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 無 聊 の 記   12/21/2008 UPD 
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2008年前半の無聊の記へ  2009年前半の無聊の記へ
 
             12/16:カレンダー

これまでの写真を使って来年(2009年)のカレンダー
を作ってみました。
卓上型の素材を買って作りましたが、結構良いものができ
たのでご希望の方に実費+αでお譲り致します。
卓上型で日付の下にイベント名(誕生日、・・記念日等)
を入れることができます。例えば○○誕生日、結婚記念日など日付をお知らせ戴け
れば特注のカレンダーができます。
全て手作りなので数はあまり作れないので、注文が沢山あると応じきれないかもし
れません。(注文締め切り12/21、年内発送)
イベント名を入れないタイプ:1,500円、イベント名入り特注品:2,000円

  
  
  
  
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             12/11:2008年秋の総集編
今年の秋の紅葉や黄葉は特に見事でした。
9月〜12月まで撮り溜めた季節の写真から印象に残ったものを選んでみました。
180枚以上になったので、開くまでに時間がかかりますが、お楽しみ下さい。
ヴィヴァルディの四季から秋の曲をバックにどうぞ

2008年秋の総集編はこちら

    ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★

        ************

The Best of Autumn 2008 写真集を拝見しました。
総集編の秋のものばかりでなく、ついでに今年の四季折々の写真を改めて
拝見しました。
カレンダーにしていつも眺めていたいものが沢山ありました。
有難うございました。
皆様、ご健勝にてどうぞ良い新年をお迎えください。

        ************

もうすぐ10万ヒットですね。
挑戦します。

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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             12/08:秋色の終わり

前回の、谷戸山公園の秋が好評だったので、豚もおだてり
ゃ木に登るという訳で日曜の朝、近くの七沢森林公園に向
った。車を駐車場に入れ、ふと外気温を見ると4℃だ。
歩き始めるとすぐ手がかじかみ、足元がえらく寒い。
帰りたくなったが、覚悟を決めて急な階段を登った。


運動不足のため、すぐ心臓が悲鳴を上げ、喘ぎな
がら階段を登りきった頃には汗が出ていた。
これで寒さはあまり気にならなくなったが、木枯
らしの冷い風に当ると、思わずズボンに手を突っ
込んで歩いてしまっていた。

  
丸裸になっている樹が増えていたがその一方でまだ緑のままの葉を一杯つけた 木もあり、朝日に煌めいていた。 風が吹くと、落ち葉が舞い、枯葉がカサカサと囁く。時々もっと強い風が吹い てくると、枝がざわめき、誰もいない森に寂寥感が漂う。
  
『熊に注意』とか『猿に注意』の看板を眼にしたが、熊でも猿でもいいから 何か生き物に会いたい気になってくる。 この日は見通しが良くきく日で、展望台からは相模湾に浮かぶ江ノ島や、横浜 のランドマーク、新宿副都心の高層ビルが良く見えた。
  
2時間ほど歩いたが、尾根道は防寒対策をしていない身にはさすがに寒く、早めに 退散せざるを得なかった。 七沢森林公園の秋はこちら 最上部へ
             12/05:谷戸山公園の秋

谷戸とは丘陵地の谷あいの低地のことを言う。関東地方、
特に、多摩丘陵地区(東京都多摩地方、神奈川県東部)の
地名に○○谷戸と付けられている所が多い。
我が家から電車で7〜8分の座間駅の近くに、県立谷戸山
公園がある。クヌギ・コナラ・シラカシ等の雑木林が自然


に近い状態で保存されている。
駅を降りて10分ほどで公園の入り口に着いた。
静かな雑木林を期待していたが、厚木基地の戦闘
機の爆音がひっきりなしに響いてくる。
爆音が止んで、ひとときの静寂が戻ると、今度は
カラスの大合唱でうんざりさせられる。

  
それでも、森の中は意図的に自然が保たれ、雑多な広葉樹の色づきが眼を楽 しませてくれる。木漏れ陽の方角を確かめながら、公園内を当てもなく歩き 回った。残念なことに公園内には注意書きの看板がやたらに多く『自然に浸 って人間性を取り戻そう』などと余計なお世話としか思えないものまである。
  
遊歩道はよく整備され、車椅子でも楽しめる範囲が広く、中々良い公園では あるがおせっかいすぎる公園でもある。 湧水池の近くの林にはシジュウカラやメジロなどが身近に観察でき、気が付 くと3時間ほど歩き回っていた。
  
さすがに、かなり疲れを覚え、座間駅までの道のりは行きの倍以上に長く感じた。 谷戸山公園の秋はこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 吉田さん 本当に美しいですね。ため息がでます。同じ風景を見て、 カメラで記録しても、なぜこうも違ってくるのでしょうか?         ************ 谷戸山公園の雑木林の写真を拝見しました。 戦闘機の爆音もなく、カラスのうるさい鳴き声も聞こえず、 木漏れ日のさす、森閑とした雑木林の雰囲気をゆっくり楽しみながら、 ぶらぶら散歩する気分でした。 そういえばモミジは本来関東には少ない樹種なのでしょうか? 関西と違って、余りモミジは人里でふんだんには見かけないように思いました。         ************ 谷戸山公園、御苑、外苑の紅葉・黄葉を居ながらに堪能しています。 対象もすばらしいけど、カメラ・アイと腕をますます上げてますね。 昨日は私の散歩コースである日比谷公園を仕事帰りに歩きましたが、 君のいうとおり夕方の都心の紅葉の風景は捨てたものではないですね。 今日森井さんから君のことで(心配して)、何回か電話がありました。 持つべきは友ですね。         ************    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             12/01:代々木公園の紅葉

雨上がりの土曜日、早起きして代々木公園に出かけた。
朝8時前の公園は、ジョギングをする人はいるが人影はま
ばらである。
林の中で朝日に輝くモミジが目に飛び込んでくる。足早に
近づき、ルビーのように煌めく枝振りの中に突入する。


陽射しを透かして見る赤い葉っぱは、ため息が
出るほどに美しい。
雨上がりの澄んだ空気と朝日が織りなす光景は、
百万言を費やしても語りつくせない。
この日のモミジはこれまでで一番の美しさを感
じた。

  
まるで、樹全体が燃え出し、炎があちこちで湧き上がっている感じである。 風で枝が揺れると炎が揺らめき、朝日が目を射すさまは、この世のものとは 思えない神々しさを感じる。 前日の雨でできた水溜りにふと目が行った。そこには別次元の宇宙があった。 見る場所を少し変えても、目線をチョットずらしても水面に映る光景は万華
  
鏡のように華麗に姿を変え、時間を忘れて見入ってしまった。 自然の鏡は、空と木と地面を融合し、さざ波の中に小宇宙を閉じ込めているか のようだ。人智の及ばない神の存在を感じた一瞬であった。
  
静けさの中にある銀杏林も、清浄な美しさで心を癒してくれた。 この日、神宮外苑の銀杏並木も見に行ったが、雑踏の中の排気ガスに包まれた並木は 全く魅力を感じなかった。 代々木公園の紅葉はこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★ お元気にお過ごしのご様子、何よりに存じます。 代々木公園の見事に色づいたモミジやイチョウの写真を拝見しました。 樹の枝の形が面白いというので、季節の良い時期に カルチャーセンターの絵のクラスで風景画を描きに出掛る場所になっていましたが、 こんなに見事な紅葉を見ることが出来るとは気づきませんでした。 中野あたりでは、何故かモミジもくすんだ色にしかなりません。 排気ガスのせいでしょうか? 先日宇都宮に行きましたら、やはり燃えたつようなモミジと 洒落た小さな団扇を沢山つけたように真黄色に色づいたイチョウの大木がありまし た。         ************ 吉田さん! オハヨウございます \(^o^)/ 素晴らしい! (^^)d 日の射す紅葉、水溜りにうつる紅葉いいですねエー o(^v^)o いい気分になれます 鹿児島はただいま銀杏の並木が真っ盛りですとのニュースがありました。         ************ ご無沙汰致しておりました。お元気で何よりです。 代々木公園の”もみじ”正に、燃えるような”紅葉”・・・・・楽しませて頂きました。 当方は、朝晩は寒さが身に凍みるようになりました。 冬タイヤ交換等、いつ雪が降ってもいいように準備万端です。    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             11/25:新宿御苑の紅葉

中々体調が戻らないが、家内の還暦祝いを子供たちが新宿
でセットしてくれたので、その前に新宿御苑に寄ってみた。
紅葉にはまだ少し早いが、樹によっては見事な色づきに彩
られていた。特に温室前の公孫樹の樹は大ぶりの枝の葉が
鮮やかな黄色に染まり、圧倒された。


名前も分からない潅木も見事な朱色に染まり、緑
とのコントラストは、まさに神の摂理としか言い
ようがない。鬱蒼とした森の中に咲く山茶花も濃
い緑に純白が映え、暫し見とれてしまった。

  
モミジは広い園内の所々に色づいていたが、日陰にある樹は彩が暗く見栄えが しない。樹の下から太陽を透かして見られる場所を探し、葉っぱの赤が煌めく 美しさを求めて彷徨った。
  
1時間半ほどであったが、病み上がりの身には結構疲労を感じ、還暦祝いの店 に向った。 新宿御苑の紅葉はこちら 最上部へ
             11/23:晩秋のススキ


これまで荻という植物がどんなものか全く知らなかった。
本屋で来年のカレンダーを見ていたら11月の花に荻が載
っていた。荻はススキにそっくりだが、純白で花が大きい
ことで区別できると書いてあるが、何回見ても違いが分か
らない。


河原や湿地に生えるのは荻、乾燥した草地に生え
るのはススキとの解説もあるが、相模川に群生し
ているこれはススキのようである。
どう見ても純白ではないし、何年もススキと思っ
て見ていたので、今更荻とは思えない。

  
考えてみると、回りには荻原という友人知人が結構いる。「けもの偏だ、萩原と 間違わないでくれ」とよく言われたことがあるが、ハギは知っていてもオギは どんなものか考えたこともなかった。 こんなに身近な花で、違いがさっぱり分からないというのも何かミステリアスで はある。 晩秋のススキはこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 更新されないので、忙しいのかと思ってました。 薄と新宿御苑見させてもらいました。 萩は花札でおなじみでしたが、荻のことはよく知りませんでした。    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             10/28:箱根の秋草

仙石原のススキ見物と、箱根湯本の「はつはな」の蕎麦を
食べに家内と出かけた。

ススキは予想に反して、まだ見頃にはなっていなかった。
見物客も殆んどおらず、静かな雰囲気を味わえたが、感動
する景色は見ることができなかった。
かなりの枚数の写真を撮ったが、やはり気持ちが乗り移っ
たのか良い写真は少なかった。


がっかりしたが、駐車場の近くの空き地でアザミ
や、きれいに紅葉したつたを見つけた。
洋種ヤマゴボウの葉も、一枚の葉の中に赤と緑が
はっきりと切り分けられたものがあり、朝日を通
して煌めいていた。


  
昼食には時間があったので、御殿場まで下り秩父宮記念公園まで寄ってみた。 この時期は花も少なくなり観光客はまばらであった。 静かな邸内をのんびり散策し、杉の木立の木洩れ日を楽しんだ。 この後、再び箱根を経由して湯元に下り、「はつはな」に行った。 『貞女そば』という、とろろ蕎麦を食べたが、中々良い味であった。
  
ただ、小さな店にはお客が次々と押し寄せてきて、ゆっくり落ち着いて食べられる 雰囲気ではなかった。 箱根の秋草はこちら 最上部へ
             10/24:ラ・サールサイタマ会

先週大宮でラ・サールサイタマ会があった。
会長は同期の前嶋君、講師は、これまた同期
の中間君ということもあり、両君から見舞い
を受けた義理を果たすため、厚木から長躯出
っ張った。
中間君のテーマは、
「食道がん・14時間の手術を乗り越えて」。

宮崎の同期の医師による食道がん発見の経緯から、14時間の手術の最中に「三途の川」
を見てきた話など、話すも涙、聞くは笑顔、壮絶なお話でありました。
集中治療室に280時間も留め置かれたこんなに危ない恐ろしい手術を、一生懸命私に
勧めた彼は俺のことを本当に思っていたのか、重大なる疑念を持たざるを得ない講演で
はありました。

このダ・サイタマ会には同期が9名集まりましたが、
中でも東大医学部出身の三浦君の若々しい姿が
目に付きました。秘訣を聞くと『恋をすること』
とのたもうた。

これを聞いた中間君から届いたメールを紹介します。

『   ♪ 命短し恋せよ〜乙女〜♪〜〜
たんにゃま(谷山)!!・・おおきに・・まだ、よくろちょっじゃらい。(??)
昨夜は多くの同期生が集まっていい同窓会でした。みんないい顔
をしていました。鹿児島、栃木、千葉、神奈川から小生の馬鹿っ
ぱなしを聞きに来てくれて・・おおきに・・
たんにゃま君が若いと驚嘆した三浦。たしかに若かった。三浦君に  
若さの秘訣は何かと問うたれば・・恋せよおとめ・・と。
・・やったことない事へのチャレンジと”恋”だよと・・・
ミンナ!!・・”恋”を忘れちょらせんけ?
命短いみんな・・何かに恋をしよう。 女もいいよな〜

それにつけても吉田は許せん!!何で俺が俺がと思う毎日です。
吉田!!良かったな〜信じられない現実を証明したよ。
これで”三途の川”の話も信じてくれるよな〜』

私は、中間君をはじめ12期の皆様に感謝の意を込めて返歌を贈呈します。

    「恨ドラの唄」 仲間≠中間です


   命短し 早せよ仲間
   薄き毛髪 抜けぬ間に
   瘠せし骨肉 消えぬ間に
   明日の月日の 無ひものを

      命短し 恋せよ仲間   
      立たぬ愚息(中間チュウカン)見る前に 
      バイアグラの切れぬ間に
      気ばかり焦りて 泣き見るも

   命短し ムリすな仲間
   そんな物好きいぬものを
   干物ジジイに合うものは
   提灯ババアと心得よ

      命短し 恋せよ仲間
      年金の金 消えぬ間に
      ゴルフのハンデ落ちぬ間に
      今日は再び 来ぬものを 

アア、、、、まだ言い足りない・・・・・・・・

    ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 吉田さんへ 大変な労作ご苦労様でした。 3番の「提灯ババア」の意味は?その出典は? 何か深いいわく因縁有りそうですね。 是非ご教授あれ!       庵主 中村         ************ 「提灯ババア」に深い意味など全くありません。 歯の抜けた老婆が笑うと、しわが伸びたり縮んだり・・を表しています。 上方落語に ●ほたらそこへでんなぁ、うちの提灯婆ぁが出て来ましてなぁ、ちょ〜ちん 婆ぁが■ちょっと待てぇ、なんやその提灯婆ぁっちゅうのは?●知りまへん か? シワが横にあるさかい提灯婆ぁでんがな、シワがタテにあったら唐傘 婆ぁねぇ、まんべんのぉあったら梅干婆ぁ。 とあります。 ちなみに、水分の無うなった中間はんは、『干物ジジイ』でんがな、兄さん やったら、「ヤカンジジイ」となりまんなぁ。 これ、世界の常識、違いまっしゃろか・・ (蛇足) 干物ジジイを『廃鶏ジジイ』、ヤカンジジイを「バーコードジジイ」とも言 ますねん。老婆心ながら付け加えさせてもらいましょ!。 アア、、、、スッキリした・・・・・・・・命短し 恨むな 中間    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ

             10/18:ススキとセイタカアワダチソウ

土曜日の朝、いつも訪れる相模川の河原からさらに
30分ほど下流まで足を伸ばしてみた。
取水堰の近くは、ある程度手入れがされており、ス
スキとセイタカアワダチソウがかなり整然と棲み分
けられていた。



河原の中に本流から取り残された池塘のような水溜り
があり、水面には秋の空に溶け込んだ草の姿があった。
ゴアテックスの軽登山靴は、朝露と湿地の影響でかな
り濡れたが、靴の中に染み込むことはなかった。
この靴のおかげでぬかるみを気にすることもなく、雑
草の中を掻き分けることができた。


  
藪の中で1時間ほど過ごし、土手に近づくとコスモスに似た可憐な花が目に留まった。 ガウラ(白蝶草)という北アメリカ原産の花であることを知った。 確かに白い蝶が飛んでいるような花であった。
  
また、セイタカアワダチソウが占領している土手の斜面に天人菊に似た赤に黄色の縁取 りをした花をみつけた。この花の名前は、定かには分からなかった。 この日の写真ははこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 藪ですか、いいですね。 平が岳での数々の暴言を思い出して反省しています。         ************ 河原を吹く爽やかな風がすぐそばに感じられるような、 素晴らしい写真を沢山拝見させていただき、有難うございました。 ススキもかなり穂が開いてきて、秋の深まりを感じさせられます。 群生するセイタカアワダチソウやススキの様子を絵で表現するのは 難しそうだと思いました。    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             10/16:相模河原の秋

久しぶりに雑草やススキの生い茂る相模川の河原に
分け行った。
去年は明瞭についていた踏み跡が、雑草に席巻され、
記憶を頼りに雑草を掻き分けながら進むしかなかっ
た。ススキがセイタカアワダチソウに駆逐され数が


かなり減ってきたように感じた。

しかし、草花の種類はいくらか増えたようにも感じる。
去年まで住んでいたホームレスの小屋に今は人の気配が
ない。踏み跡が消えた理由に合点した。

4時を少し回った頃だったが、夕日は見る見るうちに下


  
降し、陽射しが届かなくなってしまった。まさに秋の陽は釣瓶落としである。 誰もいない雑草に囲われた河川敷という環境に軽い恐怖を覚え、思わず周りを見回 した。野分けの風が草を鳴らしただけで、何も起こらなかった。 とそのとき、雉のような鳥が草叢から急に飛び出した。一瞬心臓が高鳴った。
  
鳥だと分かって苦笑いしたが、山道での一人より、人家に近い河川敷の方が何倍も 怖い感じがする。急いでやぶを突っ切り土手の上を目指した。 相模河原の秋はこちら 最上部へ
             10/15:仙石原のススキ

14日のニュースを見ていたら、箱根のススキは、
もう見ごろを迎えたと報道していた。
少し早いのではないかと思ったが、天気予報では明
日お昼からすっきりとした秋晴れになると言う。
今まで、朝日に当るススキしか撮っていなかったの


で、今度は夕日のコスモスを撮ろうと思った。
2時に家を出発し仙石原へ向ったが、着いた頃
雲行きが怪しくなり雨が降り始めた。
少し待つと、雨はやんだが雲にさえぎられ陽射
しが全くない。

  
それにススキの原は、見頃には少し早く、中々良い被写体が見つからない。穂先が 輝くようなアングルを見つけ、絞りやシャッタースピードを工夫しながら撮ったが、 感動できる風景ではなかった。それでも加工してみると、見た目よりかなりきれい な画を得ることができた。写真ではなく、写偽であるが今日はこれで満足するしか ない。来週あたりが、狙い目で、天気を見ながら再挑戦するつもりだ。
 
仙石原のススキはこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 雄大な仙石原のススキの風景を楽しませて頂きました。 絵の場合、良い絵になるかどうかは構図で6割方決まると教わりました。 「絵は所詮、絵空事だから」とも聞きます。 見る人に感動が伝われば良いのではないかと思いました。 なお先日、「仙石原に泊まった記憶」とお伝えしたのは、 よく考えたら、日光近辺の「戦場ヶ原に泊まった」のの間違いでした。 11月の戦場ヶ原の民宿の朝は、ガラスが凍り付いて、 布団の中でも身体が震えるように寒かったです。         ************ 今年は温暖化の影響で秋は遅れているようです。 ニートになったので遅まきながら来月那須へ紅葉を見に行ってきます。    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             10/13:近所の秋

この週末、土曜日はラ・サール千葉会に出かけた。
17期の、重粒子医科学センター副院長馬場先生の
講演を聴講し、同期の仲間と歓談した。
翌、日曜日は近所のビオトープへ足を運んだ。
このところ手入れがされていないようで殆んど雑草


が茂るにまかされている感じだった。
雑草の中に、コスモス、ネコジャラシ、野菊や
姫紫苑が雑然と咲いていた。
踏み跡もない雑草を掻き分け、花の近くへ寄り
写真を撮った。

  
ズボンには草の種が沢山ついてきたが、意外なほど簡単に落ちるものばかりであっ た。手入れが全くされていない花ばかりであったがそのぶん野趣があり、秋の風情 が強く感じられた。 このビオトープを管理されている方に最近とんとお目にかかっていない。 この荒れ方を見て、少し心配になった。
 
近所の秋はこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 一日のスタートに何時も貴君の季節の写真を見て 心清清しく仕事に取り組み、帰路、夜空に瞬く星を見ては 心安らぐ毎日を送っています。 お元気そうで安心しました。 過日、退職したら野鳥観察でもと言ったものの ゴールのテープがあと一周(?)となり、目下カメラの カタログのみで想像たくましく遊んでいます。 ただ近頃、毛虫に刺されてから幼虫に興味を覚え 大きくなったら蛾になるか蝶になるかと虫かご買い込み 蛹・成虫となる日を楽しみにしている毎日です。 あの「コレクター」の怪しい雰囲気ではありませんが 結構ハマっています。 猫の額ほどの庭先でも注意していればアゲハ、せせり、 ・・すずめ蛾などの幼虫がいるもので、不明幼虫は 「幼虫図鑑」に投稿すれば直ちに親切な同好(?)の方から お知らせいただき、皆さん何時も何してるんだろうかと余計な心配を しております。 ただ、うごめく虫たちを見ていると彼らも必死に生きているのだと、 又、幼虫時代とは似てもにつかぬ美しい成虫になり飛び立っていく様に 心が和みます。 是非、美しい花や緑の葉の裏に、密やかに或いは貪欲に食指を動かしている 虫たちの姿を貴君の素晴らしいフォトアングルで加えていただければと思います。 鹿児島より勝手な願いを込めて・・・         ************ 山頭火の「分け行っても分け行っても青い山」を思い出します。 帰ったら見てみましょう。         ************ ビオトープの秋の風情を満喫させて頂きました。 一面の白菊やえのころ草の自然な強さに惹かれます。 また、確かに今年は街のそこここで金木犀の香りが強いように思います。 温暖化の影響でしょうか。    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             10/12:金木犀

我が家の近辺では、一週間ほど前から金木犀が咲い
ている。今年は花のつきがよく、香りも強く感じる。
「季節の花  300」によると中国南部の桂林地方
原産。中国語では”桂”は木犀のことを指し「桂林」
という地名も、木犀の木がたくさんあることに                
                            

由来するという。
すでに少し散りかけていて、地面が黄金色に
なっている所がある。
最近は日も短くなり、朝は6時頃まで暗いし
夕方は5時くらいに暗くなる。

  
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             10/11:アオサギとからす

ビオトープの隣のお寺の屋根にアオサギとカラスが
とまっていた。アオサギは小鳥か小動物を捕食した
直後らしく嘴の周りに羽毛が付着していた。
カラスはそれを狙っているようでアオサギを盛んに
威嚇していたが、アオサギは悠然としていた。



このアオサギは、ビオトープの小さな池の魚も
失敬しているようで、池の上には釣り糸が何本
も張られていた。



  
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             10/09:夕日のコスモス

木曜日は家内のお茶の日で車は使えない。
この日は3時前に帰ってきたので、コスモス見物に
誘ったが、4時を過ぎてから結局一人で向うことに
なった。
低い夕日に当る陰影の濃い花を撮ろうと思っていた


が、コスモス畑は、高い土手と川岸に並ぶ建物
のため、日没間際の夕日は全く花に当らないま
ま暗くなってしまった。
それでも日が落ちる前の30分ほどの間、夕日
に輝くコスモスを楽しむことができた。

  
前々日の朝日のときとは違い、花は皆夕日の方を向いていた。太陽の方へ顔を向け るのはひまわりだけでないのだ。この日初めて知った。 この日は、レンズも前々日とは変え、望遠マクロにPLフィルターを装着した。 前回は、キャノンの標準レンズを使ったが、印象がかなり違うことに、今更ながら 驚いた。
  
また、ピクチャースタイルを変えると、色が全く違うことにも驚いた。 同じ写真とは思えないほど印象が変わってしまう。 夕日のコスモスはこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 巾着田、馬入川と撮影が忙しくなりましたね。 これを見ているとずい分元気に、もとどおりになってきたね、と思います。         ************ いつもありがとうございます。 ますます写真が良くなっていますね。 退院祝の会は○○が計画しています。 そのうちご連絡があるかと思います。         ************ 1年後輩の○○です。 現段階で完治ということで、安心しました。 ラ・サールではない、大学の友人達にも、吉田さんの写真を紹介し て喜んでもらっています。今後とも、楽しませてください。         ************ 元気になってホントよかったね。 箱根のお山での快気祝い。是非やりましょう。     ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             10/07:朝日のコスモス

我が家の傍を流れる相模川を10k程下ると、川の
名前が変わり馬入川となる。そこから海は目と鼻の
先である。この近くの河原にコスモス畑がある。
朝、天気予報では予想もしなかった陽射しが射して
きたので、朝食もそこそこに車を走らせた。


意外なことに、河原にはコスモスを愛でる人は
一人もいなかった。少し霧が残っていて、雨露
に濡れたコスモスが私の靴先とズボンの裾を濡
らした。
まだ蕾が沢山残っていたが、朝日を受けて煌め
く花を一人占めにしながら、花畑に埋もれた。

  
平塚市の中心部に程近い場所ながら、花畑を通して川面が光り、気持ちの良い公園 である。多分今度の週末は大勢の人が押し寄せるだろう。 サンデー毎日の身分ならではの贅沢だった。
  
家に帰り、コスモスの雰囲気を出そうと、写真のレタッチ作業に熱中した。 コスモスはフラスコ画か、パステル画のような色合いが一番マッチしているように 思う。コントラストを下げ、背景を淡くぼかし、花を浮き立たせるようにしてみた。 咲き始めの花で、花色に勢いがあり何枚かは満足できるものになった。 朝日のコスモスはこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ どうして吉田さんの手に掛かるとコスモスが、こんなに綺麗に写るんでしょうね。 吉田さんに撮ってもらうのを歓迎し待ちかねているようです。 目の保養になりました。有難うございました。         ************ 朝日、夕日の コスモスの写真を拝見しました。 コスモスは仰々しく飾らず、すっきりと自然で美しい点がとても良いと思います。 色とりどりに沢山咲き乱れる様は迫力もあります。 最近、都心では余り見かけなくなりましたが、 小学生の頃、土手や道沿いに咲いていた秋の風景が思い浮かびます。 食道の経過も順調と伺い、「・・・のんびり楽しんできました。」のところがとても 実感がありました。         ************     ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
     10/06:“雄呂血”と“スーダラ節”(友人からのメール)
発病以来、同期で同病者の中間(仲間ではない)君からストーカーまがいの大量の
メールが届いた。彼は3年前、食道がんが見つかり埼玉がんセンターで14時間の
大手術の末やっとの思いで生還した男である。
この東松山の廃鶏(彼によると廃鶏はメスだそうだが・・)殿は今ではゴルフ大会
で健常者をうならせるほどの腕前になるし、酒もやたら飲むようになっている。
まさに「帰ってきたヨッパライ」そのものである。
その彼が、入院生活も終わりになりかけた頃、見舞いに来てくれた。
次の文は、彼が同期のメーリングリストに流したものである。

『病室についてびっくり、廊下に漏れ流れていた心地よい音曲はパソコンに繋がれ
た2つのスピーカーから流れ出ているではないか。
「・・おう!!悪いな。」吉田君はビンタの後ろに手を組んでポロシャツにズボン、
短い足を器用にくんで出迎えてくれた。

ショック!!3年前に宮崎の中村典生君に食道がんと宣告されてからのこの道のり・・
たとえれば・・映画「雄呂血」の阪妻・・髪を振り乱し、次々に襲い掛かる癌に取
り囲まれ血だらけになって生き延びようとするわれらが阪妻・・・これが不肖中間
だったのだ。

これが癌と戦う本来の姿なのに、なんだ吉田!!これじゃまるで植木等の映画だよ。
真面目に ”必死に手術するやっつぁ〜・ごくろうさ〜ん!!”
小生から言わしてもらえばもはや“スーダラ節”かも。』

このメールに対し、間髪をいれず反応したのが、「魑魅魍魎」の作者安楽(アンラッ)
君である。彼は廃鶏殿を尊師と呼び、崇めている。

『中間君
吉田君の病気をさしおいて、こんなことを言うのも何だが、君の文章はうまい。
“雄呂血”と“スーダラ節”とは、うまく例えたものだ。
そうか。吉田君は“スイ、スイ”やっていたのか。
“〜ったく”というところだな。』    [スーダラ節]別の画像

廃鶏殿からのメールの一部を集めてみた。
仲間を求めるニワトリの声とも読めるが、これぞまさに我が同期のファミリースピ
リット!なのである。彼は、来週ラ・サール埼玉会で、「14時間の大手術を乗り
越えて」サブタイトル(食道がんからの生還記録)という演目でスピーチすること
になっている。そこで、不肖与死駄は、頼まれもしていないのに、「なんにも乗り
越えないで」と言う演題でスピーチすべく、神奈川から埼玉まで出っ張ることにし
ている。 (ヒマですから・・・)

*********************以下中間君からのメール***************************
吉田君
カラ元気でも出してガンバレ!!
小生の3年前と同じ状況なので気の毒だが・・運命だ。
食道全摘のオイの立派な姿を見て希望を見出せ。会社で悪いことをして懲役3年食
らったと思えばよろしい。
8日にも収監?今発見されたことに感謝して立派にオツトメして来なさい。
  (冗談でしょ)

吉田君
もしも全摘出手術になったら体力が必要です。小生の場合術後すっかり体力を消耗
してしまい歩けなくなりました。たぶん手術と決まっても入院は1,2ヶ月後だと思
います。散歩や深呼吸をよくやって足腰を鍛えたり肺活量を上げておいてください。
食道を除去する時は右肺を鉄板で前部に押しつぶしていわば左肺の片肺飛行(胸腔
鏡手術)での長時間手術となります(小生の場合14時間)ので肺活量が高くないい
けないのです。肺の中の空気を全部吐き出す(絞り出す)訓練をさせられます。小
生の場合喫煙暦が長かったために肺活量が不足していて危うく手術できないところ
でした。中間が耐えて成功したのだから・・まして吉田をやです。EMRでやれる
ことが最高ですが最後は体力勝負の覚悟もしておくべきです。頑張ってください。
懲役2年ぐらいの牢屋暮らしと思えば気が楽になります。 (懲役2年に減刑??)
体力を回復させて娑婆でまたカメラを持って花を写してみんなを楽しませてくださ
い。うちの家内も君の花便りのフアンです。
 (おだてられてもその手には乗りたくないね!)

吉田君
食道がんに関する明るい情報は期待できませんよ。見れば見るほど知れば知るほど
不愉快になります。小生はガンセンターの田中先生に「どうしますか?」と聞かれ
たときに一刻も早く根こそぎ切り取ってください、と訴えました。すると先生も私
もそれがベストだと思いますと言ってくれました。小生の後に食道がんになりまし
たといった会社の同僚は都立駒場で手術をする予定で入院しましたが結局手術をす
るには手遅れで半年の命でした。
全摘出手術を受けられるはこの病気では生き残りレースではエリートなのです。
手術は成功してもリンパ節に転移の痕跡がある人や声を失う人もいます。まずは転
移、再発のない術後に期待しましょう。14時間の手術は切除する食道にへばりつい
ている血管や神経を生かすために1本1本丹念に取りはずししたり、胃袋の食道代わ
りにする部分のぜん動を促す神経や栄養を吸収する機能を止める施術に時間がかか
るのです。
楽をしょうと思えば楽できないときとのギャップを乗り切れません。どんな難関も
乗り切る重大な覚悟が必要です。乗り切ったら乗り切ったで過酷なリハビリが又待
っています。
懲役2年のつもりで臨んでください。貴君のやさしい顔に似合わぬ「うっだまし」が
あれば大丈夫!!必ず勝つ!!
ところでがん細胞の増殖のスピードですが倍倍ゲームであっという間に手遅れにな
るような増殖を遂げるものや、そこに癌があっても数年全く動く気配のないのもあ
ってなんとも言えないそうです。 (今度はオドシか・・・)

吉田君
前回のメールはちょっと厳しすぎたかも、ごめんなさい。EMRを求める君の淡い
期待は今は捨てるべきです。最悪のパターンと思ってる全摘出さえ覚悟出来れば怖
いものなしです。
「全摘出よど〜んと来い!!」という心構えが必要です。その準備作業に早速入ら
れたし・・体力作りです。では、ごめん!

吉田君、
   今の段階ではっきり言えることだけ伝えときます。
   問・・・何のために、今、この時期に癌が発見されたか?
 
   答・・・吉田耕治をまだ生かすため
  これ以外の答えはないのです。君を殺すつもりなら発見を遅らせていくらでも
  手遅れに出来ていたはずです。
  発見が6か月おくれていたら、と思うとぞっとします。
  発見されたことに感謝し努力すべきです。
  わが身や神を恨んだりしないこと。楽に直す方法がないかともがかないこと・・
  これ経験談。では  (これぞマッチポンプ!!)
*********************以上 中間君からのメール 終わり***********************
  (グッタリしました)

気分転換にどうぞ
    ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************  吉田君、小生の闘病記は君のお陰でセピア色   げんねこっじゃらい・・  食道がんになったのも  It`s no one`s fault ♪ダーレノセイデモ、 アリャシナイ〜♪♪  That`s all because of my carelessness ♪ミンナ、オイラガ、ワルイノサ〜♪♪         〜んと 来たもんだ!!     ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             10/05:里山の秋声

抜けるような青空の朝、久しぶりに近くの愛名緑地
へ出かけた。高さは100m程の小さな里山だが、
運動不足の体からは滝のように汗が吹き出てきた。
でも、空気が乾いていて木立が清々しい。
秋の気配が感じられる森に訪れる人は誰もなく風の


音だけが梢を吹き抜けた。静寂の中で木立のフォ
ルムを楽しみ、草むらの花を飽きずに眺めた。
桜の葉は他の木々に先駆け、葉が色づいている。
ツクツクボウシの声が聞こえてきた。夏の名残の
声は秋に待ったをかけているかのようだった。

  
ヘクソカズラの青い実とナナカマドに似た赤い実が、目線を捉えた。自然の巧まざ る配合に驚きを覚えた。実に巧みな配置と配色だ。 人工的な花園なぞ比べものにならない美しさを感じ、シャッターを切った。
  
里山の秋声はこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 吉田さんまさに「何の変哲もない景色の中に自然の美しさ を感じ、空気と土のにおいを胸いっぱい吸い込みました」、 ですね。これは病み上がりでないと実感できない何気ないけど 心に沁みこんでくる”気付き”でしょう。文章を読んでいると 大学時代によんだ串田孫一の随筆のようです。         ************ 吉田さん  重粒子治療の前後を読みました。詳細な記録に驚きました。 このホームページに励まされる人が多くなると思います。 これからまた、あなたの写真と随筆をたくさん楽しめると思う とわくわくします。  中間さん、阿部山さん、吉田さん、星原さんなどの 「がんからの帰還」報告会を開けるといいですね。         ************ 重粒子線治療は熟読しました。 お元気そうで何よりです。 手術でしたらこうはいかなかったでしょう。 こちらは失業+株安+歯の三重苦ですが、仕事のストレスが無 くなり気楽にやっております。         ************ 清々しい里山の秋の写真を拝見させて頂きました。 有難うございました。 一般には、「小さい秋、見ぃつけた」の風景なのかも知れませんが、 里山を歩かれて、きっととても充実した、大きな秋を感じられたこ とと拝察しました。 心なしか、一つひとつの写真の背景にある重いものを感じました。         ************ 吉田さん 久しぶりに連絡しますが、吉田さんが元気になられ、また元のよう に自然を訪ね写真に記録する生活に戻っていること、本当によかっ たなーという思いで、メールを楽しみにし見ています。 重粒子線による治療の記録は、本当に貴重な体験談であるだけでな く、そこに至るまでのアプローチも記憶に残しておくべき報告と思 っています。 私も癌には重粒子線で治療が出来ればベストと思っていましたが、 ただこれは利用可能範囲が狭く、食道癌への適用は出来ないと聞い ていたのですが、ラサール同窓のネットワークから最新情報にたど り着く過程、そして他の医者から手術がベストと勧められながら、 自分の納得のいく方法を決断していく姿勢に、ただただ感服しました。  治療記録は本当に貴重な記録だと思っています。さすが吉田さんと いった感ですね。 だいぶお元気になったようですので、またお会いできる機会をつく りたいと思っています。 季節はいつも動いていて、意識しないうちにもう秋の真っ只中。  散策にはもってこいの季節です。里山歩きなどたのしみながらの、 自然への優しいまなざしをまた写真で紹介してください。     ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             10/04:覚悟
先週号の日経ビジネス「有訓無訓」に養老孟司先生の談話が載っていた。
『我々は過去の情報に縛り付けられ、情報さえ検索すれば答えがあると思い込んで
しまう歴史上最も頭の固い人々になってしまった。』『変化の中で読み解けない状
況に遭遇したら「覚悟」が必要』と説かれていた。
また、『いつ死ぬか分からないのに、先が分からないことを悩み、ひたすら過去を
見つめたりすることはもったいない』とも説かれている。

食道がんになって、私は必死に「過去の情報」を集めた。しかし、そこには常に不
確定な要素が付きまとい、情報そのものもどのように解釈すべきか迷うばかりであ
った。「もしこの治療方法で失敗したら・・」「もし転移したら・・」こんな事を
考え始めると収拾がつかなくなる。
どの方法をとっても必ずリスクがあることを覚悟しない限り、何も選択できないこ
とを自分に納得させるには、やはりできる限り情報を集めないと自分の判断に自信
を持てないと、私は思う。

ただ「覚悟」さえしてしまえば後はノー天気である。入院が決まるまでは、必死に
情報を集めああでもないこうでもないと悩んだが、入院が決まったとたんなんとも
思わなくなった。入院当日、担当の看護婦からヒアリングを受けた。「入院するに
当たって心配なことは?」「眠れないことは?」など色々なことを聞かれたが、何
も心配していただくようなことはなかった。
何しろ入院してしまえば自分でできることは、医師の命令に従うこと以外何もない。
つまらないと言えばこれほどつまらないことはないが何も術はない。
「覚悟」を決めて怠惰な生活を乗り切るしかなかった。ありがたいことに重粒子線
治療は痛くも痒くもない。それでも照射2週間後くらいから副作用で苦しい思いを
少し味わったが、自分が病気である自覚をもてないほどであった。
食道がんの全摘手術を経験した中間君の言によると「懲役3年の刑を食らったと思
って頑張れ」とのことであったが、まるで別世界であった。

今になって思うと、覚悟だけでは駄目で「決断」が必要だと思う。決断の結果どの
ような事態が生じようとも覚悟できることが必要だと感じる。
偉そうなことを言って、再発や転移したらうろたえそうではあるが、今のところは
そう思っている。この後、私にあまり試練を与えないよう神様にお願いしたい。
「覚悟」や「決断」は、なるべく避けて平穏な暮らしができるのが一番だ。

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             09/24:巾着田のコスモス

巾着田のコスモス畑は彼岸花のおまけのような扱い
を受けているが、今年は作付面積も増やしたらしく
かなり見応えがあった。しかし、人々の眼は圧倒的
に曼珠沙華に向いていて、コスモス畑を愛でる人は
数えるほどしかいなかった。

もし傍らに曼珠沙華なかりせば、このコスモスも
もっと人をひきつけることができるはずなのに気
の毒なような気がした。気のせいか、コスモスも
少しすねているように見え、美しさも今ひとつに
感じてしまう。

  
コスモスと彼岸花ではあまりに趣が違うが、普通ならコスモスを好む人が多いはず である。だのに、この巾着田では主役はあくまで曼珠沙華で、コスモスはしがない 脇役に過ぎない。 それほどに巾着田の曼珠沙華は圧倒的な存在感がある。 でも、コスモスの淡い色合いは、見る人の心を和ませ、優しい気持ちを蘇えらせて くれる。 写真もコントラストを弱めにしたほうがこの花の雰囲気を伝えやすいようである。
  
巾着田のコスモスはこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 吉田さんへ 重粒子線の治療についての詳細な解説を拝見しました。 大変教えられました。 経過が良いことが何よりですが、 緻密な対応方法と、情報の詳細な紹介に教えられます。 多くの人にとって、貴重な手記・情報と思います。         ************ 吉田さん、 お元気そうで何よりです。 メールを拝見していて、吉田さんの潔さと生命力に いつも私のほうが勇気付けられています。 ありがとうございます。 ぜひ、近々快気祝いをしましょう。         ************ 巾着田のコスモスと食道癌治療についての、ページ拝見しました。 今回の重粒子線治療を受けられるに当たっては、 事前に、専門家の先生方のご意見を聞かれるとともに専門書で綿密に調査され、 色々な治療法の得失をご自分で比較して選択・決断された経緯を拝読して、驚嘆・ 敬服した次第です。 拝読しながら、先だって目にしたビクトリア朝時代の英国詩人 W.E.Henleyの "Invictus"の一節、 ”I am the master of my fate: I am the captain of my soul." が思い浮かびました。 普通は、権威ある先生の言われることなら、そのまま鵜呑みにしてお任せする人が多 いと思いますが、 吉田様の場合は、自分の進路・運命は自分で決めるという強い意志をもって、 選択されたことを感じた次第です。 食道癌の重粒子線治療を受けた初めての患者さんということですが、 食道癌治療史に残る人になられましたね。 これからきっと、あちこちで先進的な治療例として学会で引用されることになられる と思います。 今後の沢山の患者さんたちのためにも、日に日に快癒され、 歴史に残る完璧な完治例となられますことを祈念しております。 どうぞ益々のご本復に向けてご自愛ください。     ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             09/24:彼岸の世界

食道がんの治療が終わり、生還祝賀会も一通り終わっ
た24日、朝3時に起きて埼玉県の巾着田まで車を走
らせた。高速は殆ど使えないところだが、約60kの
道のりを2時間弱で到着した。
この時間だとさすがに訪れている人も少なく、ファイ
ンダー内に邪魔な人影が入ることも少ない。朝日が出る少し前から動き回り、人出
の出始めた8時には帰途についた。この頃になると駐車場はほぼ満杯になり人影を
避けて写真を撮るのは困難になる。花の写真に人が写っていると、それだけで破り
棄てたくなる。


今年は例年より花が早く咲き始めたらしく、早咲き
地区の花はすでに色が褪せ始めていた。
それでも朝日が出て木洩れ日が花に当ると、この世
のものとも思えないほど幻想的な世界が出現する。
多くのカメラマンが我を忘れて写真を撮っていたが
彼らの視点と違う写真を撮りたいと思い、敢えて誰もいないところを選んで、赤い絨
毯にあたるスポットライトのような木洩れ日を写し撮りたいと思った。
  
この日の写真を見ると、去年の写真とはかなり印象が違う写真が撮れていたのでニン マリした。もう少しピントをきちんと合わせることができれば一人前に近くなれそう である。 巾着田の曼珠沙華はこちら 彼岸花畑のそばにはコスモス畑もありこちらも満開でした。 コスモスは後日公開します。     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ すっかりご快復の様子何よりです。 曼珠沙華のスライドショー楽しませてもらいました。 私も、比較的巾着田の近い所に住んでいますので19日に行ってきました。 曼珠沙華の咲く時期に見たのは今回が初めてです。 生命力の強い花らしく、木の枝にも咲いているのがありました。 誰かが植えたのかもしれませんね。携帯で撮った写真ですがファイルを添付します。  吉田さんも見たかもしれませんがご参考まで。         ************ 巾着田の彼岸花の写真見ました。 去年よりもずーと迫力というか、一面赤、時々白がきれいですね。 朝3時に出発しての撮影ドライブ、やっと貴兄らしい気力に溢れてきましたね。         ************ 出歩けるようになって本当に良かったですね。 ”曼珠沙華”真っ赤な絨毯を敷き詰めたようで、吸い込まれそうですね。 有名な”巾着田の曼珠沙華”、また楽しみにしています。         ************ お元気になられましたね。 安心しました。 そのうち、快気祝いを企画します。         ************ 自然の輝きもひとしおだったと思います。 貴兄は自然堪能、小生しがないキャリコン仕事。 流山より愛をこめて。赤い花ならマンジュシャゲ。重粒子は過去になりけりかな?     ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             09/13:足利薪能と栗田美術館

野村ご夫妻のお招きに甘え、13日土曜日足利の薪能
を愉しみに、家内と野村邸に向った。
野村夫妻とは6月初めに箱根・伊豆を周遊したがその
時はまだ食道がんに罹っていることは知らなかった。
この日は、期せずして私の快気祝いみたいになって、
野村さんに大変散財させることになってしまった。

箱根・伊豆の旅の終わりに、この次は9月に足利でお目にかかりましょうと約束
して別れたが病を知って、とても無理だと観念した。早く断らねばと思いながら
片方では9月までには何とかなるという気もあり、約束はそのままにしていた。
野村君の奥様は、お茶の表千家の師範であり、能も習われている教養人で、もの
静かな方である。自宅や料亭での、心のこもった歓待に身に余ることと恐縮した。


薪能は室町時代の将軍足利氏の居宅跡、鑁阿寺の
国指定文化財「一切経堂」を背景に上演された。
出し物は観世流の能、和泉流の狂言で
能 「杜若」(中村裕)、
狂言「伯母ヶ酒」(野村万蔵)、
能 「俊寛」(梅若万三郎)
であった。
私は、能の素養は全くないが両親が趣味にしていたので、「俊寛」はかすかに記憶に
あった。初めての能鑑賞であったが、演目がポピュラーであったことも幸いし、楽し
むことができた。
野村さんにはこのところお世話になりっぱなしで、申し訳ない気持ちになりながら、
彼の友情にじんわりと幸せを感じた。
  
薪能を見る前、栗田美術館を訪ねた。 伊万里・鍋島の色絵および染付磁器に特化した美術館で、充実した収蔵品は、日本一と 言うだけのことはあり素晴らしいものであった。 広大な赤松林の中にある美術館は訪れる人も少なく、早晩経営的に行き詰るのではない かと余計な心配をしたくなるほどだった。 この美術館の存在を知らない人も多いと思うが、もっと多くの人に紹介したい美術館で あった。皆さんも是非足を運ばれてはいかがでしょうか・・ 足利薪能はこちら 栗田美術館はこちら 最上部へ
             09/12:小さい秋

ほぼ3ヶ月ぶりに、自宅周辺を歩き回った。
季節は思った以上に進んでいて、あちこちで秋の気
配を感じた。朝日を浴びて輝く雑草はいつも美しい
と感じるが、今日もひときわ美しく感じることがで
きた。

薄い黄色の彼岸花が、数株花をつけていたが、他の
彼岸花はまだ姿を見つけることができなかった。
ニラの白い花が土手に群生しているのを見つけた。
朝露をかき分け、撮ってみたが、この雰囲気を表す
技術はまだないことを思い知らされた。

庭先に咲いていた萩の花は、ちょうど咲き初めで華やかさは少ないが清浄な美しさに
眼を奪われた。傍らのミズヒキも紅白の小さな花をつけていて、名前の通りの雰囲気
を感じた。
  
小さい秋はこちら 最上部へ
             08/01:マイネットワーク
今回の病気を通じて、思いもよらないほど多くの方から支援していただいた。
元々あまり人付き合いも良いほうではないし、どちらかというと自己中のひねくれ者
なのにである。多分、このホームページがかなり貢献したようだ。
最大の人脈はラ・サールの同期生ネットワークである。我々の期は同窓会活動では圧
倒的な存在感を示している。東京支部長、鹿児島支部長、医療部会長、ゴルフ部会長、
を輩出し、埼玉会、千葉会などでも中心的役割を果たしている。育英基金には副委員
長をはじめ4名が委員として活動し、実質的に切り盛りしている。

私が最初に相談したのは、同期でも1,2を争う秀才でありながら器械体操の選手とし
て国体に出場するほどのスポーツマンで、しかも東大医学部に現役で入った三浦さん
である。彼は学生運動の闘士でもあり、今も不法滞在外国人の医療など、社会の底辺
にいる人々に対する医療支援を行っている。学生時代の純粋な理想を貫いている姿は、
共産党嫌いの私でも、そんなことを度外視させるものがある。
彼は私の問い合わせメールに、電話をかけてくれ、専門外だから食道がんの知識が無
いと断りながら、親切に応対してくれた。人柄が改めて感じられ一流の人物はさすが
に違うと感銘した。

私が送信したメールに最初に反応してくれたのは鹿児島大学医学部教授の丸山さんで
ある。彼とは卒業まで面識が無かったが、私のホームページをえらく気に入ってくれ
その縁で退職後の再就職活動にも親身に支援してもらった。食道がんについても色々
調べてくれ沢山の情報を折に触れこまめに提供してくれた。魑魅魍魎の作者安楽さん
が彼のことを天使と呼んだほどだ。年寄りの男の天使とは、かなり違和感もあるが、
とにかく彼の心情溢れる忠告は有り難かった。

この間、一番頻繁にメールや電話をかけてくれたのは、自分自身3年前食道がんにな
り全摘手術を受けた中間さんである。がん仲間が他人事でなかったのか、ほぼ毎日の
ようにメールや電話があった。最初のうちは早く切れ早く切れとまるでサラ金の督促
みたいにうるさく言ってきたが重粒子線治療を受けることにしたら、一転してすげー
すげーと感嘆し、私の行く末に興味津々といったところだった。
しかし同病者としての忠告は、説得力があり彼が心底心配してくれているのが分かり
嬉しかった。ただ彼の体験談を聞けば聞くほど、そんなに辛い治療はゴメン蒙りたい
との気持ちが益々強くなった。

重粒子線治療を選択することになった第一の功労者は、千葉大学基盤理学専攻 数学・
情報数理学コース 教授中村勝洋さんである。彼はNECの研究者から教授に転身した
珍しい経歴の持ち主で、同窓会育英基金の副委員長でもある。暗号の大家らしいが話
を聞いてもそれこそちんぷんかんぷんで、何をやっているのかさっぱり分からない。
さすが 暗号の大家である。
放射線医学総合研究所は、彼のいる千葉大学に程近く、ラ・サールの後輩である馬場
先生がおり、面識があるとの話から最終的に我が身を任せることになった。
彼は病院まで車で連れて行ってくれたり、何度も見舞いに来てくれ暇つぶし用にゲー
ムやCDつきの落語の本を持ってきてくれるなど、こまやかな心遣いをしてくれ恐縮
した。

この他同期の友人たちは、福岡では10人ほどが今生の別れ宴会をやってくれたり、
見舞いに来たり、メールをくれたり、あげくの果てはまだ最終検査の前に快気祝いを
してくれたりで、やり取りをしているだけで時間を忘れるほどであった。
中には見舞いに来て、放射線で治療しても、またすぐがんが出てくると教えてくれた
医者もいて見舞いにならない人もいるにはいたが、これが同期の良いところでもある。

同窓会全体のラ・サールネットでは、卒業生に医師が多いこともあり沢山の情報提供
があった。皆さん、ただ同じ高校にいたというだけで多様な情報を親切丁寧に提供し
ていただいた。ラ・サールネットは病気になったり、法律的な問題が生じたりした時
頼りになるネットで、情報の質の面でも最上のネットワークだと思う。

ラ・サールネットの次は仕事で培った社外のネットワークである。中でもIBM社の
SEや営業の人たちとの付き合いはもう20年ほどになる。その頃、無謀にも会社の
生産管理システムを刷新しようと手を上げ、IBMのメンバーと知り合いになった。
試みはうまくいかなかったが、彼らの知識と仕事への誠実な取り組みに心を動かされ
た。今でも時々適当な理由をつけては集まっている。
その中の一人、SEだった増田さんは豊富な知識と底なしの酒量で圧倒的な存在感が
あった。その彼が最近は自分のホームページを作り、私のことを師匠と呼んでいる。
彼は、食道がんに関する情報を色々集めて私に提供してくれた。他のメンバーも皆、
心のこもったメールを送ってくれた。

また、監査役になりたての頃、研修会で知り合った他社の監査役との交流も続いてい
る。勉強会の識別No、D2を会の名称として年に数回懇親会をやっている。
JUKI,キッコーマン、ソニー銀行、エスエス製薬、君津共同火力、トプコン、
三菱電機ライフサービスと全く関連のない会社の人たちだがもう5年ほど付き合いが
続いている。彼らも一様に心配してくれ、見舞いメールや色々な情報を集めてくれた。

ユニークなのは、小学校1年のときの仲間である。ホームページにも出している絵日
記を見ていただいた古川千春先生を慕う面々で、数年前から同窓会を開いている。
この仲間の一人、立川薫君はギターの弾き語りを趣味としているアマチュアシンガー
ソングライターである。彼自身、大病を患ったり、怪我でギターを弾けなくなったり
しながらも何回も見舞いの電話をかけてくれた。

そのほか、ホームページが縁で交流している人、親戚や、家内の友人、旅行先で知り
合った人など、多くの人がそれぞれのネットワークで知りえた情報を提供してくれた。
まさに食道がんさまさまである。
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             07/31:重粒子線治療の実際V
7/22
6:43出発、8:30到着、いよいよ今日から入院である。家内が新しい下着やパジ
ャマなどこまごまと用意してくれた。入院手続き後、4人部屋へ
安田先生より、改めてPET/CTの結果説明を受ける。リンパ節等に転移は認められな
いとのことでひとまず安心。
午前中に採血、中村教授が顔を出してくれる。彼はまるで身内のように細やかに気を使っ
てくれ、入院中何度も病室へ足を運んでくれた。

「重粒子治療順番予定」表をもらう。週間の予定表で、月曜日に発行される。
 
一日の前半と後半に分けて表示される。照射の3時間前から食事が禁止されるため、前半 の早い順番だと朝食待ちとなり、後半の早いときは昼食、遅いときは夕食待ちとなる。 照射は9時から始まるので、朝1番の照射になると朝食待ちとなり、朝食を摂れるのは10 時過ぎになる。昼食・夕食待ちも何時に食べられるか分からず、これまで規則正しく食事 をしていた身には、リズムが狂い食欲が湧かなくなってしまった。 治療室はA、B、Cの3室あり、Aは垂直、Bは垂直と水平、Cは水平から照射できる。 私の治療にはA、B室が使われたが水平からの照射は行われず、A室はうつ伏せになり背 中から、B室は仰向けで正面から照射された。A、B両室が使われたのは各室の稼動を平 準化するためだと聞いた。想像するに部屋を分けたのは、固定具やボーラスを取り違えな いための方法としても有効なのではないかと思った。 照射は一部屋ごとにしかできないため、位置合わせのタイミングが合わないとかなり待ち 時間が生じ、1時間ほどかかることが多かった。この間、体を固定され動くことができな いのが意外と苦しかった。 照射前、手渡された説明書には ☆治療の開始は7月22日から8回の予定です。(12回の間違い→以前の用紙を流用) (手書きで追記)7/22〜8/4は2方向、8/5〜7は1方向のみ ☆1週間に行う治療の回数は、週4回(火、水、木、金)です。 ☆午前治療のときは朝食を、午後治療のときは昼食をとらないでください。 とあった。 この説明書では、「回数」や「方向」という言葉の意味が曖昧で誤解しやすい。 正確には 照射日数は12日間で、週4日(火、水、木、金)行われ、1週目と2週目(7/22〜8/1) はA、B室を毎日交互に使用し、照射範囲を分割して2回照射された。 (A室はうつ伏せ、B室は仰向けになり、照射を受ける) 3週目はA室だけで、初日(8/4)は2回、残りの3日(8/5〜7)は1回の照射で終了した。 (合計21回照射されたことになる) 食堂には、空港のフライトスケジュールのような、各治療室別の照射進捗状況を知らせる ディスプレイがあり、オンラインで表示されていた。 各治療室は1日22人から27人照射されていたが、8月のメンテナンス直前の週は各室 とも10人以下のスケジュールとなっていた。 メンテナンス前、最後の8月7日のA室は私が最終の患者であった。 入院してしまえば、後は何もやることがない。火、水、木、金の照射順番を待って、呼び 出されたら、隣のビルの地下2階の照射室へ行くだけである。治療は痛くも痒くもなく、 2週目の照射が終わる頃までは体調にもほとんど影響がなかった。 中には「詐欺にあっているような気がする」という言う人もいた。確かに患部がどうなっ ているか見ることもできないし、体に何の変化もないので、照射の格好だけで実際何もし なかったとしても全然分からないことは事実だ。 314万円の高度先進医療費を前払いして治療を受けている前立腺がんの患者たちは、特に 気楽な雰囲気で、避暑地のバカンスを楽しんでいるようにも見受けられた。 これくらい楽な治療なので、入院していても手持ち無沙汰で、照射のない土日月は患者が 一斉に居なくなってしまう。呻き騒ぐ患者もいず、危篤状態の人もいないため、看護婦も 他の病院に比べると暇そうに見えた。個々の病名を聞くととてもシビアな病気だと思うが なぜか皆明るい表情をしているのは不思議なくらいであった。 2週目の後半から、胃や食道に異変を感じ食欲もなくなったが、これで重粒子線が当って いるのだという安心感すら湧いたくらいで、手術のことを思えば文句は言えない程度であ る。ただ3週目の終わり頃から食事を見ると猛烈に咳き込み、とても食べるどころではな くなった時は参ったが、リン酸コデインを処方され小康状態となった。 本来15日には退院の予定であったが、咳のため食事が取れなかったので22日の退院と なった。それでも振り返ってみると楽な入院生活であった。 最上部へ
             07/30:重粒子線治療の実際U
7/10
   血液検査、内視鏡検査(マーキング、生検)、固定具型取り
   家内同行インフォームコンセント、同意書へサイン捺印
6:35 家内と車で出発、道がすいていて8:15には病院へ到着
直ぐ採血の後、内視鏡によるマーキングが9:30より始まるはずだったが、前の患者
が長引き11時過ぎに始まった。簡単に済むと思ったら大間違いで内視鏡で一通り見た
後ルゴールを噴霧、マーキング用のイリジウムの位置決め後、食道に突き刺そうとする
がこれが中々うまく行かず3回ほど失敗した後やっと成功。
失敗したイリジウムは胃の中に落ちてしまったが、すぐ排便されるから心配はないとい
われた。そういわれてもあまり気持ちのいいものではない。なお突き刺したイリジウム
は治療後も放置されるが、非常に安定した素材なので体に影響はないとのことであった。
これで終わりかと思ったら生検のサンプルをとるのに四苦八苦、どうも研修医がやって
いるようだ。終わったのは1時ころで、かなり消耗してしまった。
この後正式なインフォームコンセントがあり、1時半ころやっと食事にありつけたが、
長時間内視鏡をくわえていたため違和感がありざるそばとおいなりさんだけの昼食とな
った。
2:30 固定具の型取りのため地下1階の固定具室へ向った。
部屋の真ん中に細い円筒形のベッドがあり、底の部分に水色の袋の中にビーズ状の水硬
化ウレタンが入ったマットのようなものがある。パンツ1枚になり、先ず、うつ伏せの
状態で型を取るため顔の部分を拳でたたき、息が出来る空間を作る。次に体を押し付け、
なじんだ頃、このマットに水を入れ重合反応を起こさせ硬化させる。そのあと、ズボン
プレス機のような器械で暖めた熱可塑性のプラスチックシートを体の上に被せ、両端を
大勢の人で引っ張り、体型に合わせ、霧吹きで水をかけ、うちわで冷ますというあまり
近代的ではない方法でカバーが出来上がった。カバーは、マジックテープでベッドに体
がカッチと固定されるように締め付けるため、息を吸うと窮屈で、吐いたときは少し余
裕がある。
照射は、仰向けの方向と、うつ伏せの二方向から行うので、この後仰向け方向用の固定
具をもう1セット作った。1セット1時間弱かかる作業で、7,8人がかりの手作業は
まるでミイラ用の柩を作っているかのようだ。『ミイラにされそうだね』と話しかける
と「冗談じゃありませんよ」とそっけない返事しか戻ってこなかった。
 
7/11    治療計画用CTシミュレーション(Target入力)、PET/CT、X腺TV(食道造影)    検査後東海大学病院へ(経過報告、紹介状受け取り) 治療計画用CT画像からがんの形を3次元に割り出し、病巣と正常部分、更に隣接する 臓器との位置関係を正確に測定し、転移が予想されるリンパ節の位置、範囲なども確定 する。その上で、重粒子を照射するビームの形状や線量を決めるための一連の作業を 「治療シミュレーション」という。下図は大阪府立成人病センターの資料を流用。
この作業後、がんの形に合わせた照射範囲を形作るコリメータや、重粒子線が到達する 範囲を決める補償フィルター(ボーラス)が、NC工作機械により作成される。 補償フィルターは病巣の形状に合わせてポリエチレンを削り取って作り、 ビームの停止する位置を精密に制御し、病巣だけに重粒子線を集中させることができる ようになる。 患者個別のコリメータは、中枢神経や肺の治療など精密な制御が欠かせない場合に作ら れ、他の多くの場合は多葉コリメータが使われる。 多葉コリメータは、厚さ数ミリの金属板を数十対並べ、 コンピュータ制御で各金属板を標的の形状に合わせ、 余分なところに照射されないようにする。 左図は放医研サイトのもの
上の図は、(財)医用原子力技術研究振興財団の資料に 追加説明を入れコリメータとボーラスの位置を修正した。
千野医師との面談(17:45〜18:20) これらの作業を終えた後、東海大学病院千野先生の紹介状を戴くため、伊勢原まで走っ た。もしPET/CTの検査結果、転移があれば重粒子線治療はできず、千野先生に手術して 戴かなければならないので、私にしては珍しく気を使った。 3時の約束が、待てども待てどもかなわず、面談できたのは、ほぼ3時間後の6時前に なってからであった。さすがにムッとしたが、先生から先に待たせたことにお詫びされ たので、矛先を収めた。 この場でも、リンパ節転移の可能性が4,50%はあり、遠隔地への転移の危険もある こと。PETでも細胞レベルの転移はつかめないことなどの説明があり、私の選択は不 合理だと言われたが、とにかく紹介状を戴くことができた。 7/14    PET/CTの検査結果判明→T1bM0N0 食道がんの病期と進行度は大阪府立成人病センターのサイトをご覧下さい。 14日になり安田先生からPET/CTの検査結果のメールを戴いた。 *************************************************************************** PET-CTの結果をお伝えします。 原発腫瘍に一致した強い集積を認めますが、その他には転移を示唆するような明らか な異常集積は認めませんでした。 よって、N0(明らかなリンパ節転移なし)として予定通り準備を進めて参ります。 千野先生からもN0の見解がいただければ有難いのですが、7月11日の説明の際どうで したでしょうか。 勿論、臨床的に明らかでない微小転移の存在は否定できませんが、現時点でN0と判断 されていましたでしょうか。 紹介状に書かれているかとは思いますが、お教えいただければ幸いです。 よろしくお願いいたします。 *************************************************************************** 正直、ホッとした。これで重粒子線治療を受けられると思うと自然に笑顔になった。 千野先生からも明らかな転移は認められないと言う見解を戴いた。 千野先生の診療情報提供書 **************************************************************************** 診療情報提供書 症状経過/治療経過 2008.6.20初診されました。 胃癌EMR後であり、今回、癌(食道表在Mt)0-Is31-37cm唖全周性、sm2と診断いた しました。 精査の結果、リンパ節106rRと108に7-8mmの腫大は診られましたが、明らかな転移は認 めていません。病態と治療の選択について説明しましたところ、重粒子線治療を希望 されましたので、貴院での加療をお願いいたします。 **************************************************************************** 7/18    リハーサル 昼食抜きで午後4時に重粒子医科学センター病院に来るよう指示された。 週末なので道路が混んでいるかもしれないと思い13時に出発、案の定事故や渋滞に 巻き込まれ、1時間近く余計にかかり15:30に到着。 16:15重粒子線治療室の隣にあるリハーサル室へ向う。重粒子線治療室は、地下 2階にあり何か秘密基地みたいな感じでときめくものがあった。 リハーサル室も本物の治療室と変わらない雰囲気で、秘密基地の科学者に取り囲まれ 検査されているような雰囲気だ。固定具で身動きできない状態にされ2時間近く要し たが、リハーサルしているのは医師たちで、本人はただ転がっているだけである。 とはいえ何十分も一定の姿勢でじっとしているのは意外に苦しいものである。 うつ伏せの姿勢より、仰向けで両手を頭の上でじっとしている姿勢の方が辛く、終わ った時は、肩がコチコチに固まったような感じがして痛かった。 BGMが流れていたが馴染のない曲で、癒しにはならなかった。当日もらった説明書 には好みのCD等を持参すればそれを流してくれるとのことであった。 本番のときは楽しい曲で時間の経過が分かるものを持っていこうと思った。 6時過ぎに病院を出る頃、陽射しが戻り、形のはっきりした虹を見ることができた。 将来が虹色に輝いているのかと一瞬思った後、いやいや虹のかなたへお招きを受けて いるのかもとも思い、馬鹿なことを思いつく自分に苦笑いした。 帰りも道が混んでいて、2時間以上かかり朝食しか食べていない身にはかなり堪えた。 重粒子線治療に関する用語については群馬大学「重粒子線医学研究センター」のサイト を参照してください。 最上部へ
             07/29:重粒子線治療の実際T
あくまで、私個人の経験に過ぎないことをお断りした上で、実際にどのような治療
を受けたのか順を追って説明します。

放医研・重粒子医科学センター病院のサイト
にある重粒子線治療の流れは左図の通りです。
通常、固定具の作成段階から入院するそうで
すが、満床と照射日程に余裕がなかったため
本番照射の日まで入院できませんでした。

最終的に重粒子医科学センター病院で治療を
受けることを決める前、東海大学で次の検査
を受けました。

6/20 一般外科第4診療外来受診
   千野 修先生
人間ドックを受けた湘南あつぎクリニックの
検査結果と紹介状を持っていったため初診と
同時にすぐ検査が行われ、入院と手術を前提
にした検査日程が組まれた。
初日はCT,負荷心電図、肺機能、血液検査
(エイズ検査を含む)が行われた。
CTは転移の有無を調べるため。負荷心電図、肺機能検査は手術に耐えられる状態
か、調べるためのものである。

6/23   X腺TV UGI精査

鼻から細いチューブを喉まで入れ、
空気を入れながら小さなコップに
バリウムを小分けしたものを呑む
と同時に撮影する。
何回飲んだか覚えていないがもう
いい加減にしてくれと言うほど繰
り返しバリウムを飲んでは撮影を
行った。
左の写真は、私のものではないが
これと同じような鮮明な画像であ
った。
6/27   大腸内視鏡検査
食道がんは転移しやすく、他臓器重複がんが見つかる確率は18%以上もあり、特に
頭頸部、胃、大腸、肺などに転移しやすい。

6/30   超音波内視鏡検査 
がんの浸潤具合を診る為に必要な検査で、内視鏡の先端に超音波装置がついている
ためか、少し大きく、飲み込むとき普通の内視鏡より抵抗感があります。
            
7/4    検査結果告知
CT検査で副腎に疑わしい兆候があるということで、朝一番で副腎超音波検査が追
加されたが検査の結果は異常なしであった。
千野先生の要請に従い、昼過ぎに家族全員を集め検査結果を聞くことになった。
がんは隆起している部分で、食道のほぼ全周に浸潤しており、その幅は6.5cmで
粘膜下層まで達しているとの診断であった。ただ、リンパ節などへの明確な転移は
認められないということで、第一関門はクリアできた。
予想通りEMRは無理で全摘手術になると告げられた。その中で東海大学病院が全
国でもトップクラスの実績を誇り、手術の成功率は最高であり、すぐ全摘手術を受
ければ90%近く助かる見込みであることを自信満々で話された。
私が「EMRがだめなら重粒子線治療を選択します」と言うと顔色がさっと変わっ
た。それからも色々と説得されたが、私も多方面から情報を集め、本も読み、熟慮
した結果であることを話し、紹介状とデータを提供してくれるようお願いした。
『紹介状は忙しいからすぐには書けないと』言われ、データーは診察室の端末から
プリントしたものを渡してくれた。明らかにプライドを傷つけられ、ようやくのこ
とで怒りを抑えているという雰囲気が伝わり、気まずい思いをした。
それでも、万一重粒子線治療を受けられないケースがあることを考え、11日に再
度最終確認のため面談してもらえるようお願いし、承諾を得た。

7/8
   11:00 重粒子医科学センター病院受診 安田 茂雄先生
稲毛駅に千葉大学中村教授が車で迎えに来てくれ、一緒に馬場先生に挨拶した後、
安田先生の診察を受けた。
臨床試験についてインフォームドコンセント(IC)の素案の説明があり、「重粒
子(炭素イオン)線による臨床試験参加のお願い」という資料を渡され、眼を通すよ
うに言われた。その後、安田先生から13時ころまで種々説明を受ける。

「東海大の検査はさすがだが、資料は貧弱で紹介状がないのは困る」と言われた。
千野先生宛の資料提供要望の手紙をいただき、受診後すぐにとんぼ返りして伊勢原市
の東海大学病院へ紹介状および検査データの提供を依頼しに出かけた。
3時半過ぎ、第4診療科で事情を説明。翌日までに作ってくれることになった。千野
先生にはお目にかかれなかった。この日新橋で他社の監査役仲間と飲む約束をしてい
たが、伊勢原から新橋まで再度出かける気力がなく、申し訳ないと思ったがドタキャ
ンのメールを送った。

7/9
12時半に東海大へ電話で確認、最初まだできていないとの回答があったが何時までに
できるか尋ねたところ一転してできているとの返事があった。
DICOMフォーマットのCD、レントゲンフィルム、内視鏡写真を受け取った。
CDを自宅のパソコンに入れてみたら簡単に中身を見ることができた。
体の位置関係と輪切りの断面図の関係が簡単に分かり、面白かった。
上の写真は私のCTの映像で、CDの画像から多分がんの病巣あたりではないかと素人 判断で抜き出したものです。(全く根拠はありません) 重粒子線治療に関する用語については群馬大学「重粒子線医学研究センター」のサイト を参照してください。 最上部へ
             07/28:医師と患者
この病気になって、数人の医師と話す機会があった。人間ドックで面接医の説明を
一通り受けた後、面談してくれた専門医は、食道がんであることを告げた後、すぐ
に手術の方法を図解入りで説明してくれた。病理の結果も超音波内視鏡も受けてい
ない段階で、未確定であることは告げられたが、ほぼ間違いないという口調であっ
た。後で思えば正しい判断であったと思うが、私にとってはまさに青天の霹靂、そ
う簡単に決めないでくれと心の中で叫んでいた。

セカンドオピニオンを求めた東海大学の消化器外科でも、全摘手術以外の方法につ
いては全く触れられなかった。超音波内視鏡などの手術前のもろもろの検査の日程
を作成しながら、結果がでる日には家族全員が来るようにと言われ、さらに素人が
インターネットなどで色々調べて判断するのは、百害あって一利なしという趣旨の
話をされた。彼は熱心に、この病院を信頼して全摘手術を受けるのが最善であると
力説した。浮かぬ顔をしていると「もし私の父が吉田さんと同じ状況になったら私
は父に必ず手術を勧めます」とまで言った。

内科医である義兄に相談したときも「俄仕込みの知識であれこれ言う患者は嫌われ
るから、医者を信頼してまな板の鯉になるのが一番」と忠告された。
さらに知人からも「老婆心ながら申し上げます。病気のことが頭から離れないのは
よくないので、あまり専門的な知識を身につけない方が良いのでは???」という
メールも貰った。

まさに「寄らしむべし、知らしむべからず」を字面通り解釈したかのようである。
無学な民衆に教え理解させるのは、難しく不可能だというエリート意識丸出しの言
い方である。京都大学医学部放射線治療科の情報を、それは放射線科の医者の言い
分だから(信頼できない)と一言で片付ける態度はとても科学的とは言い難い。
この医師も含め、専門分野があまりに細分化され他の領域の事に無頓着な医師が多
いのではないかと思った。無頓着なだけならそれほど罪はないが、知らないことを
簡単に否定もしくは無視する態度は、患者を冒涜しているだけでなくあるまじき事
ではないだろうか。

重粒子線療法の話を持ち出すと、ほとんどの医師が頭から否定的であった。
その理由は、知らない、聞いたことがないからだとしか思えなかった。
率直に「知らないから自分には判断できない」と言った医者はいなかった。

インフォームドコンセントとかセカンドオピニオンを尊重していますと喧伝するが
実態はまるで違い、単に責任逃れの手法に過ぎないと思わざるを得ない。
患者様と言われるほど馬鹿にされたくはない。
人間は、だれも全ての情報を知ることはできないが、信頼できると思えればそれに
委ねるのが自然である。信頼は不可欠である。権威では決してないはずだ。

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             07/27:重粒子線治療を選択した経緯V

馬場先生へのメール。(6月21日)
**************************************
Subject: 食道がん治療についてのお伺い

馬場 雅行 様
初めてメールを差し上げます。私は鹿児島ラ・サール12期の吉田 耕治と申します。
今月人間ドックで食道がんと診断され現在東海大学でCTなどの検査を受けています。
今の段階では1期か2期の進行がんでEMRは多分駄目で全摘手術を勧められており
ます。
同期生をはじめ色々な伝手を頼って情報を集めていますが同期で育英基金の仲間でも
ある千葉大学理学部の、中村勝洋教授に馬場先生のことを紹介され、このメールを差
し上げる次第です。

これまで知りえたことから、私は、EMRがだめなら放射線治療を次の選択肢として
選択したいと思っていますが多くの方からそれは標準治療になっていないと忠告を受
けました。私は、それらの忠告がEBMに基づくものか納得できず、不躾とは思いま
したが馬場先生のご見解を伺いたくメールを差し上げた次第です。
また同期の鹿児島大学医学部丸山教授からは『粒子線だと、癌は瞬間的に消えますが
消えた後、そこが孔になるため食道がんは適応にならない』とのご指摘を戴きました。

素人の私には詳しいことが良く分からないのでこの辺についてもご教示いただければ
幸いです。
なお、東海大学の検査は今月中に終わり7月4日には結果が出ます。先日の診察で医
師は全摘以外のことは考えない方が良い、あまり素人が情報を取ると混乱するだけだ
とアドバイスされました。
この話から逆に私はこの医師に信頼をおくことができないのです。

(資料を添付いたします)
 湘南厚木病院で人間ドックを受けました。
         内視鏡による所見(2008/06/10 16:05)

食道:気管分岐部 29cm,SCj 39cm,横隔膜面 40cm
陥凹性病変(陥凹底は結節集簇様)、ルゴールは不染→Bx1-4
33cmの陥凹性病変内に5mm大の透明調、無茎性隆起よりBx3
(壁内転移?)
sm以深浸潤と思われます。

Ut〜Ltまで小白苔多数付着(S/O食道カンジタ)→Ltの白苔よりBx5

胃:open type atrophy. 噴門唇軽度開大
体上部前壁に2mmのIs polyp(fundic type)
十二指腸:異常なし
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impression
#食道Ca(Uc)
#食道カンジダ疑い
#萎縮性胃炎
#胃底腺ポリープ
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病理組織診断報告  (2008/06/17に資料をもらったもの)
所見
#1,2,3,4はいずれも高度異型を示す扁平上皮系細胞の造成からなる検体で、
単細胞化や全体としての角化傾向を示し、高ないし中分化型扁平上皮Caと診断され
る。
#3では間質浸潤が認識され、すでに進行Caである可能性が高い。

#5は異型性に乏しい重層扁平上皮のみの検体で、カンジダも確認できない。
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以上です。 はなはだ不躾で勝手なお願いですが宜しくお願い申し上げます。 243-0014 神奈川県厚木市旭町旭町3−19−16 吉田 耕治 馬場先生からの返信(6月23日) ************************************** メールありがとうございます。鹿児島ラ・サール17期:馬場 雅行でございます。 私の専門は呼吸器でございまして食道は専門領域ではありませんが,当院の食道領域 担当医師とも相談いたしましてご返事申し上げております。 当院の食道担当医師の意見は 「食道がんの治療はまず正確な診断をすることが治療方針を決定するのに重要です。 癌は内腔の粘膜から発生します。粘膜にとどまっている癌をm癌といい、その下の粘 膜下層まで進展した癌はsm癌といい、さらに筋肉の層まで進展したものはpm癌と いいます。胃癌の場合はsm癌までを早期癌といいますが、食道の場合はsmでもリンパ 節転移があれば進行癌とされます。m癌はさらに浅い方からm1,m2,m3と分類され、sm 癌もsm1,sm2,sm3と分類されます。深達度がm3-sm1までの場合リンパ節転移が10% 程度ですが、sm2-sm3となるとリンパ節転移の頻度は40−50%と急激に高くなり ます。このことより内腔しか治療できない、内視鏡による切除はsm2-sm3の癌には適 応になりません。これらの癌には通常手術が第1選択となります。ただ最近の放射線 化学療法の成績も著しく向上し、手術に匹敵する成績をだしています。sm2-sm3でリ ンパ節転移がなければI期の癌で、リンパ節転移があればII期のがんとなります。I期 の場合は手術成績も放射線化学療法の成績もほぼ同じです。しかしII期以上では手術 療法の成績のほうがやや勝っています。ただこの成績は放射線化学療法後に再発が見 られ、その病巣の切除手術を受けられている患者さんが多く含まれています。現在の 状況では、放射線化学療法を受けて良く効いて食道温存が可能な患者さんは3分の1 程度です。また放射線化学療法は吐き気・嘔吐などの副作用も比較的多いのが問題で す。通常は手術が標準的治療と思われますが、放射線化学療法を選択しても誤りでは ないと思われます。 重粒子線治療は過去には他臓器浸潤が認められる患者さんに限って食道癌の治療を おこなっていたため、穿孔する患者さんも認められました。しかし、新たに平成16 年より比較的深達度の浅いpm以下の癌に対して術前重粒子線治療を開始しました。こ の成績では、sm以下の癌は手術標本でほぼ消失していました。これらの良好な結果 から、重粒子線の根治療法の臨床試験が本年4月から開始されました。しかし現在ま だこの臨床試験で治療した患者さんはいません。」 という次第です。 纏めますと,吉田先輩の場合は手術が標準的でありますが,手術を避けたいというお 気持ちが強いのであれば,制御できないと判断した場合には追加の手術をすることを 前提に放射線・化学療法を行ってもいいのではないかということです。放医研では吉 田先輩の状態の食道癌を対象とした重粒子線治療(単独治療で,手術はしない)の臨 床試験がこの4月から始まりましたが,治療した患者様はまだいらっしゃいません。 しがって重粒子線治療の効果は期待できるものですが,十分な観察期間を経た実績は まだありません。 もし吉田先輩がご希望であれば放射線・化学療法でなら,東京では虎の門病院,東京 医科歯科大学,都立駒込病院,慶応大学などです。千葉大学・千葉県がんセンターも ご紹介できると存じます。もちろん放医研を受診していただいて重粒子線治療の話を 直接お聞きになることも出来ます。 ご検討下さい。 なんなりとお申し付け下さい。 ******************************* 馬場 雅行 Masayuki Baba, M.D. 独立行政法人放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター病院 治療課第二治療室長 〒263-8555千葉市稲毛区穴川4-9-1 電話043-206-3306(病院) 電話043-206-4621(ダイアルイン) FAX:043-255-5972 URL:http://www.nirs.go.jp/ email:baba@xxxxxxxx ******************************* Sent: Monday, June 23, 2008 4:05 PM To: 'Masayuki Baba' Subject: RE: 食道がん治療についてのお伺い 馬場 雅行先生 ご丁寧にご教示いただきありがとうございます。 現在東海大学で病期確定と術式確定のための検査を受診中です。 20日にCT、心電図、血液検査などを受け、月末までにX線TV UGI画像検査、 大腸内視鏡検査、超音波内視鏡検査を経て4日に確定診断が出る予定となっています。 EMRが可能であればそのまま東海大学に入院するつもりですが全摘手術ということ であれば放射線化学療法の可能性を見極めたうえで、再発可能性と温存のメリットを 考えて判断いたしたく国立がんセンターと馬場先生のいらっしゃる放医研でお話を伺 いたいと思っています。 ただ重粒子線治療はネットで調べると治療費が300万円以上必要とのことで年金生 活者にはハードルが高いのではないかと感じています。この点についてどれくらいを 見積もっておけば良いのかご教示いただければ幸いです。 ネットで検索した知識によると、国立がんセンターの山田哲司先生は、患者の血清を プロテインチップで分析後ペプチドマーカーの解析により、化学放射線療法が有効な 症例を事前に鑑別することに成功されたとありました。まだ症例が少なく確実性は疑 問があるようですがこのようなことが可能であれば、私もチェックを受け判断の材料 にしたいと思っていすが如何でしょうか? ご多用中ご迷惑とは存じますが宜しくお願い申し上げます。 私はこの病気が発覚する前、7月5日から8日まで九州に帰省する計画をたて、博多 で同窓生と会う予定にしていたのでこのイベントを終わらせて治療に入りたいと思っ ています。 このため国立がんセンターと放医研に伺えるのは9日以降になってしまいます。9日 は丸ビルホールで開催される貴院の第10回一般講演会に申し込んでいます。 現在、セカンドオピニオンの第1候補を国立がんセンターと放医研のどちらにすべき か判断に迷っています。馬場先生の忌憚のないご意見を伺えればありがたく存じます。 先生と同期の黒木さんとは、毎月ラ・サール育英基金の会合で顔を合わせ、彼からも 馬場先生のことを紹介いただきました。 母校の皆様からも数多くの情報をいただき、ラ・サールの有難さを実感しているとこ ろです。 http://www.yoshidak.com/ 吉田 耕治 吉田 耕治 様 1.炭素線治療の費用について 炭素線治療には先進医療と臨床試験があります。当院で検討させていただいて, 臨床試験として行っている治療法で照射させていただくと判断されれば,照射 の費用は研究費のほうから支払われますので,自費請求はありません。先進医 療で行う照射法(プロトコール)となれば314万円が照射の費用として請求され ます。先進医療は混合診療であり,照射以外の入院費などは保険が適用されます。 2.セカンドオピニオンの第一候補について これは大変難しいご質問です。ただ,放医研の重粒子医科学センター病院は, 文字通り,炭素線治療を専門的に行う病院であることをご承知おきください。 したがって,再発時の手術などは連絡の良く取れる他の医療機関でということに なります。そのときはもちろん,間違いのないようにご紹介いたします。セカン ドオピニオンの順番は私には決めがたいと思います。広い知識のある先生であれ ば国立がんセンターももちろんすばらしい病院ですし,ただ他の医療機関の先生 では重粒子(炭素イオン)線治療の実態はなかなかわからないと思います。 3.9日の一般講演会(丸ビルホール)にいらっしゃるのであればその場で医療 相談をお受けできる可能性もあります。われわれは種々の治療法の説明と重粒子 (炭素イオン)線治療の位置づけをいたしますので,最終的には治療法をご自身 で選択していただくことになります。 ****************************** 馬場 雅行 Masayuki Baba, M.D. このようなやり取りを通じて、積極的には重粒子(炭素イオン)線治療をお勧め にならない馬場先生に科学者としての矜持を感じた。 また、単独治療で手術はしない、重粒子線治療の臨床試験がこの4月から始まった ことが分かり、放射線・化学療法より重粒子線療法を選択する方が良いと判断した。 もちろん、かなり逡巡するところがあった。 何といっても単独治療の実績はゼロである。手術を選択すれば、今の病期なら8割 以上の確率で生き延びられる。しかし大きなダメージが体に残り、後遺症を克服す るにはかなりの努力が避けられない。 放射線・化学療法も同じ程度の治癒率だというが、確実性に乏しい。 どの療法を選択しても転移の危険性は予測不可能で、結果としての幸運に委ねるし かないのが実態であるようだ。 重粒子線療法は実績はないが、炭素線の優れた特性を考えるとチャレンジする価値 が充分あるし、QOLを考えれば理想的な治療法である。 確率はあくまで統計上のものであって、私が助かる方の確率に入るのか否かはまた 別問題である。 下記の本も読み漁り、常識的には手術を選択するのが当たり前だと分かった上で、 新しい科学技術に賭けてみる決心をした。 ・「がんの最新医療」   国立がんセンター総長 垣添 忠生著 家内が勤める「フォルム画廊」の常連客の一人である理化学研究所の永井克孝先生 が貸してくださった本でがんそのものの知識と最新の治療方法が包括的に説明され ており、判断基準をどう考えるかの指針となった。 (永井先生は東京大学医学部教授、理学博士、医学博士) ・「いちばん新しい食道がんの本」   東海大学病院長 幕内 博康著 この本を読むと、EMRを含めた手術以外の選択肢はありえないと思ってしまう。 ・「防ぐ、治す食道ガンの最新治療」   国立がんセンター東病院内視鏡部長大津 敦監修 この本でも第一選択は手術であることが分かる。患者向けに易しく書き下ろした本 で、図解してあるのでどんどん読み進めることができる。食道がん手術の大変さが 実感できる図解つき。 ・「がん重粒子腺治療がよくわかる本」   重粒子医科学センター長 辻井 博彦、医学物理部長 遠藤 真広 共著 重粒子腺治療の先進性は分かるが、食道がんについてはほとんど触れられていない。 ・「21世紀のがん治療重粒子腺治療の基礎と臨床」   辻井 博彦 編 かなり専門的な本だが、やはり食道がんについては述べられていない。 ・「自らがん患者となって」   国立がんセンター名誉総長 杉村 隆著 食道がんについては、新しい知識は得られなかった。
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             07/26:重粒子線治療を選択した経緯U
多くの情報が錯綜する中、自分自身の判断基準を決める必要を感じた。
・とにかく出来る限り情報収集に専念した上で自分の意思と判断で対応すること。
・権威を鵜呑みにしないで多方面から検証すること。の2点を決めた。

こんな状況のとき同期の千葉大学教授中村さんから次のメールを頂いた。
**************************************
6月21日
吉田さん
 ご心痛お察し致します。何と申し上げてよいか分かりませんが、
吉田さんの気力と淡々とした明るさに希望を見出しております。
 
放射線化学療法の専門家を紹介して欲しいとのことですが、私の家の近くに
独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院があり、そこに鹿児島
ラ・サール17期の馬場 雅行さん(第2治療室長)がいます。
千葉大学のラ・サール亥鼻会(医学部出身者の集まり)に呼ばれ、2-3回お会いして
お話したことがあります。専門は肺がんのようですが、一度お話を伺ってみるのも良い
かと思ってメールしました。検索した紹介文では、以下のようになっています。 
 重粒子医科学センター病院:放射線治療専門病院として日本唯一のもので、がんの放
射線 療法に特化したユニークな存在である。重粒子線の臨床試験の実践部隊であると
同時に、 一般にがん治療に用いられているX線治療も行っている。
 
 放射線は、通常、正常な細胞にもダメージを与え副作用が大きいですが、最新の
重粒子利用だと、がん細胞だけを正確に当てるとのことで、治療効果が大きいよう
です。ただ、費用はきわめて大きいようです。日本でも少ない新しい高性能器械が
入って、昨年9月までは試験治療として、ただにするとおっしゃってましたが、今は分
かりません。また、ラ・サール卒なら治療を受ける前にそう言って欲しい、便宜をはか
るとも言ってました。
 私の大学の職場の同僚も昨年がんにかかりましたが、ここで、放射線医療を受け、
今は普通に長期の海外出張などもこなしています。すっかり治った感があります。
 
ラ・サール亥鼻会の名簿によると、馬場さんの職場の電話番号は043-xxx-xxxx
メールは baba@xxx.xx.xx となっています。もしアクションを起こされるのなら、
(彼が私の名前を覚えているかどうか分かりませんが、)千葉大学理学部の、LS12期の
中村勝洋教授に馬場さんのことを聞いた(紹介された)と言ってもらって構いません。
 
私が彼にまず連絡するのを望まれるなら、連絡する内容(例えば、病院をいついつごろ
訪問したいとかなど)を教えていただければ、仲介をとってみます。
 なお、黒木会長と同期になるので、彼がよく知っているかも知れません。
 
なんとも心もとない情報ですが、何らかのお役に立てれば幸いです。
ともかく応援していますので、頑張ってください。一刻も早く快復されることを
祈っています。
                      中村勝洋
**************************************
このメールを見て重粒子線とは何だ?という興味が湧き、早速調べてみた。

重粒子線とは
炭素、ネオン、シリコン、アルゴンなどの粒子を高速度に加速すると重粒子線とい
われる放射線を得ることができ、頭頸部のがんでこれまでの放射線では治療が難し
い種類のもの、何らかの理由で手術ができない早期肺がん、他の治療法では治療困
難な肝がん、手術できないような骨の腫瘍などに重粒子線が有効であることが分か
った。また重粒子線は、X線、ガンマ線や陽子線にくらべ治療効果が大きく、正常
組織の障害を少なくすることができることも分かった。

重粒子線治療の原理や、どうして重粒子線でがんが治るのかなどは(財)医用原子力
技術研究振興財団のホームページを見て納得した。
調べていくうちに、これは凄い宝物を見つけたという気持ちになった。
先ず、重粒子線と我々の身近にあるX線などの放射線との違いに驚いた。

当初調べたときは、独立行政法人 放射線医学総合研究所のホームページには、食道
がんの治療に関しては胸部食道の扁平上皮癌に対する術前炭素イオン線治療の第I/II
相臨床試験しか載っていなく、手術との併用治療しかなかった。
要するに、手術の前、重粒子線を当てて患部を叩いてから手術するというものだ。
重粒子線単独で治療できないのならあまり意味がないと思ったが、せっかく中村さん
が紹介してくれたのだから一度、馬場さんへメールしてみようと思った。

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             07/25:重粒子線治療を選択した経緯T
人間ドックで内視鏡検査を受けた直後に、食道がんで既に進行がんの可能性が強い
ことを告げられた。それでも1年前に検査を受けたときは異常がなかったし、がん
も見た限りでは小さく思えたので、EMRで取れるのではないかと思った。
医師に聞くと多分無理と言われたが信じられなかった。
家に帰るなりインターネットで食道がんやその治療法について手当たり次第に検索
しまくった。当初の楽観がガタガタと崩れ、容易ならざる事態になったことを実感
した。それでも近くの東海大学が食道がんの治療では日本有数の実績を上げ、中で
も病院長でもある幕内教授の「EEMRチューブ4段法」という術式が、高い成功率
を誇っていることを知り、先ずこれに賭けようと思った。

平行して治療法について調べたが、どれを見ても第一選択は手術であり、放射線療
法は次善の選択という内容のものが多かった。その中で京都大学医学部放射線治療
科の情報では、科学的根拠から見ても手術を選択するより放射線治療を選択すべき
と勧めていたのに興味を持った。
一方で、幕内教授の書かれた『いちばん新しい食道がんの本』を読むと手術以外の
選択はあり得ないと思えた。

実際東海大学を受診した際、私を診てくれた幕内門下生の千野修准教授は、手術以
外は全く考慮に値しない療法だとの見解を示した。
彼によると京都大のデータは放射線科の医師に都合のいいデータで作られており、
放射線で治るかどうかはやってみて長い期間見てみないと分からないし、根治した
と確信できないという。
それに放射線で治らなかった場合、その後手術をしようとしても組織が癒着したり
もろくなるため手術の難度が格段に高くなり、手術死の危険性が高くなるという。
自信満々で説得される話は、抵抗できないほどの迫力があったが、あまりに断定的
な話に持ち前のへそ曲がり精神が頭をもたげた。
命が惜しければ、食道くらい差し出すべきだと言わんばかりの話に、金を借りたシャ
イロックに肉1ポンドを与えなければいけないという『ヴェニスの商人』の話が思い
浮かび、命と引き換えに食道一式を引き渡さなければならないという手術しかないの
かとの思いがよぎった。それに胃も機能を失う。これで治ると言うが、こんな犠牲を
払わないと治らない治療法が最善の選択肢だと力説する医師の顔を見ながら、自分が
食道がんになったときもこう簡単に結論を出すのかなと疑った。

一通りインターネットや本で調べた後、6月20日、私の持つネットワークにメール
で病気のことを公開し、情報を寄せてくださるようお願いした。
想像以上に多くの方から情報が集まり、勝手ながら処理しきれないほどであった。
しかし、多くの情報は、データのN数の問題、母集団の病期のバラツキなど質の問題
もあり、科学的根拠より、発表者の所属する学会に有利なデータで判断し、他の術式
より優位にあると主張しているようにも思えた。
治療技術は年々進歩しているのだろうが、EBM(Evidence Based Medicine)はあまり
進歩していないように感じ、どのように判断すべきか迷ってしまった。

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             07/24:入院患者たち

この病院に入院して先ず驚いたのは、皆が明るい顔
をしていることであった。それに誰もパジャマを着
ていないのである。Tシャツに短パンという、いで
たちの人が多い。最初に入った4人部屋では福岡出
身者が二人いて、九州の話で盛り上がった。もう一
人は亀戸の出身で、九州弁をいちいち東京弁に直してからかっていた。彼らの病気を
尋ねると、40代の博多の人はユーイング肉腫という主に子供が掛かる難病で、もう
10年も前からこの病院で治療を受けているとのことであった。
彼には3歳になる子供がいるそうだが、肺や肝臓への転移にもかかわらず、前向きに
病気に向き合っている姿に尊敬の念を覚えた。若いときにはバドミントンの選手とし
て日大に推薦入学したほどのスポーツマンだったそうである。7月の終わりに一旦退
院して九州に帰り、北京オリンピックを楽しんで9月には再度病院へ戻るそうである。
もう一人の九州人は福岡の田川の出身で、昨年末から心筋梗塞、脳梗塞を連発し障害
者手帳1級を持った人である。必死のリハビリでマヒや言語障害を克服したが今度は
前立腺がんで膀胱にも転移しているとのことでこの病院に来たそうである。
とに角よくしゃべる人で、この病院はニュートリノでがんを治すなどという新説を滔
々と話すのにはかなり閉口した。
このほかにも食堂で話を聞くと、眼の奥の脳幹の近くに腫瘍ができ手術ができずホス
ピスを紹介されたという人や、頚部動脈の近くに悪性黒色腫ができ余命3ヶ月と診断
された人など、聞くだけで恐ろしくなるような患者ばかりである。
こんな患者の中で一際のんびりした顔をしているのは前立腺がんの人たちである。
主治医に聞いてみると、このところ前立腺がんの患者が殺到し、本音のところでは困
惑しているような感じだった。彼らは高度先進医療費として314万円を前払いし、
1ヶ月ほどの避暑に来ている感じである。苦痛もなく食事も通常通りの生活で休暇を
楽しんでいるとしか思えなかった。また肺がんや肝臓がんの患者は1,2回で治療が終
わる人が多く顔を覚える暇もなかった。

食道がんの患者は私が知る限りでは5階では私
一人であった。食道に照射するというので食事
は最初からお粥で『刺激禁止』『海藻類禁止』
『餅禁止』『骨なし魚使用』などと制限が多く
3週目以降は3分粥になりおかずも全てすり潰
したものになった。味噌汁も文字通り味噌だけのスープになってしまった。

4階が女性、5階が男性患者の病室で計100床であるがとにかく回転が速く、私が
退院したとき私より長く居た人はいなかったようである。それに土日月は照射がない
ので自宅や観光に出かける人が多く病室は閑散としてしまう。
さらに8月7日以降は、装置の定期点検があり9月初めまで治療が行えないため患者
は更に減り5階の入院患者はたった4名しかいなかった。
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             07/23:放射線医学総合研究所の自然

放射線医学総合研究所(放医研)は千葉市の稲毛駅
から徒歩10分ほどのところにある。
敷地は広大で、工場のような佇まいの研究施設が散
在している。レイアウトは雑然としていて統一感は
乏しい。緑地は多いのだが手入れが行き届かず雑然

とした風景のまま放置されている感じだ。
入院して照射が始まっても2週間は何の異常も感じ
られなかった。元々自覚症状もなかったのでがんに
なったという自覚が起きてこなかった。
火・水・木・金それぞれ1時間弱の治療以外、何も
することがなく体調も良いので病院の周りをうろつき、病室のある5階までの階段を
上り下りするぐらいしかやることがない。
早朝、まだ陽射しが強くならない頃病室を抜け出し、カメラを片手に敷地内の探索に
でかけた。NASAとの共同研究も行っているというだけあって、なんとなく海外の
研究機関の雰囲気が漂う。
    
放医研の自然はこちら 続きはこちら 最上部へ
             07/22:重粒子医科学センター病院

6日、博多で今生の別れパーティーを挙行し、8日
には千葉市稲毛の放射線医学総合研究所、重粒子医
科学センター病院という名前だけでも気後れしそう
な病院を訪れた。
稲毛駅には、恐れ多くも千葉大教授中村勝洋さんが
車で迎えに来てくれた。

一緒に17期の馬場先生に挨拶した後中村君は千葉
大へ戻った。その後、主治医になっていただく安田
先生の診察を受け、今後の治療方法についてのお話
を伺った。
スタッフ一同、馬場先生の先輩という7光りが効い
ているのかとても丁寧で親切である。
安田先生は40代前半とお見受けしたが、非常に気さくで腰の低い方で、人間味豊かな
先生という感じを受けた。患者にとって医師との相性は大きなウエイトを占める問題だ
が、この点でもラッキーだと感じた。

重粒子医科学センター病院は、放射線医学総合研究所の広大な敷地の片隅にあるベッド
数100床の小規模な病院である。
(1994年3月着工し、総工費約67億2千万円、床延べ面積9,900u、地上5階地下1階建、
鉄筋コンクリート構造で、1996年10月完成)

敷地内には多くの研究棟が並び、工場の様な雰囲気でヘリポートや世界中の研究者を受
け入れるための宿舎も完備されている。


しかし、この病院は世界一贅沢な病院でもある。
この病院の裏手には1987年から延べ7年約300億円をか
けたHIMACという世界初の重粒子線治療施設があ
る。サッカー場程の広さの敷地を20メートル掘り下げ
て地上2階、地下3階の施設を作ったもので、この中に
重粒子を加速するサイクロトロンなどの機器がある。(HIMAC棟の敷地面積8,400u)

ここで使われる重粒子線の一つである炭素線はX線の
2万倍以上の質量を持つ、また同じ重粒子線である陽子
線の12倍の質量を持つため、この原子核を加速するた
めに巨大なエネルギーを持つ加速器が必要になるとい
う訳である。
この高価な設備を使って作り出される重粒子線で治療を受けられる治療室はA,B,Cの
3室のみで、1室当り1日僅か20数回、それも火曜日から金曜日だけである。週末や夜間は
治療以外の実験や研究のために供されているという。

治療室へは病院の地下1階へ降り、長い連絡通路を通って更にエレベータで地下2階まで
降りる。秘密基地のコントロールセンターような部屋の横を通り、治療室の中で固定具で
ベッドにしっかりくくり付けられる。照射装置やベッドがモーター音を響かせながら動く
さまは、SF映画でサイボーグにエネルギーを注入しているような感じで、これが治療な
のだという実感は全くなかった。初日はうつ伏せ状態で何も見えないため奇妙な音を聞く
だけであったが、2日目は仰向けであったので、眼を最大限動かして室内や装置を観察し
た。それでも体を固定され、絶対動くなと指示されているので、顔を左右に動かすことも
できず見ることのできる範囲は限られている。

ベッドを小刻みに動かし、位置を確定すると、
照射装置が体の近くまで降りてくる。装置内