12/26:古都金沢(12/25「いろは草庵」の続き) 翌日、ジャンボタクシーで金沢へ向かった。 天気予報は夕方から雨ということで心配したが幸い 殆ど支障がなかった。 今回の旅行は、幹事ではなかったので下調べもせず 特に見たいところもなかった。 ともかくもタクシーに乗って、先ずは市場でお買物 その後、武家屋敷、お茶屋、美術館へ行こうと衆議 一決。委細は運転手さん任せの気楽旅となった。 金沢は学生時代、白山に登った後、訪れたのと仕事 で一晩泊まったくらいで殆ど印象に残るものは無か った。 兼六園は、「ああこんな公園があったな」で通過。 それからが、期待をはるかに上回る古都の佇まいに どんどん引き込まれていった。日本の古い民家の意 匠と色合いの美しさに眼を奪われ、至福の時を満喫させてもらった。 特に弁柄色と黒の洗練された風合い、格子戸や瓦、坪庭、暖簾、雪囲いなど、 日本人の美意識の素晴らしさを遺憾なく発揮している街並みであった。 観光用に意識的に復元されたきらいもなくはないが、それを差し引いても古都 の美しさと、加賀百万石の奥深さを感じさせる充分な魅力があった。 なかでも、ひがし茶屋街の「志摩」は、昔に返って美しい遊女とこんな部屋で しっぽり濡れることができたらどんなにいいだろうと、先人をうらやましく思 ってしまった。 金沢の名店案内はこちら 最終日は石川県九谷焼美術館を訪れたが、こじんまりとした館内には出光美術 館から貸し出された古九谷や、古九谷窯跡の地で開いた、吉田屋窯の作品など 華麗な絵柄を堪能することができた。 当日の写真はこちら
12/25:いろは草庵 寮の仲間と金沢へ行った。リタイア記念忘年会と 銘打ち、山代温泉の老舗旅館2泊の豪華旅行となった。 羽田を飛び立つと富士山の東側を通過し、富士五湖が 見えたかと思うと10分ほどで立山、白山の銀嶺が見 え瞬く間に小松空港へ着陸した。国土の幅はこんなに も狭いのかと改めて思った。 山代温泉は、北大路魯山人が書家・篆刻家から陶芸家 美食家としても才能を開花させた土地である。 いろは草庵はこの山代温泉にあり、当地の吉野家旅館 の食客として迎えられた時の宿所である。 外壁の弁柄色鮮やかな草庵は、大正時代、山代温泉の 旦那衆の文化サロンという雰囲気が色濃く漂っている。 ここの近くにある魯山人が篆刻した「菁華」の刻字看板が掲げられた須田 菁華窯は、「美食倶楽部」で使用した器を大量に製作した窯である。 今でも、手で土をもみ、足で蹴ってロクロをまわし、薪で窯を焚く、という 古九谷以来の手作りの工法を守り続けているそうである。 当日の写真はこちら
12/19:紅葉 12月も余すところ十日あまり、今更紅葉を見ることも ないだろうと思っていたが、散策してみるとドウダンツ ツジの葉が見事な紅葉を見せ、傍らにはまだモミジが残 っていた。 南天の葉も相変わらず美しい色を見せてくれている。 枯れ行く紅葉と違い同じ赤でも南天の赤は艶のある若さを感じる色だ。 道端の藪には、血を噴き出したようなつたの葉が かたまっていた。虫に食い荒らされた葉の、怨念 が色となって噴き出たんだと思ってしまった。 当日の写真はこちら
12/18:初冬の黄葉 我が家の庭先に自然に生えてきた名前の判らない木が ある。春には薄紫の花が咲き、今は葉っぱはすっかり 無くなったが、青い実がたわわに実っている。 この実をお目当てにムクドリやヒヨドリが、ついばみ に毎日やってくる。 今朝はこの鳥たちの朝餉を自分の部屋から眺め、散歩に出かけた。 相模川の下流に向かって20分ほど歩くと、東名高速道路の橋梁がある。 二年前の夏の日曜日の朝、この橋梁で首をくくって自殺している青年を 発見したことがあり、その後足を向けることが無かった。 この近くにはお寺がいくつかかたまっていて、 今朝はそのうちの一つ永昌寺を訪れた。 大きなお寺ではないが、立派なイチョウの木 があり、黄葉の盛りを迎えていた。 周りの木々も派手さは無いが美しい色取りを 添え、黄金の極楽浄土を演出しているかのよ うであった。なぜか、青年のことが脳裏に浮 かび、この寺が菩提寺ではないかと思った。 名も知られないお寺であるが、今年一番の黄葉であった。 当日の写真はこちら
12/17:枯れススキ 久しぶりに相模川の河原まで足を伸ばした。 なに心なく眺めると、荒びれた茶色の枯れ野原だが、 近づいてみると茶系統の色のグラデュエーションの 美しさに眼を奪われた。 初秋に毒々しい色で河原を席巻していたアメリカ進駐軍のセイタカアワダチソウ は羊の毛のエリ巻きをしているようで、色合いも周りに調和して、日本の季節に 見事に溶け込んでいる。 枝だけになった潅木の周辺に広がる枯れススキは、 琳派の絵を思わせる見事な装飾性がある。 寒風の中で悄然と眺めるのも風情があるのだろうが、 この日は一月遅れの小春日和のような陽気で、 ゆっくりと景色を堪能できた。 当日の写真はこちら
12/16:冬が来ない 今年は寒い日が殆ど無い。 寒いなと思っても、少し動いたり食べたりすると汗ばむ ような日が多い。今日は朝早くから出かけた。 とは言っても朝日が昇るのが7時少し前だからそんなに 早いわけではない。手袋もマフラーも全く必要の無い朝だ。 見かける草花もこの季節に咲いているはずがないと思われるものがある。 それでもヒイラギの白い花を見ると、クリスマスの葉っぱにこんな花があったのか と何故か懐かしい思いがよぎる。 一方で季節を先取りするかのように水仙の花が咲いている。 刈り取られた水田には青草が茂り、悪なすびの花は季節を 忘れたのかと思うほどに咲いている。 アロエの花も熱帯の花のようで季節にそぐわない感じだ。 こんな花たちを見るとなんだか不安な感じがしてくるのは 思い過ごしだろうか? 当日の写真はこちら
12/12:賛辞 同期の仲間から賛辞をいただきました。自画自賛気味ではありますが・・ =================================================================== 吉耕さん、ぼくらのナカマさん、 今回のクリスマス・バージョンは、 “ヨシ、コウだ”とイメージがはまった感じ。 美に入り、才を尽して描いた地球が、 このうえなく愛しいものになっています。(現在、地球から月に入れ替えています) それに劣らず、故郷の母上を病床に見舞った 近況の一文もすばらしい。 “どこでボタンを、かけちがえてしまったか” は、皆に共通する悔みかも知れません。 その悔みの涙で撮った花の写真の何と見事なことか。 これらは「安楽死劇場」の醜により、美が光輝を放っています。 (もっとも、醜の美というものもあるそうですから、 劇場の方もがんばって!) 2006/12/11 (月) 22:20 安楽 隆雄 =================================================================== いい寓話が出来そうだな〜・・吉耕の才能に今頃気付くなんてね〜? 君! ”Hi School Cadits”をインスツールして皆に聞かしてくれ!。 朝礼の音だよ。55年前の音を皆に聞かしてくれ〜ラサールの匂いがするぜ。 小松原の薫風だぜ〜JAN JAN!! 〜 2006/12/12 (火) 0:34 アンラクナカマ =================================================================== 安楽・中間さんへ クリスマスバージョン楽しんでいただけたようで・・ このバージョンは著作権違反で成り立っています。 地球、星空、流れ星、天使、サンタのソリ、音楽などロゴ 以外の素材は全てパクリです。 著作権違反で訴えられたらすぐ閉鎖しなければなりません。 インターネット上でバラバラで見つけた素材に手を加えて 構成しなおしただけの作品(?)です。 天使や流れ星の出現方法、BGMの選択貼り付け,画面全 体の構成は独自に作りましたが、基本的にパクリです。 2006/12/12 (火) 8:13 吉耕 =================================================================== よかっじゃが!!イメージをいただいて、本にする時は自筆にすれば・・ 本の題名が問題なんだ・・時代性があって、社会性があって、・・う〜ん。 ”THE HISCHOOL CADETS"はだいかいっかせくれ!!・・スーザ作曲の行進曲。 福岡の八木寿郎君!! THE HIGHSCOOL CADETS(士官候補生) を一番 懐かしんでるのは君のはずだ!!君こそが裸足で教室に帰る俺の前でこ の曲を人一倍でっかい声で鼻すさんでた張本人なんです。何でかラサ ールの朝礼とこの曲と中村泰さんと八木君がセットで小松原の薫風と 共に蘇ってくるのです。なつかしいな〜 =================================================================== 中間さん このページと「安楽死劇場」の右上「BGMの選択」窓から「懐かしのマーチ」を 選ぶとラ・サールの朝礼で良く聞いた行進曲を聴くことができます。 「士官候補生」という名前は忘れましたが、この曲は良く聞いた記憶があります。 =================================================================== 有難う、これこそがラサールの朝礼後、子羊達を牧舎に帰す洗脳音楽だったのです。 62才になってもこの曲を聴くと素直に一直線に何処かに行こうとしてしまう ”いずこえ〜?”。でも行進曲の極めつけは何と言っても瀬戸口藤吉の”軍艦行進曲です。 わけても海上自衛隊佐世保音楽隊の演奏です。この曲で涙したのは一度だっただけの話 ですが・・吉耕さんおおきに・・ =================================================================== 鹿児島の浜田です。 最近の我が12期ネットは、俄然賑やかで面白い! 安楽・吉田(耕)・中間諸氏のご活躍、頭が下がります。 本家・床屋殺しも霞んできた。 さて、「士官候補生」は、次のアドレスをクリックして 聴いてください。 ただし、無料ソフトのMAGIQLIP2をインストールしてから。 http://mora.jp/package/80312032/0370006197404/ なお、ラ・サールの朝礼では、スケールの大きいアイーダ の「凱旋行進曲」とワルツ「美しき青きドナウ」が私の胸 深く刻み込まれたほどの名演でした。 ウィーンの本場では、3拍子のワルツは1泊目と2泊目がく っついていて、「ズチャッ チャ ズチャッ チャ」。 サーカスのチンドン屋のクラリネットが奏でる物悲しい 3拍子の「美しき天然」は、「ズン チャッ チャ」。 ラ・サールの朝礼でこれを学びました。 名古屋の誠吾さんが大人しくなった。夏場は、らっきょう を食べて元気に乗り切ったと思います。 題:らっきょう ワガバッカイ カモチセンジ ホカンシセェーモ オク レバ ドゲンナ! 訳:ダッキョ 自分だけ食べようとなさらないで、ほかの皆さんにも送 って差し上げたらイイと思いますわ! ===================================================================
12/09:母 11月29日に妹から電話があり、91歳の母の意識がなくなり危険だという。 翌日、朝一番の飛行機で長崎へ向かった。この時期、九州方面へ行く飛行機は強い 偏西風の影響を受け、帰りに比べると45分以上余計にかかる。早く着いて欲しい という気があると、なんだかプロペラ機に乗っているようなもどかしさを感じた。 病室に入り母に面会、穏やかな顔で呼吸も楽な感じだ。チョット気が抜けて妹に聞 くと昨晩から熱も下がり容態が良くなったとのこと。 その晩、付き添いで病院に泊まることになったが、考えてみると母と一緒の部屋に 寝るのは小学校以来だ。 中学に入学してからは、家を離れていたこともありあま り話をすることも無く、まして同じ部屋に寝ることも無かった。 母が手を差し出してきたので握ると、かなり強い力で握り締めてきた。骨と皮だけ だが皮膚は柔らかく滑らかでスベスベした感じだ。小1時間ほど握っていたが長い 空白の時間が思い出され、言いようの無い悔悟に近い感情に襲われた。 この半世紀、父母とは没交渉に近く、私から心を開くことは無かった。思考力が殆 どなくなった今の母を見ながら、自分の酷薄さを強く感じ、寂寞感が覆った。 ともあれ、母は小康状態になり、1週間後に神奈川へ戻った。結局3日間病院で付 き添ったが、この半世紀の間一度も無かった二人だけの時間を持て、自分の親不孝 さ加減を実感した。やはりあまりにも長い空白の時間であった。この間不幸なこと に共有できる思い出が殆ど何も無いのだ。まだ自我が確立されていない頃の優しい 母親の記憶はあるが、その後は何かにつけ反発と批判の気持ちに終始し、情愛の念 に乏しかった。 母の最期の時期に接し、取り戻せない時間だけが強く感じられた。どこでボタンを 掛け違えたのか、今更考えても詮の無いことであるが、お互いにとって幸せなこと ではなかった。帰りの飛行機で雪をかぶった美しい富士山を眺めながら、不条理と 言う言葉が脳裏を行き来した。 この間撮った諫早の写真はこちら
11/26:厚木の紅葉 紅葉を求めて七沢森林公園へ足を伸ばした。 小さな駐車場はほぼ満杯だった。 沢沿いの道を歩いたが、晴天の午後2時なの に太陽の光はまるで届かない薄暗い道だ。 この道沿いの木々は期待に反して全く紅葉が ない。行きかう人も無く、尾根まで黙々と歩 いた。久しぶりに歩いたせいか坂が急になる と大量の汗が噴き出してハンカチがぐしゃぐ しゃになってしまった。 尾根道に出ても期待していた紅葉は見ることができなかった。尾根から里の方を見ると あちこちにきれいな紅葉が見える。舌打ちをしながら降りはじめた。 降り道の途中に一本のもみじの木があった。うまい具合に陽がさしている。 もみじは陽をかざして見るのが何といっても一番だ。日陰の紅葉はくすんでいて精気が ないが、陽があるとまるで別物に変身する。 やっと見つけた被写体をひとしきり眺め、数枚の写真を撮った。その後も日陰の小道は 写真を撮る気にさせてくれなかった。 この日は、駐車場の近くで黄葉を撮ってお終い。来週天気がよければ箱根にでも行こう。 この日撮った写真はこちら
11/23:最近お気に入りのソフト @Google Earth A画像一括縮小ソフト B壁紙自動更新ソフト @Google Earth は衛星写真、航空写真、地図、および Google 検索を組み合わせて、世界中の地理 空間情報がたちどころに手に入る優れものです。 ブロードバンド回線を必要とする 3D ソフトウェアで、4 年以上前のデスクトップ コンピュータや、2 年以上前のノートブック コンピュータでは、実行できない可能 性があります。 自宅に目印を付けて画像を保存しておくと、次に起動させると宇宙から自宅上空へ ダイレクトにズームインします。「定規」を使うと駅までの直線距離や、皇居や新宿 駅までの距離などを簡単に知ることが出来ます。縮尺も簡単に変えられ、大きな地図 から目的付近をつかみ、拡大することで、世界中の都市の検索なども簡単に出来るの で便利で楽しめるソフトです。 A画像一括縮小ソフト デジカメ画像はそのままでは、容量が大きすぎてホームページ上では縮小させる必要 がありますが、このソフトは、たくさんの画像ファイルを一括で簡単に縮小させたい、 Jpegの圧縮率や、ファイルサイズを指定して縮小したいというニーズに応えてくれる、 とても便利なソフトです。 このソフトのお陰で、画像処理の工数がかなり楽になりました。 B壁紙自動更新ソフト 沢山撮った写真を壁紙にして毎日変えて楽しみたいというニーズにぴったりです。 また、壁紙を更新ボタンを押すごとに即座に変えることも出来ます。 スタートアップに登録しておくと、毎日電源を入れると壁紙が自動的に変わります。 カレンダーも表示できるので重宝しています。
11/14:病葉(わくらば) 虐待・いじめ・自殺が今、日本の文化となった。 いじめや自殺は昔からあったが、子供に対する 虐待は無かったように思う。 しかし、いじめにあった子供たちが脅迫するよ うに自殺予告をする風潮は、かなり異常で最近 のことである。これらの事態への対応も、狂っ ているのではないか? 「いじめは、大人のいる場所では行われないの でいつも大人が注意して子供を見守るべきだ」 と教育専門家という方が述べていた。 さらに、自殺させないために、予告の手紙をマスコミに公開して呼びかけるという行為。 大人の側の責任逃れのための対応でしかないのではないか。弱いものいじめに何の罪悪感 を持たない子供と、簡単に自殺を選択する子供がどうしてこんなに増えたのか? 子供を虐待する親の出現は、まさに大人の側の問題だ。 戦後の日本と、その教育システムの欠陥が覆いようも無く突きつけられている。 経済的繁栄と引き換えに心の貧困が跋扈する世界になってしまった。 貧困層が圧倒的に多い社会では、貧困に対する恐れが少なく、貧困層が少なくなった社会 では貧困に対する恐怖が実態以上に迫ってくる皮肉な社会となった。 人々は相対的な貧困に怯え、惨めな生活になることを最大の恥辱と捉え始めた。 さらに悪いことに、額に汗してチマチマと稼ぐことを軽蔑する風潮さえ現れ、マネーゲー ムで大金を稼ぐ若者がヒーローとなった。 長幼の序などという言葉は、全くの死語と化し、資産の保有状況だけが価値判断基準とな った感がある。弱いもの、貧しいものに対する気持ちが荒み、暖かさが消えてしまった。 まさに社会の病である。今年の桜の葉は、例年に無く害虫に食い荒らされて無残な姿を晒 している木が多い。でも、桜の葉は来年の春になれば、いっせいに眼のさめるような若葉 に生まれ変わることが出来る。病葉はまだ幸せだ・・・ この日撮った写真はこちら
11/10:秋に思う 長男と次女の結婚が相次いで決まった。 パラサイト状態が長く、中々片付いてくれない と思っていたが、決まるとなると慌しくあっと いうまに日程が決まっていった。 来年には、正真正銘のジジババになるようだ。 残る長女は、ドミノ現象か・・・と思ったが、 本人はズーット居座ると宣言し、気配が無い。 しかし、いずれにせよ峠は越え、ジェネレーシ ョンの交代が現実のものとなった。 何か急に歳をとったような感じに襲われた。 一個の生物として、世代交代が終わり、後は死んでいくだけという想いが頭をよぎる。 周りを見渡しても、皆ピークはとっくに過ぎ去り、下降線を辿っている。 当たり前の成り行きなのだが、自分のことになると、まだ青春の夢を追おうとしている 自分と、現実のギャップに眼を瞑ってしまっている。 南天のような華麗な老後を追いながら、枯野 の雑草に過ぎないわが身に一瞬でも光が当る 光景を夢見ている自分が哀しい。 錦秋にはまだ遠く、書斎のパソコンの前に 一人ぽつねんと座っていることが多い今日 この頃である。 少し感傷的になりすぎたようだ。 まさに、「小人閑居して不善をなす」の喩え 通りである。 この日撮った写真はこちら
11/09:桜の紅葉 先日の強い風に吹きあらされ、虫食いだらけの 葉っぱも僅かになってしまった桜。 春には皆の視線を独占するのに、今はボロボロ で誰も見向きもしてくれない。 そんな桜が、精一杯の化粧をして佇んでいた。 木全体の美しさはさほどないが、朝日を通して みる葉っぱの色は、素晴らしい配色で眼に焼き ついてくる。 このところ、出歩く気が中々起きず、更新をさ ぼってしまったが、歩き回ると菊をはじめ秋の 花々が咲き競い、南天が真っ赤な実を付けいる。 今日は、これから徘徊して、菊と秋の風情をUPするつもりです。 『桜の紅葉』はこちら
10/29:安楽死劇場開設のお知らせ 安楽さんの名文に応える術を探しあぐねましたが『安楽死劇場』 として独立させることにしました。 Unluck氏は売れない作家ですが、映画化された作品もあります。 見たことないだろうな、見てるはずないよな・・ 名文と写真ならぬ写偽で織り成す(?)級エンターテインメント をお楽しみ下さい。 同じ期の中間氏、中村氏もチョット参加しています。 『安楽死劇場』はこちら
10/21:コスモス 相模川の下流、名前が馬入川になるあたりの 河原にコスモス畑がある。 去年より1週間遅れで行ってみたが、やはり 盛りを過ぎていた。さらに去年に比べ草丈が 短く見栄えも去年の方が良かったように思う。 それでも駐車場は満杯で、コスモス畑には大 勢の人だかりが出来ていた。 畑で油絵を描いている人を見かけたが、一つ の絵を二人共同で描いていて、一筆か二筆毎 に交代しながら、なにやら楽しげであった。 絵の雰囲気も温かみがありちょっとエンビー を感じた。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
10/20:本丸亭 今年2月に日本テレビの「本当に美味しいラーメン屋ベスト33」という番組で、 1位となったラーメン屋「本丸亭」は我が家から徒歩10分位の所にある。 もともと人気のある店で行列が出来ていたが、テレビのせいでなおさら列が長く なった。お店は小さくみすぼらしく、エアコンも効かないがここの塩ラーメンは 確かにおいしい。並ばなくて食べられるならもっと行っていると思うが、それで もかなりの回数行っている。 今日は久しぶりに行ったが、30分ほど並んでやっとありつけた。店主はアイヌ の人形みたいな格好をしていて、目つきは優しいが全く無愛想である。もう何回 も行っているが、一度も挨拶されたことがない。今日はどうしたことか、カウン ターに座ったとき会釈してきた。こちらも軽く会釈したが、やはり無言のままだ った。 それでも味は相変わらずおいしかった。 写真をクリックすると店の紹介へ飛びます。 ラーメンに乗っている野菜は春菊です。これが妙にこのラーメンに合います。
10/17:D2会 日曜日、D2会のメンバーとハワイアンセン ターへ行った。 D2会というのは、4年前監査役に就任した 際、日本監査役協会の新任監査役研修で知り 合った仲間の会である。 毎年千人近く誕生する新任監査役のための研 修会で、10人程度のグループ分けが行われ D2会はこのグループメンバーが勉強よりも 懇親をということで結成したものである。 年齢は50代前半から60代後半までで人生 経験豊富な狸ジジイばかりである。 所属する会社も、多種多様でお互いこれまで 一面識もなく、利害関係は全くない。 気の向いたときに集まってとりとめのない話 をするだけだが、玄人はだしの陶芸の趣味を 持つ人や、ボランティア活動に打ち込んでい る人、ゴルフとテニスで真っ黒な人(でも腹 は何故かたるんでいる)など多士済々で気楽 な会である。 今回初めての試みで泊り込みの会を持った。ゴルフが主たる目的で、皆さん大いに張り 切って参加したようだ。 このハワイアンセンターは、映画『フラガール』のモデルになった所で、この効果があ るのか大勢の客でにぎわっていた。周囲には何もないこんな辺鄙なところにこれだけの 客を集める集客力にびっくりしたが、設備は古くメンテナンスも不十分で、ブームがい つまで続くのかという印象を持った。マアこんなことは我らには関係ないことで、昔な がらの和室に雑魚寝というスタイルで、合宿、親睦を深めました。 写真をクリックすると、大きくなります。
10/15:光の力 相模川の対岸から昇る朝日を浴びて輝くスス キを見ると、同じ植物でも全く違った感慨が 生まれてくる。 光線の角度で、まるで違った絵が現れる。 腰をかがめたり、座り込んで眺めてもやはり 全く違うことに驚いてしまう。 レタッチソフトで、トーンカーブをいじると もっと大胆に、別の写真が出来てしまう。 写真は真実を語らず。操作者の意図を語るも のであるということが分かってきた。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
10/14:背高泡立草 秋の花粉症の原因にもなっている嫌われ者の セイタカアワダチソウは、北アメリカ原産の 帰化植物で間近に見ると毒々しい黄色がアメ リカの雰囲気をかもしている。 しかし、遠目で見ると緑とのマッチングが きれいで棄てたものではない。 河原ではススキと領地争いをしているが国と は違ってススキも中々善戦している。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
10/13:彼岸花の葉っぱ 彼岸花は、葉のあるときには花はなく、花のときには葉がないため、花と葉を同時 に見ることができない変な花だ。 「花は葉を思い、葉は花を思う」という意味から、韓国では「サンチョ(相思華)」 と呼ぶ と9月22日に紹介しましたが、私自身彼岸花の葉っぱを見たことがありま せんでした。昨日相模川へ散歩の折、茎だけになった彼岸花の根元を見ると葉っぱが 出てきていました。茎はそのままで、周囲に葉が密生しています。
10/12:相模川の朝焼け 体育の日、相模川へついたころは朝日が既に 登りきった後だったので今日は日の出前に出 かけた。 河原に出てみると東の空が見事に朝焼けして いた。 撮影条件を色々変えて撮ってみた。 レタッチソフトで手を加えてみると、全く趣 の違う画面になる。 雲の彩りも万華鏡のように変わるので、時間 を忘れてはまり込んでしまった。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
10/11:箱根湿生花園 仙石原のススキを見た後、すぐ近くの湿生 花園へ行ってみた。 季節的に花の多い時期ではないので殆ど期待 していなかったが、園内は思っていたより広 く沢山の花を見ることができた。 ここも意外なほどの人出があり、びっくりし たがゆっくりと園内を散策することが出来た。 昼は箱根湯本駅近くのはつ花という蕎麦屋で とろろそばを食べた。凄くおいしかったが量 が少なく、食べ終わった後かえって食欲を感 じた。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
10/10:箱根仙石原のススキ 家内が珍しく『箱根にでも行きましょうか』 と誘ってくれた。 ススキを見比べるのも一興かと思い、早速 繰り出した。 連休後だからすいているだろうと思って出か けたのだが、小田原厚木道路の終点では結構 な渋滞に引っかかった。仙石原の駐車場も行 列が出来ていた。 仙石原のススキは、後1週間後くらいが見頃 だとおもうが、一面のススキヶ原はやはり圧 巻である。 相模川と違い、こちらにはセイタカアワダチ ソウは一本も見当たらない。ここのススキは 貴族のススキ、相模川は下々の雑草ススキの 違いがある。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
10/09:相模川のススキ 真っ青な青空に惹かれて相模川の河原へ足を のばした。 朝日が昇り、ススキの穂がキラキラと揺れて いる。ススキは逆光で見るのが一番だが、家 を出る時間が少し遅すぎたため、朝日の位置 が高くうまく撮れない。 それでも堤防の上を歩き回ると、ハッとする ほど美しい光景が眼に飛び込んでくる。 すすき野に分け入ると、また全然違う世界が ある。体中がすすき野にすっぽりはまり込み ススキの穂先の間から秋の青空が眼に焼きつ いた。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
10/05:彼岸花W(Vの続き、Unluck君からの便り) 安楽さんからのコメント おはようございます。 小生の駄文も貴兄の見事な写真に添えられると 不思議な息吹をもつものですね。 擬人化された花々が愛おしくなった気持です。 とりわけ取り立て写真のマンジュシャゲは 新鮮インパクト。 鬢のほつれに青いうなじに引き込まれそう。 マタタビめ、こんなにいい花を、いい花を---チキショウ! マタタビは安楽さんのはずなんだけど・・・(彼岸花Uを参照) 同期諸兄も「What's New⇒徒然の記」 のクリックでどうぞ。 安楽 隆夫 ※文中の「ピン・カートンのピンの正確な意味は1。1・=1 0ぐらいにお取りください。同様にマダム・バタフライ≒ジャ ガタラお春。---こんな解釈を入れてどうする!」 10/03:彼岸花V(Uの続き、Unluck君からの便り) ↓マンジュシャゲ 荒川の河川敷で同期会のコンペが行われ、 そのゴルフ専用バスでの行きでのこと。 「あっ、あれが彼岸花よ」 無粋者集団の一人が叫びました。 ---君のホームページの成果が実り、 粋な心がL12期生に宿った時でした。 そこで彼岸花に関する「前世話の続き」を送ります。 その頃、出島には異人たちを相手にする いろいろな夜の花たちが咲き乱れておりました。 女郎花(おみなえし)に仕切られたマンジュシャゲも そのうちの一人だったのです。 「ねえ、マタタビのアンちゃん」 と、ある夜の寝物語で、マンジュシャゲがオレに聞いた。 ↑おみなえし 「蝶々のお春が百日草(ピン=10、カートン=10、10× 10=100)に落籍されて、オンリーになったというけれど 、どう思う?」 「---いいじゃないか。花が昆虫を妾にしてもいい。そういう 世であってもいい」 ↓百日草 「ううん」 とマンジュシャゲは首を振り「もともと百日草はアタイに 気があったのよ。アタイがグラバー邸で咲くはずだった」 「妬いているのかい?」 しばらく行燈に照らされた天井を見ていたマンジュシャゲは 「そうね、妬いているのね。アタイは根に毒もつ花だから--- 」 「いいじゃないか。花にはみんな大なり小なり毒がある。強い 毒があればこそ、モグラやネズミの相手ができるのだ」 「そうね。そうかもね」 「そうだよ。きっと来世では人生荒川の防波堤を守るためにガ ンバッた花として称えられるだろう」 「辛いわ---」 「あの世では彼岸花になればいい。好きと嫌いは紙一重。毒を もって毒を制すというが、堤防損壊を防ぐため、きっとオマエ はモグラに嫌われる花になる。それに鬢のほつれに、この透き 通ったうなじは、人間どもの誰が見てもうっとりするだろう」 と、オレがマンジュシャゲの赤襦袢の首筋をなでると 「明日はいらない、今夜が欲しい---」 マンジュシャゲはオレの首に手をまわし 「死なせて欲しい」とささやいた。 解るかな。 解らないだろうな。 写真をクリックすると、大きくなります。 10/01:風神雷神図屏風 日曜日の朝、家内が突然出光美術館に行くという。今日まで 風神雷神図屏風展をやっているというのだ。最終日なので混 むことは覚悟しなければならない。開館時間に合わせて家を 出発した。開館5分過ぎに到着したが、既に長蛇の列だ。 1時間はかかるなと見繕って列に並んだが、それよりは少し 短い時間で会場に入ることが出来た。会場に入るころには列 は最後尾がどこにあるか分からないほど伸びていた。 この展覧会は、宗達、光琳、抱一の描いた風神雷神図屏風が 目玉で、琳派の継承を象徴する三つの風神雷神図を一堂に展 示するのは六十六年ぶりのことだと宣伝していた。 確かに三つの屏風を見比べてみると、国宝と重要文化財の違 い以上に趣が違うことが分かった。 この作品以外では、酒井抱一の『紅白梅図屏風』、『夏秋草 図屏風』の下絵や鈴木其一の『秋草図屏風』など江戸時代の 琳派の装飾的な絵が飾られ、点数は少なかったが見応えがあ った。 09/25:彼岸花U 同期のUnluck(y)さんからお便りをいただいた。 『机上に秋の風情を届けてくれてありがとう。 またもや前世を思い出しましたよ。 オレがマタタビとして全国を流浪していた頃 長崎だったかな 丸髷(まるまげ)で鬢(びん)のほつれの目立つ 女に出逢ったことがあったよ。 “君の名は”と聞いたならば マンジュシャゲと言ったよ。 それが彼岸花のことだったのだね。 支那の育ちの哀しい過去をもつ女で 「幽霊花」と後ろ指をさされたこともあったらしい。 「どうせ出島の夜に咲く、墓場の女の薄情け♪」と かけた情けに笑っていたが、真は綺麗な花だった。 解るかな。 解らないだろうな。』 今日は朝日を受けた彼岸花を撮りに出かけました。 写真をクリックすると、大きくなります。 09/24:三時の貴公子 爆蘭 (はぜらん) 大分前から、この赤い実はなんと言う植物だろうと調べてみたが分からなかった。 ピンクの花のようなものがあるが咲いているのを見たことがない。 それもそのはず、別名「三時草(さんじそう)」または「三時の貴公子(さんじの きこうし)」と言って、昼過ぎ3時頃から花が咲くので、毎朝徘徊している私には 花を見る機会がなかったのだ。 今日、日が翳り始めた4時ころ外へ出てみると、赤い実の傍らに可憐なピンクの花 が咲いているのを見つけた。これでやっと花図鑑で名前を確認できた。 熱帯アメリカ原産。明治初期に渡来。ランという名前がついているが蘭ではない。 季節の花300を参考にしました。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら 09/23:秋の風情 彼岸花を撮った後、相模川の堤防を平塚よりの下流に向かいました。ススキを見る と秋の訪れが実感できます。一方で7月に咲いていたヘクソカズラの青い実が眼を 惹き、傍らにはまだ花が咲いていました。季節外れの青い朝顔もありました。 コスモスの花を愛で、金木犀の香りをかぎながら、夏の名残を感じるさわやかな朝 でした。 柿の実も色付きはじめ、もうすぐ本格的な秋になります。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら 09/22:彼岸花 秋のお彼岸の時期、正確に花を咲かせる彼岸花は、あっという間に見ごろが過ぎて しまう花だ。去年は見ごろを少し過ぎていたので、花の精気が衰えていて今ひとつ 満足の出来る写真が取れなかった。 今年はグッドタイミングであった。 この花は、葉のあるときには花はなく、花のときには葉がないため、花と葉を同時 に見ることができない変な花だ。 「花は葉を思い、葉は花を思う」という意味から、韓国では「サンチョ(相思華)」 と呼ぶ そうである。 別名 「曼珠沙華」→「天上の花」という意味。 おめでたい事が起こる兆しに、天から赤い花が降ってくるという仏教の経典による。 季節の花300を参考にしました。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら 09/22:萩 (はぎ) 秋の七草のひとつである萩はどこにもある花だが、あまり目立たない花である。 「はぎ」の名前の由来は、地上部が枯れ、毎年新しい芽を出すことから「はえぎ (生え芽)」となり、 しだいに「はぎ」に変化したとのこと。 今朝見た萩は、これまで見た萩の中で一番美しいと感じた。 「白露を こぼさぬ萩の うねりかな」 松尾芭蕉 「秋風は 涼しくなりぬ 馬並(な)めて いざ野に行かな 萩の花見に」 万葉集 季節の花300を参考にしました。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら 09/22:金木犀と秋明菊 朝、新聞を取りに玄関を開けた。金木犀の香りが漂っている。眼を上げると黄色い 花が一杯ついている。こんなに花が一杯ついているのに、昨日まで全く気付かなか った。秋明菊の方を見てみると、つぼみが膨らみ花も咲き始めていた。 すっかり秋になってしまった。 写真をクリックすると、大きくなります。 09/21:誕生花 花の名前を調べるようになって、誕生花があることを知った。誕生石なら聞いた ことがあるが、誕生花は知らなかった。 調べてみるとこれがかなりいい加減で、私の誕生花は次の通り7つもある。 「あじさい」花言葉 は(冷淡 )に始まって 「バラ(赤)」(私を射止めて!)、「バラ(ピンク)」(わが心君のみぞ知る)、 「マトリカリア」(集う喜び)、 「てんなんしょう」(壮大な美)、 「カラー」(乙女のしとやかさ、すばらしい美、夢のように美しい) 「チューベローズ」 (危険な楽しみ・危険な関係)とある。 これらのページを覗くと、ご丁寧にも性格占いまである。 6月1日生まれは 『真面目で向上心が旺盛な人。つねによい成績、よい仕事を考えて、日々努力を 忘れないタイプです。意欲をあまり表に出すほうではありませんが、相当な頑張 り屋。目の前に大きな障害がたちはだかっても、歯を食いしばって頑張り、最後 には必ず克服するでしょう。また、その気になれば、ダイエットや禁酒禁煙のよ うなつらいことでも意外と楽にできるはず。』というのがあると思えば 『気のいいのんびり屋さん。「アリとキリギリス」のキリギリスタイプです。 もう少し先々のことを考えないと、やがて泣きを見る事があるかもしれません。』 という警告まで見ることができる。 私の誕生花は「チューベローズ」、和名は「月下香」にでもしましょうか・・ 花言葉の(危険な快楽)にでも巡り会えれば・・と妄想に耽っても白日夢に過ぎな いでしょうが・・・・・・・・ そういえばマリリン・モンローも6月1日生まれだそうです。 下の花は6月1日の誕生花 あじさい バラ(赤) バラ(ピンク) マトリカリア てんなんしょう カラー チューベローズ 09/20:秋明菊 庭の秋明菊のつぼみが膨らんできた。かなり昔、中国から渡ってきた花だそうだが、 蕾の姿も地味ながら中々味がある花である。 京都の貴船地方に多いことから、別名を「貴船菊」という。 さすがに由緒ありそうな名前であるが、華やかさはない。 写真をクリックすると、大きくなります。 09/19:USB分配器 私の書斎には2台のパソコンがある。1台はホームページ用のサーバー(VIO)で、 もう1台は日常で使うディスクトップパソコン(DELL)である。サーバー用のパソ コンは超小型のモバイルパソコンなので、キーボードも画面も小さく、使い勝手 が悪い。 そこでこれら2台のパソコンのディスプレイ、キーボード、マウスを共用できるよ うにしている。 ディスプレイは背面に3個の端子があり問題なく共用できる。残るキーボード、マ ウスは4つ口のUSBコネクターを分配器につなぎそれぞれのパソコンのUSBに つないでいる。画面でパソコンを選び、分配器のボタンを押すだけでキーボード、 マウスも切り替えることができる。 通常ホームページは、ディスクトップパソコンで作り、外付けのハードディスクに 保存してFTPでサーバーに送っている。VAIOとDELLに白い線で繋がってい るのがUSB分配器です。 09/18:あげは蝶 もう暗くなりかけた5時過ぎ、あげは蝶が我が家の庭に舞い込んできた。 台風の余波で風がまだ強い。急いでカメラを取り出し、近づくと気配を察したのか すぐ飛び立ってしまった。そのまま、じっと動かないで戻ってくるのを待った。 2,3回体の周りを旋回してすぐ近くの小枝に停まった。風が小枝を揺らすので、 中々ピントが合わない。でも風のせいで蝶は枝にしっかりつかまろうとして他へ行 く気配がない。風の止み間を利用してシャッターを押し続けた。 不思議なことに、フラッシュをいくらたいても蝶は全く動じる気配がなかった。 写真をクリックすると、大きくなります。 09/15:ピカソとモディリアーニの時代 北フランスのリール近代美術館が所蔵するモダン・アートの コレクションの中からモディリアーニの作品12点やピ カソ の作品をはじめ、ビュッフェの大作、ブラック、レジェ、 カンディンスキーやミロといった20世紀を代表する画家たち のクールな作品約100点を紹介する展覧会が渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている。(10月22日まで) 1300円の入場料はこの手の展覧会としてはちと高い感じ だが、モディリアーニの作品は充実していた。 かなり個性的な、こだわりのコレクターでもあったデュティ ユールはマティスを売ってまでモディリアーニを集めたとい うだけのことはある。 展覧会の名前は、むしろ「モディリアーニの時代」の方が良 かったのではないかと思う。 09/14:我が家周辺の環境 HPに花の写真を公開して、何人かの方からお宅の周辺はどうしてそんなに色々な 花や雑草があるのかという質問を受けます。 我が家は厚木市にあり、駅から歩いて10分、相模川まで5分の所にあります。 すぐ近くにはソニーの厚木テクノロジーセンターがあり、我が家はその通勤路に面 しています。 大きなショッピングセンターやパスポート発給事務所も徒歩10分程度の所にあり、 生活するには結構便利な所です。 花は、相模川沿いの住宅地の庭々に沢山見られますが、何といっても我が家の北側 にあるビオトープが最大の撮影地です。(写真を参照下さい) このビオトープは、一級建築士事務所(そうは見えませんが)を経営している一家 が面倒を見てくれているお墓に面した休耕田で、小さな池もあり多くの生物を見る ことができます。撮影中に蚊が押し寄せてくるのには閉口しますが、早朝は活動前 らしく快適に撮ることができます。 09/11:ビオトープ 朝顔を見た日、家を出てみると西の空に真ん丸い月が浮かんでいた。遊歩道には 油蝉が腹を見せて羽をバタバタさせている。元に戻してもすぐひっくり返り動か なくなった。季節の移ろいを感じながらビオトープへ足を向けた。 この間訪れたときはちょうど端境期であまり見るべき草花はなかったが、今日は 多くの花や、蜘蛛、蛾などを見ることができた。 おみなえしの黄色い群落に眼を奪われた。傍らにはコスモスも咲いている。 ニラの花、ピーマンや唐辛子の赤、それに猫じゃらしが朝日を受けて輝いていた。 ・「おみな」は「女」の意、 「えし」は古語の「へし(圧)」で、 美女を圧倒する美しさから名づけられた。 ・漢字で「女郎花」と書くようになったのは 平安時代のなかば頃から、と言われている。 ・「手にとれば 袖(そで)さへ匂ふ 女郎花 この白露に 散らまく惜しも」 万葉集 「女郎花 秋萩凌ぎ さを鹿の 露分け鳴かむ 高円(たかまど)の野そ」 大伴家持 万葉集 ・秋の七草のひとつ。(「季節の花300」から引用) 当日の写真をどうぞ! 09/10:白い朝顔 今朝も早起きして、いつものビオトープを訪れた。たくさんの花を楽しむことがで きたが、薄暗い木陰に寄り添うように咲いていた白い朝顔が印象的であった。 ちょうど朝日が差し始め、木漏れ日が花びらに煌めいて清冽な美しさを醸し出して いた。しばしうっとりとして眺めていたが、こんな光景はあっという間になくなる と思い、慌ててシャッターを押し続けた。 家に帰って、他の写真と一緒の朝顔を見たが、これは別にしないと雰囲気が壊れる と感じ、別のフォルダーに移した。 朝顔の写真をどうぞ! 他の写真は後日公開します。 09/05:秋の気配 秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる めっきり日が短くなって、朝夕はさわやかな風になってきました。 今朝は、夜明け前に起き出して相模川の河畔を散策しました。この時間、散歩して いる人は殆どが私より年配の方である。 朝日があがり始めるころ、ひんやりとした空気の中で、すれ違う人と挨拶を交わし ながら歩くのは気持ちの良いものです。 河畔の藪越しに川面に写る朝日を見つめ、眼を草原に転じたとき、猫じゃらしの穂 が黄金色に光るのを見つけました。 雑草の見事な風情にしばし見とれてしまいましたが、日が段々高くなったらただの 猫じゃらしになってしまいました。 土手には、ニラが自生していて、彼岸花より一足早く咲きそろっていました。 帰路、とある庭先で赤い実を付けた木を見つけました。雨戸ががらりと開き老人と 眼が合いました。「この木は何という木ですか?」「梅もどきじゃ」それだけ言っ て雨戸をまた閉めてしまいました。シャイなのか人間嫌いなのか定かではありませ んでしたが、そこのうちの庭にはよく合った植木でした。 当日の写真をどうぞ! 09/03:リタイア後 退職して2ヶ月が過ぎた。英会話学校とパソコン教室に通っているので、監査役時代 より退屈することがなかった。 英会話学校は期待通り?、若い女性に小生一人という環境が多く、およそ年齢とはか け離れた話題に結構楽しみながら馬鹿を言っている。 そんなことで、1ヶ月間は誰にも会うことがなかった。不思議なことにその後から飲 み会のお誘いがちょくちょくかかるようになった。社外の方からが多かったが、最近 は前の会社の人からもお誘いを受ける。ありがたいことである。 10月には、他社の監査役8名と温泉に泊りがけ飲み会もある。 現役時代はあまり付き合いが良いほうではなかったし、飲んで眠くなるとすぐ帰りた くなる性格は好まれるタイプではなかった。 なのに今頃誘ってくれる人がいるとは、われながら不思議な感じがする。 利用価値がなくなった後でも付き合っていただけると思うと、幸せな感じが胸の中に 一杯に広がってくる。飲み会に誘ってもらってこんな気持ちになったのは初めてだ。 さらに今日は嬉しいことがあった。 高校時代の大先輩から再就職の手助けを頂いたのである。 もとより、大した才能も経歴もない身であるのでうまくいく確率は低いと思うが、そ れでも気に懸けていただいただけでも光栄である。 良い先輩、知己に恵まれたとしみじみ感じた一日であった。 09/02:息子の結婚 金曜日に息子から久々の連絡があり、土曜日に彼女を連れて挨拶に来ると言う。 彼女の名前は春乃ちゃんだ。息子が彼女と付き合っているのはかなり前から知ってい た。息子が私のパソコンから彼女にメールを送っていたからである。 一時期はもうそろそろ結婚するかなという期待もあったが、そのうち下火になり消え たかなと思っていたころ、消えたはずの灰の中からまた燃え上がったようである。 嬉しそうな二人を見ると、ほほえましくも思うが、いつまで持つかいらぬ心配をして しまう。来年の春までには結婚式を挙げることになると思うが、彼女のご両親ともま だお目にかかっていないのでそれからである。 息子と彼女を前にして飲むワインは格別の酔い心地であった。 08/21:我が家の百合 我が家の百合が咲き始めた。人手は一切加えていないのだが、数年前から猫の額ほど の庭に自生するようになった。今年は10株ほどの百合が成長してきた。 写真の百合は、高さが2メートル 以上になり、強風で吹き倒される のではと心配したがどうやら無事 花を咲かせることが出来た。 あまり手入れをしない我が家の庭 (小生は腰が痛くなるので全く何 もやらない)には、このほかにも ヤツデなど色々な植物が自然に生 えてくる。 最近の写真をどうぞ! 08/17:明治神宮外苑花火大会 横浜の花火大会(8月1日)では、船の上からの撮影のため静止状態で撮影すること が出来ず、今ひとつ満足できる写真が得られなかった。 インターネットで調べると、この後我が家の近辺では、唯一外苑花火大会だけが行け そうなところで、場所取りをしなくても良い花火大会だ。幸い、神宮球場に1席だけ 確保できたが翌日には満席になっていた。(上図の赤丸のところに座ることが出来た) 一塁側ライトの定位置の横あたり、ほぼ真正面から花火が打ちあがる席で、条件とし ては最高の場所だ。ただ座席は狭く、三脚を立てるにも窮屈この上ないが、花火は1 時間だけなので何とか我慢できた。1万発を1時間で打ち上げるので、ひっきりなし にシャッターを押すが、ノイズリダクションのためカメラの方が連写できず、タイミ ングを外してしまうことがたびたびあった。それでも1時間で160枚ほど撮った。 下手な鉄砲も数打てば当たる式だが、途中でシャッタースピードや絞り、撮像感度等 を変えて写り具合を試してみた。まだ良く分からないが、3度目の撮影にしては中々 良い写真が撮れたと思っている。 当日の写真をどうぞ! **合成写真はありません** 08/12:デジカメ写真の真実とウソ(写真をクリックすると大きくなります) 今日の日経新聞土曜版に「デジカメ写真の真実とウソ」という記事が載っていた。 ノンフィクション作家、山根一眞氏 のコラムで毎週パソコンの話題を取 り上げている。 その記事によると ロイター通信のレバノン人契約カメ ラマンが撮影した写真が加工された ものであることが発覚したとのこと。 現代の報道カメラマンの殆どがデジ カメを使い、撮影した写真を「フォ トショップ」などのレタッチソフト で修正するのが一般的だそうである。 この修正が、露出や色調などの補正 に留まっていれば、何の問題もないが、画像に加工を加えると大変なことになる。 2枚の写真のうち上の花火の写真は、下の写真を下敷きにして、他の3枚の花火の 写真を追加して合成したものである。(下の写真は何も加工していない。) リタイア後、パソコン教室で習っているソフトが、この「フォトショップ」という 画像編集ソフト(レタッチソフト)である。 まだ十分に理解習得できていないが、でもこの程度の合成は、それほど苦労しなく てもできるのである。 爆撃の報道写真もこのテクニックを駆使すれば、多数の爆弾が降り注ぐ悲惨な戦場 を、迫真の画像で表現できるという訳だ。まさに「写真が真実を伝える時代は終わ った」のである。報道カメラマンがこんな加工をすれば大きな問題となるが、平和 な使い方もある。例えばお肌の色をきれいに見せたり、シワを取ったり、少し細め に見せたりするくらいはご愛嬌と言えるだろう。 Retouchソフトの威力はこちらをご覧下さい 08/05:厚木花火大会とボリショイサーカス 8月の第一土曜日は毎年地元厚木の花火大会が催される。去年は初めての花火写真 に挑戦するため出かけたが、あまりの人込みに阻まれ、会場の中心にたどり着けな かった。花火を特集している雑誌を見たら、去年の打ち上げ数1万発、人出は52 万人だそうで神奈川の花火大会トップの集客力を誇っているとか・・ 自宅から歩いていける距離なのだが、夕方からではまともに近づくことすら出来な いし、かといってこの炎天下に場所取りをする気力もなく、今年は諦めた。 その代わりでもないが、同じ日横浜で開催されているボリショイサーカスの招待券 を友人がプレゼントしてくれたので、娘と一緒に行ってきた。 子供のころ博多まで行って見た記憶がかすかにあるがそれ以来のサーカスである。 プログラムは昔馴染みのオーソドックスなものが多かったが、童心に戻って楽しむ ことができた。友人がえらく気を使ってくれ、見物席も最高の場所で冷たい飲み物 までサービスという待遇で、感謝感謝であった。 ボリショイサーカスは撮影禁止で何も撮ることはできなかった。 代わりに、最近の花の写真をご覧下さい。 7月30日の写真はこちら 8月5日朝の写真はこちら 08/01:花火クルーズ リタイアメント記念に海外にでも行こうと思っていたが、季節的にマッチするもの がなく、たまたまインターネットで見つけた花火クルーズに参加した。 この花火ツアーは飛び切り豪華なもので、 品川に近い天王洲アイルから上の写真の クルーズシップに乗って午後3時に出港、 東京湾を周遊しながら、極上ワインとフ レンチのフルコースを頂き、6時過ぎに 横浜に着岸後、一般客を乗せて海上花火 大会の打ち上げ台船の目の前に停泊して 迫力満点の花火を堪能するというもので ある。 申し込んだときは既に予約で一杯であっ たが幸いキャンセル待ちで滑り込んだ。 去年地元で花火大会に行き、初めて花火 の写真を撮ったが、人ごみで思う場所に はたどり着けず、僅かな隙間を見つけて 撮影した。今回は、打ち上げ場所目前の 一等地だ。インターネットで撮影テクニ ックを研究し、カメラのセッティング練 習までして、ワクワクしながら備えた。 準備万端整ったところで、船に乗ること、船に乗れば揺れること、シャッタースピ ードが数秒から10秒前後必要なので当然ピンボケになることに気付いた。 実際、周りが暗くなって景色を撮ると、当たり前だが、船が揺れているので三脚は 全く役立たず、ピンボケ写真ばかりになった。 インターネットで研究したのは地上からの撮影テクニックで、船から撮るケースは 想定していなかった。 我が身の馬鹿さカゲンを呪いながら、シャッタースピードをなるべく短くして半ば 諦めて撮りまくった。 どうせダメに違いないと思いつつ自宅で見てみると意外にもそれなりに撮れている。 夜景はダメだが、花火はカメラを上に向けているので、揺れの影響が減殺されたよ うだ。 当日の写真はこちら 07/23:梅雨の切れ間 このところ、毎日のように雨が降っているが、梅雨の合間を縫ってなるべく外へ 出かけるように心がけている。湿度はあるが幸い気温が低めなので歩き回るには 都合が良い。雨が上がってすぐ出かけると、雨露が光に輝き思わぬ美しさを見せ てくれる。光の方向と露出に気をつけて撮ってみるが、意外に難しく、自分が感 じている美しさを中々表現できない。しかしそれでも草木についた雨だれが煌く さまは、技量不足をカバーして有り余る美しさがある。 画面をクリックすると写真集へ飛びます。 07/19:西村 玉翠展 高校時代の友人、西村君の奥さんはプロの書家である。 色彩を交えた半ば絵のような装飾的な書である。 これまで書を鑑賞することはなかったが、去年彼女の個展を見て、こんな楽しい書 もあるのだと、認識を一変した。 小生はかなりひどい悪筆で、妹や家内にも馬鹿にされ、自筆で書くことが苦痛なほ どであるが、友人のカミサンとは言えプロの書家なぞ全く縁のない人種だと思って いたのに、縁は不思議なものである。 去年の夏、高校時代同じ寮の仲間だった数人とハワイへ行ったとき、知り合いにな り、今ではカミサン連中も徒党を組んでいる。 先週、九州から上京してきた友人を囲んで、この仲間と宴席を設けたが、その席で 個展の案内をもらった。 彼女は色々なところで活発に活動しているようで、年数回各地で個展を開催してい る。有名な料理店、居酒屋などのメニューも手がけている。 興味のある方は、8月8日から13日まで、銀座の鳩居堂(地下鉄銀座駅A2出口) 3階へ足をお運び下さい。 西村玉翠展の案内をどうぞ! 07/17:屁糞カズラ 屁糞カズラが咲き始めた。手に取ると臭い匂いがするのでつけられた名前だそうだ。 それにしても「屁糞」とは誰がつけたのでしょうか・・ 別名の「灸花」で呼んであげたいが、一般に膾炙されているのは「屁糞」である。 もぐさに火がついた様子を連想させるから「灸花」と呼ぶそうだが、洒落た帽子の ような花の花芯は赤紫のベルベットで彩られ、カズラに連なる花たちは、装飾的な 美しさもあり、もっと華麗な名前を付けてあげたいと思う。 退職して半月が過ぎたが、習い事を始めたり、九州へ行ったりで余裕がなくなって 花の写真の整理も出来ないまま過ごしてしまった。 この季節になると、日中は暑すぎて屋外に出かける気が起きないので、どうしても 早朝しか機会がないが、出かけるたびに新しい花を発見できるのは不思議なほどで ある。インターネットや図鑑で調べても中々名前が探し出せず、ギブアップしてし まう花が多い。写真そのもので検索できるようになれば便利だが、そのうちそんな ソフトが出てくるのではないかと期待している。 7月前半の写真をどうぞ! 07/13:長崎の夕焼け 家内の母が危篤という連絡が入り、急遽長崎の島原へ行くことになった。 主治医の説明を受け今晩は大丈夫との判断から、実家のある諫早に戻ることにした。 諫早では、いつも親切にしていただいているM医学博士と夕日がきれいな磯料理屋 へ行った。お店自体はどこにでもあるドライブインみたいなところで大したことは なかったが、7時過ぎごろから夕日が段々その華麗な輝きを増し、食事を忘れて写 真を撮りまくることになった。太陽そのものは姿を捉えることは出来なかったが赤 い空に豪華な金色の雲の彩りとそれを映し出す海原の競演は、まさに息を呑む美し さであった。 家内の母はその日亡くなり、翌日は通夜が島原で行われた。その式場で一晩を過ご し、朝洗面に行くと眼前に有明海が見えた。対岸の熊本の山並みを望む海と空の織 り成す景色はこれもまた素晴らしいものがあった。 故人を悼む日に不謹慎ではあったが、家内の母のプレゼントだと思い、自然の美し さを受け止めた。 そのときの写真をどうぞ! 07/08:近所の変人 近所の雑草やオペラ座の怪人は楽しめるが、近所の変人はそうはいかない。 私の住居はいわゆる旗竿開発の一番奥まったところにある。道路は、近辺の6軒が 共有する私道である。つい最近この私道を市に渡し市道として管理してもらおうと 言う話が持ち上がった。結構な話で、5軒はすぐに賛成した。ところが最後の一軒 が嫌だと言うのである。自分の土地を市に寄贈するなんてとんでもないと言う主張 である。自分の土地と言っても1/6共有の道路である。此の侭では舗装修理など の経費も発生するし、今の宅地の所有者が増えたり変わったりすると面倒で、私道 にしておいても何のメリットもない。しかしそこは変人、自分以外が賛成だと反対 したいのか、理由なき反抗を続けている。 どこの社会にも変人はいるものではあるが、やはり身近な変人が一番影響が大きく 困ったものである。このようなケースにうまい対処法はないのだろうか? 07/04:近所の雑草 私が住んでいるところは駅から10分ほどの所であるが、周りにはかなり緑があり 野鳥もかなり生息している。住人も花好きの人が多いとみえ、いつも花が絶えるこ とがない。そんな住宅街の一角に、県営アパートと民間のマンションが隣り合って 建っているところがある。その植え込みにはつつじやさつきなどが植えられている が、雑草も根強く繁殖している。 竹煮草や、藪枯らし、昼顔、洋種山牛蒡などである。 どれも嫌われ者の雑草であるが、良く見るとハットするほどの美しさを持っている。 雑草と言われているのが気の毒になるほどである。誰も好んで栽培する人がいない のに、いつも時期が来ると当然のように顔を出すたくましさは驚異的ですらある。 07/03:?リタイアメント 6月29日、株主総会集中日に開催された総会で、37年間のサラリーマン生活に 区切りをつけました。 不完全燃焼で無念な気持ちがある一方、長年違和感を持ち続けてきた職場から開放 されると思うと、ホットした気分にもなりました。 特に監査役になってからの3年間は、何も期待されない必要悪の捨扶持と言う社内 認識の中で、役に立つことも出来ず、空しさを噛み締める毎日でした。 とは言えこの3年間の給与は世間一般から見ると破格のもので、費用対効果で言え ば、会社にとっては全くの無駄金でしかありませんでした。 その意味で、一般従業員の方に申し訳なく、お詫び申し上げます。 あと1年の任期を残し退任することになりましたが、給料泥棒状態のうしろめたさ を思えば、この方が良かったのではないかと思っています。 トータルで考えてみると、私がこの会社で最初に手がけたこともかなりあり、それ なりに貢献したこともあると自負していますが、企業風土を変えることは全く出来 ず、本来私がやるべき一番大事な仕事をやり遂げられませんでした。 小生の能力、人徳のなさが主原因ですが、尊敬し信頼できる上司にめぐり合えなか ったことも残念なことの一つでした。 しかし、社外の多くの方の知己を得ることができ、今でもお付き合いいただけてい ることは望外の喜びです。 平均余命からすると、小生にはあと20年ほどの時間が残されています。 今でも、中学・高校時代オーラス先生から叩き込まれた、Boys be betterの精神は 健在ですし、好奇心と現状打破の心構えもまだまだあると思っていますので何とか 頑張っていきたいと思います。 再就職先はまだ見つかっていませんが、今日、英会話学校とパソコンスクールの入 学手続きをしてきました。家内は年金の額を聞いて意気阻喪してしまいましたが、 私は何とかなると楽観しています。
10/03:彼岸花V(Uの続き、Unluck君からの便り) ↓マンジュシャゲ 荒川の河川敷で同期会のコンペが行われ、 そのゴルフ専用バスでの行きでのこと。 「あっ、あれが彼岸花よ」 無粋者集団の一人が叫びました。 ---君のホームページの成果が実り、 粋な心がL12期生に宿った時でした。 そこで彼岸花に関する「前世話の続き」を送ります。 その頃、出島には異人たちを相手にする いろいろな夜の花たちが咲き乱れておりました。 女郎花(おみなえし)に仕切られたマンジュシャゲも そのうちの一人だったのです。 「ねえ、マタタビのアンちゃん」 と、ある夜の寝物語で、マンジュシャゲがオレに聞いた。 ↑おみなえし 「蝶々のお春が百日草(ピン=10、カートン=10、10× 10=100)に落籍されて、オンリーになったというけれど 、どう思う?」 「---いいじゃないか。花が昆虫を妾にしてもいい。そういう 世であってもいい」 ↓百日草 「ううん」 とマンジュシャゲは首を振り「もともと百日草はアタイに 気があったのよ。アタイがグラバー邸で咲くはずだった」 「妬いているのかい?」 しばらく行燈に照らされた天井を見ていたマンジュシャゲは 「そうね、妬いているのね。アタイは根に毒もつ花だから--- 」 「いいじゃないか。花にはみんな大なり小なり毒がある。強い 毒があればこそ、モグラやネズミの相手ができるのだ」 「そうね。そうかもね」 「そうだよ。きっと来世では人生荒川の防波堤を守るためにガ ンバッた花として称えられるだろう」 「辛いわ---」 「あの世では彼岸花になればいい。好きと嫌いは紙一重。毒を もって毒を制すというが、堤防損壊を防ぐため、きっとオマエ はモグラに嫌われる花になる。それに鬢のほつれに、この透き 通ったうなじは、人間どもの誰が見てもうっとりするだろう」 と、オレがマンジュシャゲの赤襦袢の首筋をなでると 「明日はいらない、今夜が欲しい---」 マンジュシャゲはオレの首に手をまわし 「死なせて欲しい」とささやいた。 解るかな。 解らないだろうな。 写真をクリックすると、大きくなります。
10/01:風神雷神図屏風 日曜日の朝、家内が突然出光美術館に行くという。今日まで 風神雷神図屏風展をやっているというのだ。最終日なので混 むことは覚悟しなければならない。開館時間に合わせて家を 出発した。開館5分過ぎに到着したが、既に長蛇の列だ。 1時間はかかるなと見繕って列に並んだが、それよりは少し 短い時間で会場に入ることが出来た。会場に入るころには列 は最後尾がどこにあるか分からないほど伸びていた。 この展覧会は、宗達、光琳、抱一の描いた風神雷神図屏風が 目玉で、琳派の継承を象徴する三つの風神雷神図を一堂に展 示するのは六十六年ぶりのことだと宣伝していた。 確かに三つの屏風を見比べてみると、国宝と重要文化財の違 い以上に趣が違うことが分かった。 この作品以外では、酒井抱一の『紅白梅図屏風』、『夏秋草 図屏風』の下絵や鈴木其一の『秋草図屏風』など江戸時代の 琳派の装飾的な絵が飾られ、点数は少なかったが見応えがあ った。
09/25:彼岸花U 同期のUnluck(y)さんからお便りをいただいた。 『机上に秋の風情を届けてくれてありがとう。 またもや前世を思い出しましたよ。 オレがマタタビとして全国を流浪していた頃 長崎だったかな 丸髷(まるまげ)で鬢(びん)のほつれの目立つ 女に出逢ったことがあったよ。 “君の名は”と聞いたならば マンジュシャゲと言ったよ。 それが彼岸花のことだったのだね。 支那の育ちの哀しい過去をもつ女で 「幽霊花」と後ろ指をさされたこともあったらしい。 「どうせ出島の夜に咲く、墓場の女の薄情け♪」と かけた情けに笑っていたが、真は綺麗な花だった。 解るかな。 解らないだろうな。』 今日は朝日を受けた彼岸花を撮りに出かけました。 写真をクリックすると、大きくなります。
09/24:三時の貴公子 爆蘭 (はぜらん) 大分前から、この赤い実はなんと言う植物だろうと調べてみたが分からなかった。 ピンクの花のようなものがあるが咲いているのを見たことがない。 それもそのはず、別名「三時草(さんじそう)」または「三時の貴公子(さんじの きこうし)」と言って、昼過ぎ3時頃から花が咲くので、毎朝徘徊している私には 花を見る機会がなかったのだ。 今日、日が翳り始めた4時ころ外へ出てみると、赤い実の傍らに可憐なピンクの花 が咲いているのを見つけた。これでやっと花図鑑で名前を確認できた。 熱帯アメリカ原産。明治初期に渡来。ランという名前がついているが蘭ではない。 季節の花300を参考にしました。 写真をクリックすると、大きくなります。
09/23:秋の風情 彼岸花を撮った後、相模川の堤防を平塚よりの下流に向かいました。ススキを見る と秋の訪れが実感できます。一方で7月に咲いていたヘクソカズラの青い実が眼を 惹き、傍らにはまだ花が咲いていました。季節外れの青い朝顔もありました。 コスモスの花を愛で、金木犀の香りをかぎながら、夏の名残を感じるさわやかな朝 でした。 柿の実も色付きはじめ、もうすぐ本格的な秋になります。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
09/22:彼岸花 秋のお彼岸の時期、正確に花を咲かせる彼岸花は、あっという間に見ごろが過ぎて しまう花だ。去年は見ごろを少し過ぎていたので、花の精気が衰えていて今ひとつ 満足の出来る写真が取れなかった。 今年はグッドタイミングであった。 この花は、葉のあるときには花はなく、花のときには葉がないため、花と葉を同時 に見ることができない変な花だ。 「花は葉を思い、葉は花を思う」という意味から、韓国では「サンチョ(相思華)」 と呼ぶ そうである。 別名 「曼珠沙華」→「天上の花」という意味。 おめでたい事が起こる兆しに、天から赤い花が降ってくるという仏教の経典による。 季節の花300を参考にしました。 写真をクリックすると、大きくなります。
09/22:萩 (はぎ) 秋の七草のひとつである萩はどこにもある花だが、あまり目立たない花である。 「はぎ」の名前の由来は、地上部が枯れ、毎年新しい芽を出すことから「はえぎ (生え芽)」となり、 しだいに「はぎ」に変化したとのこと。 今朝見た萩は、これまで見た萩の中で一番美しいと感じた。 「白露を こぼさぬ萩の うねりかな」 松尾芭蕉 「秋風は 涼しくなりぬ 馬並(な)めて いざ野に行かな 萩の花見に」 万葉集 季節の花300を参考にしました。 写真をクリックすると、大きくなります。 スライドショーはこちら
09/22:金木犀と秋明菊 朝、新聞を取りに玄関を開けた。金木犀の香りが漂っている。眼を上げると黄色い 花が一杯ついている。こんなに花が一杯ついているのに、昨日まで全く気付かなか った。秋明菊の方を見てみると、つぼみが膨らみ花も咲き始めていた。 すっかり秋になってしまった。 写真をクリックすると、大きくなります。
09/21:誕生花 花の名前を調べるようになって、誕生花があることを知った。誕生石なら聞いた ことがあるが、誕生花は知らなかった。 調べてみるとこれがかなりいい加減で、私の誕生花は次の通り7つもある。 「あじさい」花言葉 は(冷淡 )に始まって 「バラ(赤)」(私を射止めて!)、「バラ(ピンク)」(わが心君のみぞ知る)、 「マトリカリア」(集う喜び)、 「てんなんしょう」(壮大な美)、 「カラー」(乙女のしとやかさ、すばらしい美、夢のように美しい) 「チューベローズ」 (危険な楽しみ・危険な関係)とある。 これらのページを覗くと、ご丁寧にも性格占いまである。 6月1日生まれは 『真面目で向上心が旺盛な人。つねによい成績、よい仕事を考えて、日々努力を 忘れないタイプです。意欲をあまり表に出すほうではありませんが、相当な頑張 り屋。目の前に大きな障害がたちはだかっても、歯を食いしばって頑張り、最後 には必ず克服するでしょう。また、その気になれば、ダイエットや禁酒禁煙のよ うなつらいことでも意外と楽にできるはず。』というのがあると思えば 『気のいいのんびり屋さん。「アリとキリギリス」のキリギリスタイプです。 もう少し先々のことを考えないと、やがて泣きを見る事があるかもしれません。』 という警告まで見ることができる。 私の誕生花は「チューベローズ」、和名は「月下香」にでもしましょうか・・ 花言葉の(危険な快楽)にでも巡り会えれば・・と妄想に耽っても白日夢に過ぎな いでしょうが・・・・・・・・ そういえばマリリン・モンローも6月1日生まれだそうです。 下の花は6月1日の誕生花
09/20:秋明菊 庭の秋明菊のつぼみが膨らんできた。かなり昔、中国から渡ってきた花だそうだが、 蕾の姿も地味ながら中々味がある花である。 京都の貴船地方に多いことから、別名を「貴船菊」という。 さすがに由緒ありそうな名前であるが、華やかさはない。 写真をクリックすると、大きくなります。
09/19:USB分配器 私の書斎には2台のパソコンがある。1台はホームページ用のサーバー(VIO)で、 もう1台は日常で使うディスクトップパソコン(DELL)である。サーバー用のパソ コンは超小型のモバイルパソコンなので、キーボードも画面も小さく、使い勝手 が悪い。 そこでこれら2台のパソコンのディスプレイ、キーボード、マウスを共用できるよ うにしている。 ディスプレイは背面に3個の端子があり問題なく共用できる。残るキーボード、マ ウスは4つ口のUSBコネクターを分配器につなぎそれぞれのパソコンのUSBに つないでいる。画面でパソコンを選び、分配器のボタンを押すだけでキーボード、 マウスも切り替えることができる。 通常ホームページは、ディスクトップパソコンで作り、外付けのハードディスクに 保存してFTPでサーバーに送っている。VAIOとDELLに白い線で繋がってい るのがUSB分配器です。
09/18:あげは蝶 もう暗くなりかけた5時過ぎ、あげは蝶が我が家の庭に舞い込んできた。 台風の余波で風がまだ強い。急いでカメラを取り出し、近づくと気配を察したのか すぐ飛び立ってしまった。そのまま、じっと動かないで戻ってくるのを待った。 2,3回体の周りを旋回してすぐ近くの小枝に停まった。風が小枝を揺らすので、 中々ピントが合わない。でも風のせいで蝶は枝にしっかりつかまろうとして他へ行 く気配がない。風の止み間を利用してシャッターを押し続けた。 不思議なことに、フラッシュをいくらたいても蝶は全く動じる気配がなかった。 写真をクリックすると、大きくなります。
09/15:ピカソとモディリアーニの時代 北フランスのリール近代美術館が所蔵するモダン・アートの コレクションの中からモディリアーニの作品12点やピ カソ の作品をはじめ、ビュッフェの大作、ブラック、レジェ、 カンディンスキーやミロといった20世紀を代表する画家たち のクールな作品約100点を紹介する展覧会が渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている。(10月22日まで) 1300円の入場料はこの手の展覧会としてはちと高い感じ だが、モディリアーニの作品は充実していた。 かなり個性的な、こだわりのコレクターでもあったデュティ ユールはマティスを売ってまでモディリアーニを集めたとい うだけのことはある。 展覧会の名前は、むしろ「モディリアーニの時代」の方が良 かったのではないかと思う。
09/14:我が家周辺の環境 HPに花の写真を公開して、何人かの方からお宅の周辺はどうしてそんなに色々な 花や雑草があるのかという質問を受けます。 我が家は厚木市にあり、駅から歩いて10分、相模川まで5分の所にあります。 すぐ近くにはソニーの厚木テクノロジーセンターがあり、我が家はその通勤路に面 しています。 大きなショッピングセンターやパスポート発給事務所も徒歩10分程度の所にあり、 生活するには結構便利な所です。 花は、相模川沿いの住宅地の庭々に沢山見られますが、何といっても我が家の北側 にあるビオトープが最大の撮影地です。(写真を参照下さい) このビオトープは、一級建築士事務所(そうは見えませんが)を経営している一家 が面倒を見てくれているお墓に面した休耕田で、小さな池もあり多くの生物を見る ことができます。撮影中に蚊が押し寄せてくるのには閉口しますが、早朝は活動前 らしく快適に撮ることができます。
09/11:ビオトープ 朝顔を見た日、家を出てみると西の空に真ん丸い月が浮かんでいた。遊歩道には 油蝉が腹を見せて羽をバタバタさせている。元に戻してもすぐひっくり返り動か なくなった。季節の移ろいを感じながらビオトープへ足を向けた。 この間訪れたときはちょうど端境期であまり見るべき草花はなかったが、今日は 多くの花や、蜘蛛、蛾などを見ることができた。 おみなえしの黄色い群落に眼を奪われた。傍らにはコスモスも咲いている。 ニラの花、ピーマンや唐辛子の赤、それに猫じゃらしが朝日を受けて輝いていた。 ・「おみな」は「女」の意、 「えし」は古語の「へし(圧)」で、 美女を圧倒する美しさから名づけられた。 ・漢字で「女郎花」と書くようになったのは 平安時代のなかば頃から、と言われている。 ・「手にとれば 袖(そで)さへ匂ふ 女郎花 この白露に 散らまく惜しも」 万葉集 「女郎花 秋萩凌ぎ さを鹿の 露分け鳴かむ 高円(たかまど)の野そ」 大伴家持 万葉集 ・秋の七草のひとつ。(「季節の花300」から引用) 当日の写真をどうぞ!
09/10:白い朝顔 今朝も早起きして、いつものビオトープを訪れた。たくさんの花を楽しむことがで きたが、薄暗い木陰に寄り添うように咲いていた白い朝顔が印象的であった。 ちょうど朝日が差し始め、木漏れ日が花びらに煌めいて清冽な美しさを醸し出して いた。しばしうっとりとして眺めていたが、こんな光景はあっという間になくなる と思い、慌ててシャッターを押し続けた。 家に帰って、他の写真と一緒の朝顔を見たが、これは別にしないと雰囲気が壊れる と感じ、別のフォルダーに移した。 朝顔の写真をどうぞ! 他の写真は後日公開します。
09/05:秋の気配 秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる めっきり日が短くなって、朝夕はさわやかな風になってきました。 今朝は、夜明け前に起き出して相模川の河畔を散策しました。この時間、散歩して いる人は殆どが私より年配の方である。 朝日があがり始めるころ、ひんやりとした空気の中で、すれ違う人と挨拶を交わし ながら歩くのは気持ちの良いものです。 河畔の藪越しに川面に写る朝日を見つめ、眼を草原に転じたとき、猫じゃらしの穂 が黄金色に光るのを見つけました。 雑草の見事な風情にしばし見とれてしまいましたが、日が段々高くなったらただの 猫じゃらしになってしまいました。 土手には、ニラが自生していて、彼岸花より一足早く咲きそろっていました。 帰路、とある庭先で赤い実を付けた木を見つけました。雨戸ががらりと開き老人と 眼が合いました。「この木は何という木ですか?」「梅もどきじゃ」それだけ言っ て雨戸をまた閉めてしまいました。シャイなのか人間嫌いなのか定かではありませ んでしたが、そこのうちの庭にはよく合った植木でした。 当日の写真をどうぞ!
09/03:リタイア後 退職して2ヶ月が過ぎた。英会話学校とパソコン教室に通っているので、監査役時代 より退屈することがなかった。 英会話学校は期待通り?、若い女性に小生一人という環境が多く、およそ年齢とはか け離れた話題に結構楽しみながら馬鹿を言っている。 そんなことで、1ヶ月間は誰にも会うことがなかった。不思議なことにその後から飲 み会のお誘いがちょくちょくかかるようになった。社外の方からが多かったが、最近 は前の会社の人からもお誘いを受ける。ありがたいことである。 10月には、他社の監査役8名と温泉に泊りがけ飲み会もある。 現役時代はあまり付き合いが良いほうではなかったし、飲んで眠くなるとすぐ帰りた くなる性格は好まれるタイプではなかった。 なのに今頃誘ってくれる人がいるとは、われながら不思議な感じがする。 利用価値がなくなった後でも付き合っていただけると思うと、幸せな感じが胸の中に 一杯に広がってくる。飲み会に誘ってもらってこんな気持ちになったのは初めてだ。 さらに今日は嬉しいことがあった。 高校時代の大先輩から再就職の手助けを頂いたのである。 もとより、大した才能も経歴もない身であるのでうまくいく確率は低いと思うが、そ れでも気に懸けていただいただけでも光栄である。 良い先輩、知己に恵まれたとしみじみ感じた一日であった。
09/02:息子の結婚 金曜日に息子から久々の連絡があり、土曜日に彼女を連れて挨拶に来ると言う。 彼女の名前は春乃ちゃんだ。息子が彼女と付き合っているのはかなり前から知ってい た。息子が私のパソコンから彼女にメールを送っていたからである。 一時期はもうそろそろ結婚するかなという期待もあったが、そのうち下火になり消え たかなと思っていたころ、消えたはずの灰の中からまた燃え上がったようである。 嬉しそうな二人を見ると、ほほえましくも思うが、いつまで持つかいらぬ心配をして しまう。来年の春までには結婚式を挙げることになると思うが、彼女のご両親ともま だお目にかかっていないのでそれからである。 息子と彼女を前にして飲むワインは格別の酔い心地であった。
08/21:我が家の百合 我が家の百合が咲き始めた。人手は一切加えていないのだが、数年前から猫の額ほど の庭に自生するようになった。今年は10株ほどの百合が成長してきた。 写真の百合は、高さが2メートル 以上になり、強風で吹き倒される のではと心配したがどうやら無事 花を咲かせることが出来た。 あまり手入れをしない我が家の庭 (小生は腰が痛くなるので全く何 もやらない)には、このほかにも ヤツデなど色々な植物が自然に生 えてくる。 最近の写真をどうぞ!
08/17:明治神宮外苑花火大会 横浜の花火大会(8月1日)では、船の上からの撮影のため静止状態で撮影すること が出来ず、今ひとつ満足できる写真が得られなかった。 インターネットで調べると、この後我が家の近辺では、唯一外苑花火大会だけが行け そうなところで、場所取りをしなくても良い花火大会だ。幸い、神宮球場に1席だけ 確保できたが翌日には満席になっていた。(上図の赤丸のところに座ることが出来た) 一塁側ライトの定位置の横あたり、ほぼ真正面から花火が打ちあがる席で、条件とし ては最高の場所だ。ただ座席は狭く、三脚を立てるにも窮屈この上ないが、花火は1 時間だけなので何とか我慢できた。1万発を1時間で打ち上げるので、ひっきりなし にシャッターを押すが、ノイズリダクションのためカメラの方が連写できず、タイミ ングを外してしまうことがたびたびあった。それでも1時間で160枚ほど撮った。 下手な鉄砲も数打てば当たる式だが、途中でシャッタースピードや絞り、撮像感度等 を変えて写り具合を試してみた。まだ良く分からないが、3度目の撮影にしては中々 良い写真が撮れたと思っている。 当日の写真をどうぞ! **合成写真はありません**
08/12:デジカメ写真の真実とウソ
今日の日経新聞土曜版に「デジカメ写真の真実とウソ」という記事が載っていた。 ノンフィクション作家、山根一眞氏 のコラムで毎週パソコンの話題を取 り上げている。 その記事によると ロイター通信のレバノン人契約カメ ラマンが撮影した写真が加工された ものであることが発覚したとのこと。 現代の報道カメラマンの殆どがデジ カメを使い、撮影した写真を「フォ トショップ」などのレタッチソフト で修正するのが一般的だそうである。 この修正が、露出や色調などの補正 に留まっていれば、何の問題もないが、画像に加工を加えると大変なことになる。 2枚の写真のうち上の花火の写真は、下の写真を下敷きにして、他の3枚の花火の 写真を追加して合成したものである。(下の写真は何も加工していない。) リタイア後、パソコン教室で習っているソフトが、この「フォトショップ」という 画像編集ソフト(レタッチソフト)である。 まだ十分に理解習得できていないが、でもこの程度の合成は、それほど苦労しなく てもできるのである。 爆撃の報道写真もこのテクニックを駆使すれば、多数の爆弾が降り注ぐ悲惨な戦場 を、迫真の画像で表現できるという訳だ。まさに「写真が真実を伝える時代は終わ った」のである。報道カメラマンがこんな加工をすれば大きな問題となるが、平和 な使い方もある。例えばお肌の色をきれいに見せたり、シワを取ったり、少し細め に見せたりするくらいはご愛嬌と言えるだろう。 Retouchソフトの威力はこちらをご覧下さい
08/05:厚木花火大会とボリショイサーカス 8月の第一土曜日は毎年地元厚木の花火大会が催される。去年は初めての花火写真 に挑戦するため出かけたが、あまりの人込みに阻まれ、会場の中心にたどり着けな かった。花火を特集している雑誌を見たら、去年の打ち上げ数1万発、人出は52 万人だそうで神奈川の花火大会トップの集客力を誇っているとか・・ 自宅から歩いていける距離なのだが、夕方からではまともに近づくことすら出来な いし、かといってこの炎天下に場所取りをする気力もなく、今年は諦めた。 その代わりでもないが、同じ日横浜で開催されているボリショイサーカスの招待券 を友人がプレゼントしてくれたので、娘と一緒に行ってきた。 子供のころ博多まで行って見た記憶がかすかにあるがそれ以来のサーカスである。 プログラムは昔馴染みのオーソドックスなものが多かったが、童心に戻って楽しむ ことができた。友人がえらく気を使ってくれ、見物席も最高の場所で冷たい飲み物 までサービスという待遇で、感謝感謝であった。 ボリショイサーカスは撮影禁止で何も撮ることはできなかった。 代わりに、最近の花の写真をご覧下さい。 7月30日の写真はこちら 8月5日朝の写真はこちら
08/01:花火クルーズ リタイアメント記念に海外にでも行こうと思っていたが、季節的にマッチするもの がなく、たまたまインターネットで見つけた花火クルーズに参加した。 この花火ツアーは飛び切り豪華なもので、 品川に近い天王洲アイルから上の写真の クルーズシップに乗って午後3時に出港、 東京湾を周遊しながら、極上ワインとフ レンチのフルコースを頂き、6時過ぎに 横浜に着岸後、一般客を乗せて海上花火 大会の打ち上げ台船の目の前に停泊して 迫力満点の花火を堪能するというもので ある。 申し込んだときは既に予約で一杯であっ たが幸いキャンセル待ちで滑り込んだ。 去年地元で花火大会に行き、初めて花火 の写真を撮ったが、人ごみで思う場所に はたどり着けず、僅かな隙間を見つけて 撮影した。今回は、打ち上げ場所目前の 一等地だ。インターネットで撮影テクニ ックを研究し、カメラのセッティング練 習までして、ワクワクしながら備えた。 準備万端整ったところで、船に乗ること、船に乗れば揺れること、シャッタースピ ードが数秒から10秒前後必要なので当然ピンボケになることに気付いた。 実際、周りが暗くなって景色を撮ると、当たり前だが、船が揺れているので三脚は 全く役立たず、ピンボケ写真ばかりになった。 インターネットで研究したのは地上からの撮影テクニックで、船から撮るケースは 想定していなかった。 我が身の馬鹿さカゲンを呪いながら、シャッタースピードをなるべく短くして半ば 諦めて撮りまくった。 どうせダメに違いないと思いつつ自宅で見てみると意外にもそれなりに撮れている。 夜景はダメだが、花火はカメラを上に向けているので、揺れの影響が減殺されたよ うだ。 当日の写真はこちら
07/23:梅雨の切れ間 このところ、毎日のように雨が降っているが、梅雨の合間を縫ってなるべく外へ 出かけるように心がけている。湿度はあるが幸い気温が低めなので歩き回るには 都合が良い。雨が上がってすぐ出かけると、雨露が光に輝き思わぬ美しさを見せ てくれる。光の方向と露出に気をつけて撮ってみるが、意外に難しく、自分が感 じている美しさを中々表現できない。しかしそれでも草木についた雨だれが煌く さまは、技量不足をカバーして有り余る美しさがある。 画面をクリックすると写真集へ飛びます。
07/19:西村 玉翠展 高校時代の友人、西村君の奥さんはプロの書家である。 色彩を交えた半ば絵のような装飾的な書である。 これまで書を鑑賞することはなかったが、去年彼女の個展を見て、こんな楽しい書 もあるのだと、認識を一変した。 小生はかなりひどい悪筆で、妹や家内にも馬鹿にされ、自筆で書くことが苦痛なほ どであるが、友人のカミサンとは言えプロの書家なぞ全く縁のない人種だと思って いたのに、縁は不思議なものである。 去年の夏、高校時代同じ寮の仲間だった数人とハワイへ行ったとき、知り合いにな り、今ではカミサン連中も徒党を組んでいる。 先週、九州から上京してきた友人を囲んで、この仲間と宴席を設けたが、その席で 個展の案内をもらった。 彼女は色々なところで活発に活動しているようで、年数回各地で個展を開催してい る。有名な料理店、居酒屋などのメニューも手がけている。 興味のある方は、8月8日から13日まで、銀座の鳩居堂(地下鉄銀座駅A2出口) 3階へ足をお運び下さい。 西村玉翠展の案内をどうぞ!
07/17:屁糞カズラ 屁糞カズラが咲き始めた。手に取ると臭い匂いがするのでつけられた名前だそうだ。 それにしても「屁糞」とは誰がつけたのでしょうか・・ 別名の「灸花」で呼んであげたいが、一般に膾炙されているのは「屁糞」である。 もぐさに火がついた様子を連想させるから「灸花」と呼ぶそうだが、洒落た帽子の ような花の花芯は赤紫のベルベットで彩られ、カズラに連なる花たちは、装飾的な 美しさもあり、もっと華麗な名前を付けてあげたいと思う。 退職して半月が過ぎたが、習い事を始めたり、九州へ行ったりで余裕がなくなって 花の写真の整理も出来ないまま過ごしてしまった。 この季節になると、日中は暑すぎて屋外に出かける気が起きないので、どうしても 早朝しか機会がないが、出かけるたびに新しい花を発見できるのは不思議なほどで ある。インターネットや図鑑で調べても中々名前が探し出せず、ギブアップしてし まう花が多い。写真そのもので検索できるようになれば便利だが、そのうちそんな ソフトが出てくるのではないかと期待している。 7月前半の写真をどうぞ!
07/13:長崎の夕焼け 家内の母が危篤という連絡が入り、急遽長崎の島原へ行くことになった。 主治医の説明を受け今晩は大丈夫との判断から、実家のある諫早に戻ることにした。 諫早では、いつも親切にしていただいているM医学博士と夕日がきれいな磯料理屋 へ行った。お店自体はどこにでもあるドライブインみたいなところで大したことは なかったが、7時過ぎごろから夕日が段々その華麗な輝きを増し、食事を忘れて写 真を撮りまくることになった。太陽そのものは姿を捉えることは出来なかったが赤 い空に豪華な金色の雲の彩りとそれを映し出す海原の競演は、まさに息を呑む美し さであった。 家内の母はその日亡くなり、翌日は通夜が島原で行われた。その式場で一晩を過ご し、朝洗面に行くと眼前に有明海が見えた。対岸の熊本の山並みを望む海と空の織 り成す景色はこれもまた素晴らしいものがあった。 故人を悼む日に不謹慎ではあったが、家内の母のプレゼントだと思い、自然の美し さを受け止めた。 そのときの写真をどうぞ!
07/08:近所の変人 近所の雑草やオペラ座の怪人は楽しめるが、近所の変人はそうはいかない。 私の住居はいわゆる旗竿開発の一番奥まったところにある。道路は、近辺の6軒が 共有する私道である。つい最近この私道を市に渡し市道として管理してもらおうと 言う話が持ち上がった。結構な話で、5軒はすぐに賛成した。ところが最後の一軒 が嫌だと言うのである。自分の土地を市に寄贈するなんてとんでもないと言う主張 である。自分の土地と言っても1/6共有の道路である。此の侭では舗装修理など の経費も発生するし、今の宅地の所有者が増えたり変わったりすると面倒で、私道 にしておいても何のメリットもない。しかしそこは変人、自分以外が賛成だと反対 したいのか、理由なき反抗を続けている。 どこの社会にも変人はいるものではあるが、やはり身近な変人が一番影響が大きく 困ったものである。このようなケースにうまい対処法はないのだろうか?
07/04:近所の雑草 私が住んでいるところは駅から10分ほどの所であるが、周りにはかなり緑があり 野鳥もかなり生息している。住人も花好きの人が多いとみえ、いつも花が絶えるこ とがない。そんな住宅街の一角に、県営アパートと民間のマンションが隣り合って 建っているところがある。その植え込みにはつつじやさつきなどが植えられている が、雑草も根強く繁殖している。 竹煮草や、藪枯らし、昼顔、洋種山牛蒡などである。 どれも嫌われ者の雑草であるが、良く見るとハットするほどの美しさを持っている。 雑草と言われているのが気の毒になるほどである。誰も好んで栽培する人がいない のに、いつも時期が来ると当然のように顔を出すたくましさは驚異的ですらある。
07/03:?リタイアメント 6月29日、株主総会集中日に開催された総会で、37年間のサラリーマン生活に 区切りをつけました。 不完全燃焼で無念な気持ちがある一方、長年違和感を持ち続けてきた職場から開放 されると思うと、ホットした気分にもなりました。 特に監査役になってからの3年間は、何も期待されない必要悪の捨扶持と言う社内 認識の中で、役に立つことも出来ず、空しさを噛み締める毎日でした。 とは言えこの3年間の給与は世間一般から見ると破格のもので、費用対効果で言え ば、会社にとっては全くの無駄金でしかありませんでした。 その意味で、一般従業員の方に申し訳なく、お詫び申し上げます。 あと1年の任期を残し退任することになりましたが、給料泥棒状態のうしろめたさ を思えば、この方が良かったのではないかと思っています。 トータルで考えてみると、私がこの会社で最初に手がけたこともかなりあり、それ なりに貢献したこともあると自負していますが、企業風土を変えることは全く出来 ず、本来私がやるべき一番大事な仕事をやり遂げられませんでした。 小生の能力、人徳のなさが主原因ですが、尊敬し信頼できる上司にめぐり合えなか ったことも残念なことの一つでした。 しかし、社外の多くの方の知己を得ることができ、今でもお付き合いいただけてい ることは望外の喜びです。 平均余命からすると、小生にはあと20年ほどの時間が残されています。 今でも、中学・高校時代オーラス先生から叩き込まれた、Boys be betterの精神は 健在ですし、好奇心と現状打破の心構えもまだまだあると思っていますので何とか 頑張っていきたいと思います。 再就職先はまだ見つかっていませんが、今日、英会話学校とパソコンスクールの入 学手続きをしてきました。家内は年金の額を聞いて意気阻喪してしまいましたが、 私は何とかなると楽観しています。