパソコンと向い合っています。 これまでのもののブラッシュアップが主体ですが、やり 始めると次から次に不具合が見つかり、エンドレス状態 に陥りました。 眼をしょぼつかせながら、クラッシク中心だった「音楽 の玉手箱」をもっと多くの人が楽しめるように、日本の ヒットソングを集めてみました。
  
これで今回の一連の改良作業は終わり、あとは体力が戻ればあちらこちらへ動き回 り、ネタを捜そうと思っています。このところ体重がやっと50sに達し、まだ食 後の不快感や下痢と便秘の繰り返しはあるものの、少しずつ快方に向かっているの ではないかと思っています。
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08/28:再びヘクソカズラ
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今、我が家の金木犀に絡みついたヘクソカズラが盛りを 迎えている。 階段や2階のトイレの小窓から、間近に見ることができ る。確かに臭いは良くない。それで嫌われるのも納得出 来るが、それでも今日の花は格別綺麗に思えた。 この花は昼過ぎると、花をつぼめてしまうが、夜明け前 にはまた開いている。こんな花にとっても昼間は暑すぎ るのであろうか? 暑さのせいばかりではないと思うが、最近また体調が思 わしくない。 食後直後のダンピング症候がかなり堪え、2時間近く動 くのがつらい状態がつづいている。 それでも食事量は徐々に増え、体重は49s台まで回復 傾向になった。時々下痢をするので割り込むこともある が、下げ止まったように思う。
  
7月末のCT検査や血液検査では、白血球が3000台で少し少ないこと以外は全くの 健康体だと診断された。転移がなかったことにはほっとしたが、自覚症状としては ダンピングは相変わらず続いているし、その程度も改善される兆候すら感じられな い。右胸の痺れもひどくはないが良くはならない状態である。 血液検査の結果では、コレステロール値や尿酸値は健康体の時より大幅に改善され
  
不思議なことにPSA(前立腺特異抗原)の値も、食道がんに掛かる前の10年以上も 続いた異常値がすっかり良くなっていた。 自覚症状と血液検査の結果との乖離に、なんとも言いようもない戸惑というより、 不信感が募った。これだけ体力が落ち、食事のたびに苦しいのに、検査の数値には 何も現れないのである。結果としてこれらの症状に効く薬は何もなことを示された だけのことだという虚しさがあった。 最上部へ
08/23:眼にはさやかに見えねども
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今朝は早く目がさめたので、5時に家を出て近所を徘徊 した。 この夏は、あまりの暑さにずーっと引き篭っていたので 久しぶりの外界だ。歩き始めるとすぐ、青い朝顔が飛び 込んできた。定番のビオトープへ行ってみると、花トラ の尾の群生が目を引いた。北アメリカのバージニア州原 産で大正時代に渡来。マイナスイオンを出すことで有名 なのだそうだが、そんなことは聞いたこともない。トラ ノオとは全く関係ない種類の花だ。 後ろに咲いている もっと花色の濃いピンクの花は違う種類のようだが、良 くは分からない。 近くには、メキシコ原産のオレンジ色の黄花コスモスが 咲いていた。普通のコスモスよりかなり早く咲き始め、 10月頃まで咲いている。その隣には、夏を代表する向 日葵がまだ美しさを保っていた。 家庭菜園は、ニガウリの花があちこちに咲いており、小
  
さな実をひとつだけ見つけることができた。その傍にはヘチマの花と思われる花も 咲いていた。さらに歩を進めると、英語でも「cocks-comb」(鶏のとさか)という ケイトウがちょうど見頃を迎えており、小さなカマキリさんが潜んでいた。 近くには、秋の七草のひとつ桔梗が咲き、姫女苑 とエノコログサ(猫じゃらし ) が、秋の雰囲気を少し演出していた。猫じゃらしには朝露が付き、朝日に煌めいて 美しかった。
  
秋本番のオミナエシも初々しい黄色の花を咲き始めており、まだ秋の気配を感じる には暑すぎると思いながらも、季節は着々と進んでいるようだ。 洋種山ゴボウも紫色の実が付き始めているが、夏の花であるカンナもまだ美しさを 保っていた。
  
今年は、次女が二人目の子供を出産するために、3ヶ月近く帰省していたが、上の 孫の世話と共に、6月末に生まれた男の子のために、妻は並外れた力を発揮してい た。朝は5時には起きだし、炊事・洗濯・掃除・庭仕事など少し手を抜けばいいの にと思うが、意地でも頑張るといった感じで、鬼気迫る感じすらあった。
 
元気一杯の孫を見ながら、自走式骨格標本の爺様は、フウフウため息をつきながら 付き合うのが精一杯あであった。8月10日に引き揚げていき、寂しくなったが、 ホッとしたというのが本音で、しばらくは静かな環境を楽しみたいと思った。 眼にはさやかに見えねどもへ 最上部へ
08/20:ヘクソカズラなど
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朝、ふと庭の月桂樹の方を見たとき、何か花が咲いてい るような感じがした。 窓際まで行ってみるとクロアゲハが止まっていた。 早速二階の書斎から望遠マクロで狙ってみた。 上手く撮れたと喜びながら階段へ行くと、今度は小窓か らヘクソカズラの花が見えた。隣の家から玄関脇の金木 犀に絡みついて、可憐な花を咲かせ始めたところだ。 このところの暑さで、外へ出かける気力も体力もなかっ たが、今朝はひんやりした風が吹き込んで気持ちが良か った。 小窓から身を乗り出して、ヘクソカズラという気の毒な 名前の花を、マクロレンズのマニュアルフォーカスで、 撮ってみた。私はへそ曲がりなので、便所草と言われる ドクダミやこのヘクソカズラみたいな花が好きである。 両方の花とも、匂いやどこにでも蔓延るのが嫌われる原
  
因だが、毒舌と気ままな行動で嫌われる我が身に似たところがある。本当は優しく 素直なのだが、中々世間様が認めてくれないのは理不尽である。(?) ともあれ、久しぶりに外の世界を見たような感じがして、下着姿のまま家の近辺を 見回すと、隣の家庭菜園にはオクラの花が咲いているし、百日紅の花もあった。 ツユクサも新鮮に感じた。
 
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07/14:孫との一夏
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6月以来、体調が悪化し、体重も46s台まで落ちたが 7月になって徐々に持ち直してきた。 体力が低下すると、意欲もなくなりベッドで無為に過ご すことが多くなってしまった。 生命力旺盛な孫と遊ぶ元気もなく鬱々とした時間が多く 気が晴れなかった。そんな中孫に誘われて散歩に出かけ た。このところ近くの公園や緑地の手入れがよくされる ようになり、ヤブガラシや洋種やまごぼう、竹煮草とい った雑草とされる草が極端に減ってしまったが、近くの ビオトープ(中村農園という)にはまだ残っている。 ヤブガラシの若い芽は食用にもなると言うが、食べた人 の話を聞いたこともなく、まだどんな味がするのか知ら ない。柿色の小さな花には蟻がいつも蜜をなめにきてい るので、そんなにまずいものでもないように思うが、中 々手をだす気にはなれない。
  
昼顔の花も雑草の中にあちこちと顔を出している。誰からも手入れされず、植栽さ れることもない花だが、必ずどこかには顔を出し、存在を誇示している。 孫は、ビオトープの中の家庭菜園で栽培されているナスやきゅうり、トマトとが畑 の中で育っていることに興味を示し、しきりに感心し、手で触って感触を楽しんで
  
いた。ビオトープに隣接する寺の日当たりの悪い場所にはアジサイの花がまだ若々 しい花を残していた。 1時間ほど藪の中を歩き回っていたが、虫除けを塗っていたにもかかわらず、気が ついたときには孫は顔や足に赤い斑点が沢山出てしまって、退散することにした。
  
廃鶏2号には虫一匹も寄り付かなかった。虫の栄養にもならないとは、心中穏やか ならざるものがあった。 孫との一夏へ 最上部へ
              07/04:新しい命の誕生(アドバイスを受け一部修正)
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出産のため5月の末に、帰省していた末娘に二番目の赤 ちゃんが6月28日の早朝授かった。 元気な男の子で安産であった。近くの産婦人科に駆け込 んですぐに生まれたため、東京で待機していた父親は立 ち会うことができず残念がっていた。 s3歳になる上の子は、急に赤ちゃん返りになったりで、 新しい事態に戸惑いを隠せないでいる。 これから母親の争奪戦を通じて、だんだん成長していく のだろうが、彼女の心中もなかなか複雑なようである。 ともあれ、弟の誕生を祝ってバンザイをさせた。 生まれて5日目に、我が家へ戻ってきたが土曜日は兄弟 日曜日は、嫁ぎ先の父上と叔母上が駆けつけてお祝いを して頂いた。 婿殿の父上は、直前に大企業の役員を退任されたばかり で、男の子の誕生をことのほか喜んでおられた。
  
ひるがえって、我が長男の一家にはまだ子宝に恵まれていない。爺様としては早く顔 を見たいが、どうなることやら如何ともし難い。嫁の父親は、今年の参議院選挙で、 民主党の比例代表で立候補しているが、Loopy POPPOちゃんの影響で苦戦しているよう だ。子供たちには比例は政党名でなく「加藤としゆき」と書くよう指示しているが、 今朝の日経を読むと、民主党は比例では20名程度しか当選できないであろうと出ていた。
  
今の制度では知名度の高いタレントが有利という、どう考えても馬鹿げた仕組みなので 心配である。 加藤氏の公式サイトはこちらから見ることができます。 なかなかの苦労人で、誠実な人柄は、長男の嫁の父親という以上に尊敬できる人物である。 最上部へ
相模河畔のアジサイへ 6月22日更新
              06/09:雨に煌めく山あじさい
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先月末、軽い気持ちでOSをXPからWindows7へ変えた。 これが大変な災難を引き起こした。まず多くのアプリケ ーションソフトが動かなくなった。 さらにバックアップを取った外付けのハードディスクが 壊れ、修復できなくなり、自分のホームページも見るこ とができなくなってしまった。 サーバーにしているパソコンはXPのままだったので、そ こからかなりのファイルは修復できた。XPからWindows7 へアップデートするだけで、想定外の不具合が生じ、復 旧に没頭しても、まだあちこちに不具合があり、風邪の 悪化も重なり、投げ出したくなってしまった。 それでも、豊島園の山あじさいが見ごろを迎えたという 情報を得たので、無理やり出かけることにした。 カメラに、スーパーのレジ袋を利用した、手作りの防雨 カバーを装着し、雨露に濡れるアジサイの花を撮りまく った。雨は30分程度で収まり、人出のあまりない園内で
  
落ち着いて写真を撮ることができた。 家に帰って、カメラのデータをパソコンに落とし、編集を始めたところ、またしても 多くのソフトが思うように動かず、疲労困憊してしまった。風邪もこのせいでひどく なり踏んだり蹴ったりである。先月は高校の同窓会もあり、気力もかなり出てきてい たのだが、こんなことでまた逆戻りしてしまった。
  
アジサイの花より先に、近所で見つけた沢山の花を公開するつもりだったが、このよ うな状況に陥ったので、これは後回しにし、取り敢えず非常手段を使いアジサイだけ を公開することにした。
  
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