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 無 聊 の 記   01/01/2010 UPD 
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2010年の無聊の記へ
 
              12/21:食道がんの記録最終章
大きな回り道をして、2009年4月14日「胸腔鏡下食道亜全摘手術」という手術を受けたが、
その後の経過が私の予想をはるかに超え、その対応に四苦八苦の難渋の連続となった。
肉体的な苦痛とともに精神的なダメージもあり「駒込プリズン日記」を書く気力も無くな
ってしまった。ダンピングは今現在もあり、食事は楽しみから忌避したい嫌なものに変わ
ってしまった。こんなことで時間が経過して、趣味も生かせないまま再発でもしたら、そ
れこそ最悪の結果になってしまう。気持ちの整理がつかないまま闘病記の公開を先延ばし
にせざるを得なかったが去年のクリスマスイブに駒込病院に入院してもう1年が経過する
のと、最近気分的に大分安定してきたので、「最終章」を公開することにした。
手術の動画やパワーポイントの資料を主治医の先生に無理を言ってお願いし、成るべく
ビジュアルなレポートになるよう努力した。
12月初旬の『NHKスペシャル:立花隆がんの謎に挑む』という番組を見たことも公開
を決心した要因となった。まだ全快には程遠く、重粒子線治療が目的を達成できず、駒込
病院で抗がん剤治療の後、結局は手術を選ばざるを得なかった経緯と手術の後遺症に悩ま
されている現在進行形のまま公開するのは、残念であり悔しい思いもある。
しかしこれが現実であり、立花隆氏の番組を見ても、がんが生易しい病気ではない一つの
事実として伝わるだけで良いのではないかと思った次第である。
今のところ転移はなく主治医の見解では、確実に良くなっているということなので、がん
に襲われた他の多くの人に比べれば運が良かったと言うべきであろう。現在の医療水準で
は転移があれば、がんはまだ確実に死を覚悟しなければならない病気なのだから・・・

内容的に不適切な部分があるので公開を先送りいたします。なるべく近いうちに公開した
いと思います。12/21    TOPページの写真は駒込病院から見た富士山の夕景です。
この景色を見ている患者はいませんでした。

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              12/12:もう一つのKY
私のイニシャルであるK.Y.は『空気が読めない』から始まってロクなものはない。
アホー前首相は『漢字が読めない』で今度は『決断に弱い』コバト首相だそうだ。
前回の選挙では、私も民主党に投じた一人であるが、最近のニュースを見ていると迷走とい
うか、理念も整合性も実現性でさえ無いような施策が支離滅裂に出てくる。
自民党もうんざりだし、これでは日本全体が衰退の方向になだれ込んでいるような嫌な予感
がする。さて、当方のK.Y.は当初は「カミサンに弱い』と称していたが、今や『体がよ
れてる』、『気力もよれてる』、『株もヨレヨレ』の三重苦だ。
それでも何とか頑張ろうと、今年は近い親戚やお見舞いいただいた方々へ手製のカレンダー
を贈呈したところ、予想外に好評で嬉しくなった。
(それぞれの写真をクリックすると大きくなります。)
中でも四月の写真が好評で、自分としても自負していただけに嬉しかった。皆様からこれだ
け作れるように回復してきたと言われているが、日によっては全く駄目なときもあり複雑な
思いもある。本当は、もっと多くの方に差し上げなければならなかったのだが、体力的にも
ギリギリだったので、お送りできなかった皆様にはお許しをいただきたい。

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              12/11:ゴルフ気狂い達へ 
高校時代の同期生にはゴルフ好きが多い。毎月のように開催案内のメールが飛び交っている。
今年は石川遼選手の活躍もあり、ゴルフをやらない家内でも熱心にテレビで観戦するほどだ。
へそ曲がりの私は会社の上司にゴルフをやれと言われ、意固地になってやらなかった。
しかしそれ以外にもゴルフを好きになれない理由が二つある。一番目はゴルフ場は自然を破壊
しているという点だ。これは、グーグルアースで見た富士山周辺の写真だ。赤丸で囲ったとこ
ろは全部ゴルフ場だ。日本にどれくらいゴルフ場があるか調べてみたところ、ゴルフ場の定義
により数が大幅に違う資料もあったが、約2,300以上のゴルフ場があるらしい。
一番多いものでは2005年1月1日のデータで全国で9,550のゴルフ場があるという資料もあった。
2,300は市町村合併前の市町村数とほぼ同じ数だそうである。(椿ゴルフ等の資料より)
3,4年前八甲田山へ行ったときもロープウエイから沢山のゴルフ場が見えた。ゴルフ好きの連中
に言わせると芝生もきれいに整備され自然破壊には当たらないと言うが、元々あった原生林は
伐採され、芝生のための除草剤や化学肥料・農薬などが使われている。この写真を見ても自然を
破壊していることは一目瞭然であると私は思う。東京電力を筆頭とする電力会社とゴルフ場は、
自然景観を破壊する最悪の存在である。
二番目の理由は、『馬券』とか『握り』といった金のやり取りである。ゴルフをやらない私も、
総務時代は社内や同業者のゴルフ大会の幹事をやらされたことがあり、賞品の調達や馬券作成
などで、ゴルフはプレー代以外に結構金がかかることを知った。大手の自動車メーカの納入業者
でやるゴルフ大会では、奇妙な名前の賭けがあった。◆オリンピック ◆ハシカ(別名へび、雪
だるま) ◆タテ ◆ヨコ ◆ナッソー ◆お友達(仲良し) ◆ラスベガス ◆ピン・ポン・パン 
◆フセインVS連合軍 ◆オネスト・ジョン ◆タコ、イカ、ムカデ ◆カヤの内、カヤの外 
◆アベレージ・スコア などという名前がインターネットに出ているがそれ以外にも多くの種類が
あったと記憶している。我が同期のゴルフ大会ではどのようなものがあるのか知らないが、この
おかげで育英基金にかなりのお金が集まってくる。その意味では良いことにもいくらかは貢献し
ているが地球温暖化防止に熱心な諸兄は、ゴルフ場を潰して自然を回復する運動をすべきではな
いか・・・・
世界のゴルフ場の数を同じ椿ゴルフ等の資料で調べてみたら、アメリカがダントツの1位、2位は
イギリス(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)で日本は3位だ。
韓国は日本の1/10程度のゴルフ場しかないが、優秀な選手が多いこと、それに中国がすでに14位
で急速にゴルフ場を増加させていることが分かった。COP15などでの中国の対応を見ている
とこの国は、まことに品格のない国家であることが良く分かる。このまま日本の後追いを続けた
ら、末吉さんの努力は報われることはないと思わざるを得ない。
      
世界のゴルフ場数(2007〜2008)

順位 国 名 ゴルフ場数 順位 国 名 ゴルフ場数 順位 国 名 ゴルフ場数
1 米国 15,590 11 ニュージーランド 419 21 デンマーク 177
2 日本 2,358 12 アイルランド 141 22 インド 175
3 カナダ 2,300 13 スペイン 318 23 ノルウェー 164
4 イングランド 1,897 14 中国 310 24 ウェールズ 158
5 オーストラリア 1,500 15 イタリア 258 25 オーストリア 154
6 ドイツ 684 16 アルゼンチン 244 26 オランダ 154
7 スコットランド 575 17 韓国 234 27 インドネシア 130
8 フランス 559 18 タイ 200 28 北アイルランド 122
9 スウェーデン 480 19 マレーシア 190 29 フィンランド 117
10 南アフリカ 450 20 メキシコ 180 30 ブラジル 107
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              12/10:素人モデル募集

先月甥の結婚式に参列した。
プロのカメラマンはもちろん、沢山のアマチュアカメラマ
ンがいたが、いつもは人の写真を撮らない小生も幸せそう
な二人の記念になればと思い何枚か撮ってみた。
ここに公開するのはその一部だが、幸せそうな顔を撮るの


は中々いいものだと感じた。今の体調では野山に分け入っ
て花や自然を撮るのはかなり無理がある。
でも人であればそれほど無理しなくても撮れると思った。
問題はモデルである。見知らぬ人を盗み撮りすると刑法に
引っ掛かるし、職業モデルじゃ面白くない。


老人や病人の人生の襞を感じられる写真が撮れるようにな
るのが理想だが、先ずは若い女性のポートレートやヌード
を撮ってみたいと思う。18〜40歳位までで自称麗人で
も良いので、モデルになっても良いという方を募集したい。
最初はメールでやり取りをして、お互いある程度の信頼関係
と気が合うことが必要であり、公開の可否や撮影内容、報酬
などもその中でお互いの納得を得られることが条件だ。


最初は練習なので非公開でも良いし場所も都内23区内や
神奈川県内であれば好都合である。
(原則ヌード以外は無報酬だが撮った写真は贈呈します。
  交通費や食費くらいは負担します。)
協力していただける方は私宛にメールを送ってください。
Eメールky@smile.email.ne.jp
PS:ジイサマやバアサマ、二段・三段腹の方はご遠慮下さい!!
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              12/04:年賀状とカレンダー
手術後体調が不安定なので、今年は来年の年賀状とカレンダーを早めに用意することに した。2010年は寅年なので、絵柄としてはあまりいいものが浮かんでこない。 以前に写した富士山の写真をいくつか用意し、色々加工して試作品を作り、家内の意見 を取り入れて上の写真に決めた。年賀状は例年の手順どおりに進めれば良いので、デザ インさえ決まればあとはそれほど面倒ではない。 それに比べ、今年のカレンダーには苦労した。去年は卓上型とA4縦型カレンダーを作 りそれぞれ一面に写真とカレンダーを配置した。 今年はA4横型にして、写真をA4上面に配置し、下面をカレンダーに利用するものに した。5月末まで入院し、9月になるまで外出もままならなかったので、古い写真を探し て、ものになりそうな写真を月別に整理したファイルを作ることからはじめた。 ところが多くの写真はホームページ用にかなり圧縮したものばかりで、A4に引き伸ば すと使えないものが多かった。その上、表面の写真と裏面のカレンダーの順番と上下の 関係を一枚でも間違えると、1年分がパーになってしまう。用紙代とインク代も馬鹿に ならないし、1冊作るのに30分は優に掛かる。 30部ほど作ったが、出来上がった時は かなり疲労困憊の状態であった。来年はこのタイプのものは絶対に作らないつもりだ。
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              12/02:もみじの名所発見


カメラ雑誌を見ていたら、東京地方では小石川後楽園の
モミジが最高だと書いてあった。
2日は朝からまぶしいほどの光が窓から差し込んでいた。
体調は今ひとつだが、11時前に行く決心をして出かけた。
ドアツードアで2時間ほどで公園に着く


多くの人出があったが、65歳以上は入園料が50円
割り引かれ、150円である。さすがにこの時間訪れる人
は高齢者が殆んどである。入園して早速近くのベンチで
カメラのレンズを取り付けていたら、同年配くらいの人
が100万円以上はするだろう超望遠レンズをつけたカメラ
を持って座っていた。彼は、私を見るなりもっと早い時間 に来れば光線の具合も良く、カワセミも撮る事ができたの にと教えてくれた。 確かに、正午の太陽の光線で、逆光のモミジを撮ろうとす るとコントラストが強すぎ露出を決めるのが難しい。
  
この公園はトヨタ自動車の東京本社の隣にある公園で小さな公園だと思っていた が、アップダウンもあり結構な広さがあった。現役時代1,2回は訪れたことは あったが余り印象に残るような公園ではなかった。しかし、今回訪れてみると、 モミジに関しては中々の名園である。やはり現役時代は、見ても見えず、心に余 裕がなかったのだなとつくづく思った。
  
小石川後楽園の眺めはこちら 最上部へ
              11/27:錦秋の代々木公園

26日の歌声酒場をパスしてフラストレーション状態に
なっていたところ、ニュースで外苑のイチョウが見頃だ
と伝えているのを見て、ダンピング症候対策を施して出
かけた。スポーツ飲料、バナナ、小さなおにぎり、チョ
コ、それにカメラとレンズ2本、これだけ担ぐと相当な重


さになる。代々木八幡駅から公園に入ると入り口の右手
にちょうど見頃の黄葉の雑木林がある。
枯葉がズボンの裾のあたりまで来る、ふかふかの絨毯を
踏みしめ、少し登ると今度はモミジの林に出る。


体は悲鳴を上げ始めていたが、目前の自然の美しさは、今この景色を撮らなけれ
ばもう次にはお目にかかれないかもしれないという強迫観念の前に、必死の思い
にさせられ、シャッターを押し続けた。ピントが中々定まらないもどかしさもあ
ったが、それにしてはほぼ満足できる写真がかなり撮れたと思う。

  
翌日RAWからJPEGに現像する作業を行ったが、この作業が思った以上に大変だった。 紅葉の美しさを出すため、ピクチャースタイルというフィルム写真でフィルムの 種類を選ぶのと同じようなことができる機能を使い、秋の風景にフィットしたもの を選んでみた。そうすると実際の紅葉はより赤く、黄葉はより黄色く鮮やかに写る。
  
トリミングや、明るさの調整も行ったが、これらの作業を続けていると時間が瞬く 間に過ぎていき、気が付くと何もできないほど疲れ果てていた。 しかし、ここまでできたことで少し自信ができ、今日は、来年のカレンダー作りに 時間をかける予定だ。今度のカレンダーは去年より豪華なものになると思う。 錦秋の代々木公園はこちら 最上部へ
              11/10:相模川の晩秋

このところ、例年秋になると箱根の仙石原のススキを
見に行くのだが、今年は体力がなくて諦めてしまった。
10月の入院でダンピングの様子をX線TVで我が目で
確認できたせいか、焦っても駄目だということが解り
気分が少し楽になった。


この日、いつもなら歩いて出かける相模川に車を使っ
てススキを見に行った。
11月も中旬になると、さすがのセイタカアワダチソウ
も殆んど枯れてしまっていた。荒涼とした河原を軽登
山靴を履いて歩き回ったが、あまり長くは歩けず早々


に引き揚げざるを得なかった。
体重16kg減、ウエストも14cm細くなった体にまだ中
々適応できないが、これで下げ止まった感じがする。
体調をあまり気にしないで好きなことを少し無理して
でもやる方が良さそうである。

相模川の晩秋はこちら
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              11/07:ダンピング症候群


10月20日から11月1日まで、ダンピング症候群で
再び駒込病院へ入院した。
一日中胃の周りが重く、少し食べるとむかついて気分が
悪く、何もできなくなる。
28日が検診日だったが主治医にお願いして入院させて

もらった。色々な検査を受けてみたが特に異常はなく、医者もできることがない
ようであった。脱水症状が見られるとのことで、1日16時間点滴を受けたが、
胃のむかつき方が多少落ち着いた感じになっただけであった。


最後に、胃の透視検査をやった結果、胃の形としては
良好なミニチュアみたいな胃に、喉から食物が流れ下
って殆ど留まることなく小腸へ入っていくのが観察さ
れた。医者曰く「これじゃダンピング症候が起きても
おかしくないな」


しかし医者には打つべき手はないのである。
少量ずつ良くかんで食べ、胃が徐々に大きくなるまで
気長に我慢するしかないと言う。
侵襲性が少なく、3ヶ月もすれば殆ど日常生活に戻れ
るという説明は、そういう人もいるということなのだ

そうだ。結局分かった事は、手術としては、医師サイドからでは成功したことに
なるのだが、患者としては、手術前の状態に戻ることができるのか、半信半疑の
まま時間が解決するのを待つしかないのだ。
今頃になって、普通の生活に戻るには2,3年はかかるでしょうと言われたが、
全く釈然としない思いで一杯である。
  
とは言っても、特効薬もなくただ耐え忍ぶしかないことが、身にしみて分かり、 期待感からあせりを感じていた気持ちが少し落ち着いてきたようである。 過大な期待を持った方が悪い、がんの治療なんて命さえ助かれば御の字なのだ。 まだこの程度の治療しかできないのに、インフォームドコンセントの文面は、今 読み返してみると、そらぞらしさしか伝わってこない。
  
今は、何しろ食べられるだけ食べて、少しでも体を動かし、美しい自然を楽しめ る体力を作ることに専念しなければならない。 昨日の眺めはこちら 最上部へ
              10/17:季節が混在する自然


青空を見ていたら、無性に外へ出たくなった。
エネルギー不足の身に鞭を打って、片道5分のところの
ビオトープへ出かけた。今年のビオトープも、手入れが
全くされておらず、水場も枯れかけておりもうすぐただ
の荒地になってしまう運命のようだ。

入り口から見渡すと、見るべき花も無いように感じたがやっとの思いでここまで
来たので、草叢へ足を踏み入れた。雑草だけで何も無いと思っていた草叢には、
意外にも沢山の草花が隠れるように咲いていた。


半ばドライフラワーになっているようなアジサイや、
10月半ばの昼間だというのに立派な朝顔まで咲いてい
る。その傍らではコスモスが終焉を迎え、洋種ヤマゴ
ボウが赤い彩を見せている。廃屋のトタン壁に張り付
いていた蔦が黄葉し始めている。


カタバミの花の群落は、今が旬の季節だよと言ってい
るかのように生き生きとした花を咲かせていた。
所々の花に陽射しが当り、今日の主役のような華やか
さを感じた。

帰途につき、家のそばまで行くと、いつも花をきれいに飾っている家のところで
黄色い蝶が眼にとまった。しばらく足を止め蝶が花に止まるのを待った。
このところ眼鏡も度数が合わなくなってきており、ピントも当てずっぽうで合わ
せるしかなく、この日はかなりの枚数がピンボケで没になってしまった。
幻想的な写真になるはずのものもあったが、仕方が無いと諦めざるを得なかった。

  
ビオトープ眺めはこちら 最上部へ
              10/12:アブサンとスケルトン


今日も家内は画廊の仕事で不在である。
朝から冷蔵庫中を見回し、食べられそうなものを適当に
料理しチョット食べて一休みし、久しぶりに同期からの
メールに返信した。
肥薩おれんじ鉄道の社長に就任したK氏のことや、高校

時代の倫理の時間にラヴェル先生(ラサール会の修道士で函館ラサールの校長も
勤め、日本に50年以上も住まれ、今も健在である)が副読本にした霜山徳爾の
『明日が信じられない』やマクシミリアーノ・コルベ神父の事績を紹介した一節
の思い出などでメールのやりとりが賑やかに行われており、岳父が雲仙普賢岳の
噴火当時『島原鉄道』の社長をやっていたことや、父がコルベ神父が日本で活動


拠点にしていた、聖母の騎士修道会の経営する重度心
身障害者施設の嘱託医を勤め、程なくして洗礼を受け
たことなどをメールにした。詳しい経緯は別の機会に
紹介しようと思っている。


さて、タイトルの「アブサンとスケルトン」であるが、
アブサンは、捨て猫で我が家に住み着いている14歳の
婆さん猫で、スケルトンとは大学時代ワンゲルで私に
付けられたあだ名である。
4月中旬の手術以来、7月までは60kg以上をキープ

していたが、このところの不調で、去年は68kgあった体重が、16kg減の52kg
すれすれまでになってしまった。52kgはワンゲル時代の体重と同じで、夏合宿の
縦走の後では49kgまで減ったこともある。このせいかかなり若返り、抗がん剤で
脱毛し真っ白になっていた髪は、上下とも黒々ふさふさになった。ヤカン爺と名付
けた中村君に分けてあげたいほどである。
アブサンは、私の瘠せるのに伴って激瘠せし、体をなでると骨と皮だけである。
対するスケルトンもメタボ体型は一変し、以前のズボンはベルトを短くしてもだぶ
つきがひどく、みっともなくて着られたものではない。風呂に入って腹回りを見る
と、余った皮が提灯ババア状態になっており、こちらは見られたものではない。
家内は両方の厄介者をかかえて苦労しているが、アブサンには獣医でしか売ってい
ない特別の栄養食と老猫用の餌とか、人様用の鰹節や刺身などまでの大判振る舞い
で、このところやっと少し肉がついてきたようである。スケルトンにも配慮はして
くれるのだが、こちらは体が受け付けてくれず、家内もどうしようもなく格差は開
くばかりである。
愚痴っても仕方ないので、今日は庭の花を撮ってみた。シュウメイ菊もあるがもう
終期で絵にならず、日陰に強いホトトギスが見頃であった。
★写真をクリックすると大きくなります。
     
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              10/11:ハナミズキの実と金木犀

10月に入って体調は最悪である。
主治医は、11月なら海外旅行もOKですよと言ってくれて
いたが、とてもじゃないが車椅子でも無理な状態である。
胃のあたりに鉛の玉が入っているような重苦しい感じが
常にあり、無理に食べると、息苦しくなって手で胃を掴

んで放り投げたくなる。食べてから2時間近くは不快感が強く、リクライニング
チェアに倒れこんだまま落ち着きを待つが、重苦しい感じはなくなることは無い。
9日は駅の近くの眼鏡屋まで行こうと思って家を出たが、足元がふらつき朦朧と
してきたので行き先を変更してすぐ近くの内科に駆け込んだ。
そこで点滴を受け、少し落ち着いたが医者は早く駒込病院へ行くよう勧めた。


翌日、家内に画廊を休んでもらい駒込病院へ行ったが
血液検査の結果は異常もなく、結局点滴を受けただけ
で厚木へ舞い戻った。再入院することも考え、準備は
していたが、どこの病棟に入れられるのか、分からな
いし点滴を受けている間に、痛い痛いと大騒ぎする人


や、譫妄状態の人のうわごとが引っ切り無しに聞こえ
てきて、隣のベッドの人がこんな状態なら耐えられな
いと思った。12階と13階病棟に空きベッドが無いと聞
いたことも影響している。

我が家へ戻り、しばらく休んだら元気が出てきたので、行きつけの寿司屋に行くこ
とにした。入院中改装工事を行っていて、この日は久しぶりに馴染みの草野さんと
言う女性にも会うことができた。ほぼ同年代の彼女は大分前に退職しているのだが
経験を買われ、若いウエイトレスの教育係として時々働いているとのことであった。
その彼女から、最近の私のホームページは愚痴が多くなったけど励まされている人
も多いから頑張ってと言われ感激した。
次の日の朝、2階のトイレの窓を開けると金木犀の花とその先のハナミズキの赤い
実が眼に入った。数日前から見ていたがこの日は神々しさを感じ、すぐ自室に戻り
カメラを用意して、望遠マクロで撮ってみた。2階の高さから真横に見ると地上か
らの眺めとは違ったアングルで撮れたので新鮮な感じになったと思う。
  
トイレからの眺めはこちら 最上部へ
              10/05:馬入のコスモス

天気予報では、この日曜日の晴天を逃すと今週一杯は
雨模様の日ばかりだという。
体調は相変わらずだが、コスモスだけは今年も撮りた
いと思い、家内の運転で午後3時過ぎに家を出た。
コスモス畑は相模川が馬入川へと名前を変えるあたり

にあり、我が家から車で20分ほどで到着する。
このところの不況で平塚市も財政事情が悪いのか、何年も通っているコスモス畑
は、手入れがあまり良くなく年々荒れていくようで、今年は草丈も低く地肌が剥
き出しになっている所もあり、来年以降は他の場所を探さなければならないので
はないかと思う。


この日も家内が運転してくれ、バッグも持ってくれた
ので、何とか撮影できたが疲労が激しく、ヨタヨタと
歩き回って、西日が沈む寸前に車に戻ると、もう何も
したくないというか、朦朧とした感じであった。


翌日、写真の整理を始めたが、間違いが多く、手間が
かかり仕上げるのに四苦八苦した。
この日は4時少し前から撮り始めたのだが、陽射しが
強かったのでPLフィルターを装着して撮った。
RAWを見ると色合いが皆茶色がかっていて、色調や

明るさの調整にかなり苦労した。前から8枚目までは数日前近くの公園でフィルタ
ー無しで撮ったもので、結果的にはこちらのほうが良かったようである。
  
馬入のコスモスはこちら 最上部へ
              10/02:秋の夜長

もう10月である。病状は一向に好転の兆しも無いが
皆様から多くの激励のメールを頂いてありがたいこと
である。そんなメールの中に若山牧水の「いざ行かむ
行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや」
を引用して励ましてくださった方がいた。

もう何年も牧水のうたなぞ思いもつかなかったが、
 ・白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
 ・幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく
 ・白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ 
等ののよく知られた歌があることを思い出した。

最近は手術の後遺症と付き合っているだけで、無気力に時間をつぶすだけの毎日を
過ごしているが、今年の6月に、米国のバン・クライバーン国際ピアノコンクール
で優勝した辻井伸行さんのCDを購入し、すっかり気に入った。
中でも、彼が作曲したオリジナル曲は、鬱状態であった心に沁みいってきて何度も
聞きなおした。 
辻井 伸行さんの演奏はこちら
著作権違反になると思うが、どのような対処をすれば良いのか分からないので何方
かご教示をいただければありがたく思います。
彼のオフィシャルサイトはこちら
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              09/22:巾着田の曼珠沙華

上海で世話になった町田君から巾着田の曼珠沙華の花
の写真が送ってきた。我が家から車で2時間以上かか
る所であり、今年は駄目だと思っていたところ、家内
が運転しましょうと言ってくれた。
早速翌日(21日)朝5時に家を出て、7時頃には巾着田

の駐車場についた。シルバーウイークのせいか、駐車場にはかなり多くの車が止
まっていた。
天気予報では朝から良い天気のはずだったが、雨にこそならなかったが陽射しが
無く、木洩れ日に輝く曼珠沙華の姿を捉えることはできなかった。


見物客も多く、広角レンズを使うとどうしても人ごみ
が入ってしまう。
家内に、交換レンズ、三脚、フィルターなどの入った
バッグを持ってもらっての撮影だったが、花色も去年
より褪せたものが多く、撮影意欲が半減してしまった。


巾着田は早咲きゾーンと遅咲きゾーンに分かれている
が、今年はあまり差が無いようでこれまでのような高
揚感を感じることができなかった。
コスモスもまだ咲き初めで、やはり去年とはだいぶ様
子が違った。

家内は、重いバックを持って閉口したようだったが文句も言わず付き合ってくれた。
条件がよければ、フィルターや三脚を使いじっくり撮りたいと思っていたが、天気
と人出を見ただけでがっかりしてそこそこに引き揚げ、家には11時過ぎに着いた。
  
巾着田の曼珠沙華はこちら 最上部へ
              09/18:手術後6ヶ月

先日の水曜日、3回目の検診を受けた。手術後6ヶ月
が経過したことになる。結論から言うと体調は手術後
からあまり良くなったという感じは全く無い。
食欲はなく、無理に食べるとダンピング症候群が現れ、胃の膨満感が強く、息は早
くなり脱力感で何もすることが出来なくなる状態は以前から相変わらず続いている。


主治医の話では想定内の状態で、だんだん快方に向か
っており、これ以上悪くなることはないということで
あったが、本人としてはこんな状態が6ヶ月を過ぎて
もまだあること自体、我慢の限界に近い。

肉体的苦しさより、体が自由に動かないことによる精神的なあせりの方が強く、少々
欝的な状態に陥っている。
先週の金曜日は少し体調が良かったので、新宿まで出かけヨドバシカメラや近所の店
を回ってみた。最初はまだ大丈夫と思っていたが、途中で目眩がしフラフラになって
しまった。


こうなるかもしれないという不安もあったので、用意
していた水やバナナ、チョコレートを食べて座り込ん
でしばし休憩した。
しかし、その後新宿駅まで行き、自宅までの道のりは
想像以上に辛く、翌日も体調不良で食事も殆んど取れないほどになってしまった。

水曜日の検診後も体調が悪く、食欲も無かったが、彼岸花を見るには今日を逃した
ら駄目だと思い、意を決して相模川まで出かけた。予想通り花は満開となっており
満足することができた。埼玉の巾着田の彼岸花は、来週くらいがベストだろうが、
車で2時間以上掛かり今年は断念するしかないだろう。今年は花菖蒲もあじさいも
見ることができなかったが、早く体力を回復したいと切に思っている。
  
秋の風情はこちら 最上部へ
              08/27:自宅療養

6月4日の更新を最後に、今日まで何もせず一日の八
割以上を寝て過ごしていた。
この間、食欲は全く起きず、そうかといって何も食べ
ないわけにもいかず、無理に食べると膨満感が強く、
息は早くなり疲労感と脱力感でリクライニングチェアーに倒れこむ毎日であった。
少し落ち着くと、もう次の食事の時間である。妻が心配して色々工夫をして出して
くれるが、何を食べたいかと聞かれても何も思い浮かばず生返事をするだけである。


嗜好が変わり、好きだった肉類は全く受け付けず、米
飯も殆んどダメ、パンもほんの少ししか入らない。
味噌汁など温かいものは口元に持っていくと猛烈に咳
き込んでしまい、精神的なダメージも大きかった。
それでも何とか口から食べる努力をし、バナナとクッ
キーを主食に、ミルクやヨーグルト、メロン、スイカ、パパイヤ、イチジクなど食べ
ることが多くなった。これで少し調子が良くなって普通食に近いものを食べようとす
ると、食べた後の不快感が強く殆んど食べられないこともあった。
こんな時は、腸瘻から栄養剤を入れるのですが腸は内腔が狭く、胃のように流動食
をためておくことができないため注入速度が早すぎると下痢をしたり、ダンピング
症候群の症状をおこし、立っていることも辛く感じます。この時は飴を舐めたり、
粉砂糖を直接食べたりすると、比較的早く症状が治まります。そんな訳で食べると
いう作業だけで1日が過ぎていき、最も忌避していた手術の後遺症を克服するためだ
けの生活にならざるを得ず、精神的にもガッツがなくなってしまいました。

主治医の話では、私が受けた「鏡視下食道切除・再建術」は食道がんの手術の中では
最も侵襲性が低く、3ヶ月もすれば社会復帰もでき、11月なら海外旅行も大丈夫と
のことでしたが、8月に入って無理に食べるとその後の不快感がかなりひどくなって、
体重も急速に減少し、7月末まで60kgを維持していたものが今では55kgにな
り、手術時から13kg減ってしまいました。


8月14日の朝、少し気分が良かったので、手術から
4ヶ月経ったことを記念して、陽が出る前に重いカメ
ラをぶら下げて、相模川の方まで歩いてみました。
5分も歩かないうちに息が荒くなり、足元もふらつい
てきましたが、何とか相模川の見えるところにたどり
着き、眼にとまった草花を撮りましたが30枚ほどで限界を感じ家に帰るなり寝込
んでしまいました。18日の朝、これではならじと今度は近くのビオトープへ出か
けてみると、季節の変わり目を強く感じさせる光景がありました。

夏の花のひまわりが咲き乱れている横でおみなえしが咲き、思いもよらず萩の花まで
見ることができました。これで新しいページが作れると思っていましたが、写真の修
整作業や文書を書いたりすると、強烈な疲労感があり途中で放り投げてしまいました。

今日、8月27日は昨日までの最悪状態から少し気分が良くなったので、朝から頑張
っています。昨日は殆んど何も食べず、体温の調節がうまくいかないのか汗がでるほ
ど熱く感じたかと思うと、次には猛烈な寒さを感じカーデガンを着て毛布をかけても
寒く感じたりで、呼吸も苦しくどうなるかと心配したほどでしたが、今朝は1週間振
りほどで朝食をとることができ、この体はどうなっているのかさっぱり分かりません。
  
夏から秋へこちら 最上部へ
              

4月5日に、当分できなくであろう写真の整理をした
が、今までやったこともないミスを起こして撮ってき
た写真が修復不可能になってしまった。
近くのパソコンショップに持ち込むと半々の確率で、
修復できるというので退院後に受け取る約束でお願い
した。
この日はもう当分の間まともな食事にありつけないと思い、妻の特別料理を複雑な
思いで食べた。
田端の駅から歩いて病院へ向ったが、直前にセブンイレブンがあったのでビールの
ロング缶を購入、最後の酒を味わった。すぐ看護婦に見つかったが、お互いの幸福
のために幻覚であることにした。
 
翌週は、PET/CTや超音波内視鏡の検査を受け、第3回目の抗がん剤治療後の
評価を受けた。素人目に目覚しい改善振りであり、これなら当分がんと共存できる
と思った。
出江先生は、それでも手術を受けるよう勧められた。 この状態なら、手術すれば
100%完治するし、手術も私が恐れているよりはるかに楽に受けることができ、
うまくいけば1,2週間で退院できるという言葉についに手術を決意した。
 

家内は、私は絶対手術を拒否すると思っていたため、
びっくりしたようであったが、この時点で手術を拒否
する選択肢は事実上残っていなかったのである。
EMRで削除するという選択肢はあるにはあったが再
発の可能性がかなり高いと説明された。
PDTとか免疫療法も真剣に検討したが、違う病院に再入院し検査漬けになって治療
し直す必要があり、その上まだ評価も定まっていない治療を受ける時間も、費用も心
もとなかった。
 
  
ネット上で調べれば、代替医療や神がかり的治療は色々とあり、中には熱心に勧め てくださる方もいたが、宣伝文句をみると、そんなに素晴らしい効果があれば、が んは騒ぐほどの病気ではないはずである。全部が悪意ではないと思うが、人の弱み に付け込んで儲けようとするさもしい輩が堂々と看板を掲げているのをみると、彼 らの倫理観や自尊心は、いつからどのようにしてなくなってしまったのであろうか?
  
結局14日に手術を受けたが、手術そのものは全く記憶も無く、翌日ICUで目覚め たときも、気分的にも体調的にもむしろ快適であった。 すぐ歩行訓練があったが、痛みも殆んど無く3日目には一般病棟へ復帰した。 ここで服用した嚥下防止用ゼリーが良くなかったのか、服用後激しい肺炎に見舞われ 意識は混濁し、色々な人が訳の分からない言葉で話しかけてくるが、殆んど何も分か らなかった。こちらもしゃべっているのであるが、何を言っているのか分からないと 言う言葉だけが、妙に頭に響くだけであった。 中間君は三途の川という表現を使ったが、仏教徒でもない輩は、そんな川も彼岸も、 此岸も見えず、狭いストレッチャーの右か左に落ちたら天国か地獄に行くのかと馬鹿 なことを考えていた。天国へ行くとあまり友達がいそうに無いし、地獄で苦労するの も嫌だし、何も分からず蒸発するのが一番よさそうに思えた。 結局、5月25日まで点滴による経腸剤だけで命を繋ぎ、31日にこのチューブをつ けたまま退院することになった。口からも少しずつ食事を取っているがダンピング症 候群や下痢と咳に悩まされ、このコンテンツを作るのに4日も掛かってしまった。 外出できるのは、お腹に刺さっているチューブが取れるまではまだ無理があるようだ。 これで、「後余命何日です」と宣告されたときの気持ちを体感できて初めて病人の心 が分かるのではないかと思った。もうすぐ治療を初めて1年になる。 治療経過記録写真はこちら 見納めの桜はこちら 最上部へ
             04/04:我が家の桜

4月1日(水)、再入院の朝、我が家の隣の桜の樹は、
まだ蕾のままであった。検査は3日で終わり、結果は月
曜待ちとなったので金曜の昼過ぎ一時帰宅で戻ってみる
と、あっという間に満開になっていた。我が家の隣はグ
リーンベルトになっており、小規模な桜並木がある。


いつもの年なら千鳥が淵の桜が散りかけるときに満開を
迎えるが、今年は時期を同じくして満開になった。
土曜日には家内の出勤前に誘って千鳥が淵に花見に出か
けた。8時には着いたがすでに大勢の人が集まっていた。
桜は最盛期を迎えており、見事な景観を堪能することが
できた。
  
9時半頃、私は新宿御苑に、妻は勤めている銀座の画廊へと分かれた。 新宿御苑も大賑わいで、外国人も沢山見かけた。 100枚以上の写真を撮ったが、18枚を残して後はケアレスミスで全部消去して しまった。リカバリーソフトで復旧してみたが、回収に成功しましたと表示された ものも見ることはできなくなってしまっていた。お金を払えば復旧できるかもしれ
  
ないが日曜の夜にはまた、病院へ戻らなければならないので諦めることにした。 まだ確定はしていないが、14日には手術することになる。以前説明を受けた病状 よりステージが上がったと評価されているようで、納得しづらい思いがあるが、火 曜日には一連の検査が終わるので、その結果を見て決断せざるを得ない。 書斎の窓の間近な満開の桜を眺めながら、揺れ動く心に弱さを痛感した。 最上部へ
             03/30:厚木の春


我が家の隣の桜の樹はまだ蕾のままである。
30日は朝から天気が良かったので、七沢森林公園まで
行ってみる気になった。
市街地より寒いのではないかと思ったが、思いもかけず
桜が咲いていた。


野生のスミレや、石楠花の花、タンポポなど、期待もして
いなかった花たちが目を楽しませてくれた。
空気も澄んでいて陽射しも鮮明な明るさがあり、花びらが
一際美しく輝いていた。
七沢森林公園の帰途、大きな枝垂桜のある場所に立ち寄っ
た。
去年も見たが、今年はタイミングがピッタリであった。

  
森の中をゆっくり歩き、明後日からの試練に挑む鋭気を養うつもりだったがそんな ことはすっかり忘れるほど、自然は美しく夢中になって写真を撮り続けた。 こんな病気にならなければ、こんなにきれいな自然を見つけることはできなかった とつくづく思った。
  
厚木の春はこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 鹿児島の桜は、満開あり、散ったものあり、桜島では不思議に3分咲き。 石楠花やボタンが咲いており、新緑が燃え始めていたのでビックリした のですが、(足利のボタンは5月の連休直前)、厚木の花も早いですね。 厚木も、桜、石楠花、コブシ?、それに山桜まで咲いているとは。 タンポポもアップで見るとかわいいですね。 枝垂れ桜の所では思わず「おおー」と声が出てしまいました。 「こんな病気をしなければ、こんな自然を見ることも無かった」という 貴兄の言葉、本当に「前向きな思考」で感心しました。 明日からの再治療の結果を期待しています。         ************ 次の退院では綺麗な新芽や新緑を見るのに忙しいでしょう。 そのための体力を蓄えて下さい。 私も家内と散歩をし始めました。         ************    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             03/27:咲き始めの桜


九段下駅の地下深くから登ってきて、がっかりした。
目に飛び込んできた桜の樹は殆んど蕾で花が咲いていな
い。21日の開花宣言から1週間たつというのにこれは
なんと言うことだ。仮釈放中には間に合わないのかと思
い恨めしく思ったが、気を取り直して霞が淵へ向った。


さすがに訪れる人は少なく、閑散としている。
幸いなことにこちらは3分咲くらいで、対岸の皇居側は
かなり花数がそろっていた。1枚の花びらも落ちていな
い桜を見るのは初めてだったが、朝日に煌めく清浄な花
は清らかさがあり、美しい絵を見る心地がした。

朝日がお濠の水面に反射し、その光りが対岸の桜に当り、影と光りが交錯するさまは
まさに神の摂理としか言いようの無い光景だ。
北の丸公園に入ると、数本の枝垂れ桜が満開を迎えていた。椿の花も無傷のまま咲い
ていており、この寒さで北国の春のように花たちが一斉に咲きそろうのではないかと
思った。
  
4月1日にはまた再入院だが、手術となると当分出歩くことも出来なくなるだろう。 これから新緑の季節となるが、病気が治っても出歩く体力がなければ何の意味もなく なってしまう。手術の後遺症で苦しみ、後遺症を克服するのが目的となっているよう な患者を何人か目撃したが、アアはなりたくないと切実に思う。
  
咲き始めの桜はこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 吉田君、アンラックン、おはよう。今朝起きて両君の作品をまじまじと堪能させて いただきました。はっきり言って”只者ではない”。 芸術家です。神がかりです・・褒めすぎか?。 生きてさえいれば何かを成し遂げられそうな両君にとわの”命”を与えたまえ!!         ************    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             03/26:城山かたくりの里B

霙交じりの氷雨の影響で晴れても寒さが厳しくかたくり
はずっと下を向いたままで、9時半になっても中々本来
の姿を見せてくれなかった。
ストーブに当たりながら、時間が経つのを待ったが10
時過ぎには痺れを切らして帰途についた。



最後に家内を小屋に残して一回りしたらさすがにいくつ
かの花は、花びらをぐっと持ち上げていた。
アマチュアカメラマンが大勢集まっていて、それぞれに
講釈をたれながら盛んにシャッターを押していた。

ここのカタクリは花姿が大ぶりで、我が家の近くで見るものとは種類が違うのでは
ないかと思うほどである。
去年に比べると株数が少なく、色もやや薄いように感じた。
  
帰り際、家内は地元の野菜や酒饅頭を買い求め満足したようであった。 結局300枚ほどの写真を撮ってしまい、後処理が大変なことになった。 3回に分けたが、根を詰めて作業をしたら肩は凝るし、目はショボショボになるしで 結構な労働となった。
  
かたくりはこちら 最上部へ
             03/26:城山かたくりの里A里山の花

城山かたくりの里にはカタクリ以外にも沢山の花が咲い
ている。「雪割草」「二輪草」「玄海つつじ」「日陰つ
つじ」「やしおつつじ」「りんぽう桜」「富士豆桜」
「オカメ桜」「小彼岸桜」「長寿桜」「菊咲きいちげ」
「ぼくはん椿」「木蓮」「姫コブシ」「ダンコウ梅」
「まんさく」「日向みずき」「きぶし」「猩々袴」


などである。殆んどの花は名も知らぬものばかりだが、
里山にマッチした素朴な美しさを持った花が多い。
かたくりの花が寒さに震え、中々花びらを持ち上げない
ので、これらの花を沢山写すことになった。

林の中に日差しが差し込むと、花びらが透けて見え、その美しさに思わず「きれいだ、
きれいだ」と声を上げてしまった。
  
「椿」も「つつじ」もここの花は、何か他のところの花とは違う美しさを持っている。 腐葉土が積み重なった地面は、スポンジのようにふわふわしていて、靴底からその柔 らかい感触が伝わり心地良い自然に心が癒される思いがした。
  
里山の花はこちら     ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★         ************ 吉田君、君の写真は何と美しいのか!!哲学的なまでの美しさ。 4月1日の再挑戦から無事凱旋帰国されんことを祈ります。         ************ 吉田考痔さま 花の里では花守おじさん、駒込では白衣のナース。 人の情けに触れられる君がうらやましい。 “収監”に対しては “痔”のことでも考えながら耐えて来てください。 ♪今日も昨日も異国の丘に 重い雪空 陽がうすい 倒れちゃならない 祖国の土に たどりつくまで その日まで 痔や異国の丘の提唱者、中間君や井上君。 そのほか多くのラサール12期同期生が 君の早い帰還を待っています。         ************    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 最上部へ
             03/26:城山かたくりの里@みつまた

26日の朝、家を出る頃は霙交じりの氷雨であった。
天気予報では晴れるはずだが、確信をもてないまま家内
を誘って出かけることにした。
城山かたくりの里に着いたのは8時過ぎであったが、雲
が切れ陽射しが注してきた。


ただかなり寒い。訪れる人は無く、閑散としている園内
には手入れをしているここのオーナー(花守人)以外殆
んど見かけなかった。
かたくりの花はまだ全部下を向いていて、写真を撮る対
象にはならないので、園内のみつまたや岩つつじなどの
花を探索した。みつまたは和紙の原料になる潅木だが、この日は見頃だったのか今までで
一番美しく感じた。
花守人の小林一章さんに声をかけられ、かたくりの花が開くまで随分と間があるからスト
ーブにあたって行きなさいと勧められた。桧皮葺の今にも壊れそうな小屋に薪ストーブが
あり、ひと時の暖を取った。裸電球の灯る小屋には、壊れた置時計やランプがあり、何故
か旧日本軍のものと思われる鉄兜が置いてあった。
  
地元で作っているというヨーグルトをご馳走になり、のんびりとかたくりの花が開くのを 待ったが、寒さに凍えたのか花びらは中々反りかえらなかった。 みつまたはこちら 最上部へ
             03/25:プリズンの天使(ナース)たち

3月19日に「駒込病院の医師団に尊敬の念を持った」
と書き込んだらプリズンの天使(ナース)から抗議のブ
ーイングメールを頂いた。(プリズンなら看守か?・・)
一番身近で親身に世話をしているナースのことには一言
も触れないなんて許せないとのお叱りだ。
どこへ行っても女は怖いし、強い。しんどいことです。

お叱りを受けたから言うわけではないが、駒込病院のナース(私は看護師という言葉
が嫌いだ。看護婦さんなら良いけれど)は私の知っている範囲では一番訓練も行き届
いていて、なんと言っても気さくで親切だ。
それにしても彼女らの勤務はハードである。8:30〜17:15までの勤務の後、24:00
〜翌朝9:00までの勤務がある。終了時刻に勤務が終わることは少なく、30時間も寝
ないことはザラにあるという。手のかかる患者も多く、重労働とはまさにこのことだと
同情を禁じえない。
これに比べると、千葉の重粒子医科学センター病院は天国だ。放射線科と歯科しかない
実質単科病院なのでこの病院で死を迎える患者は少なく、大概の患者は身の回りのこと
ができるから、手も掛からない。食事も殆んどの患者が食堂でとるため配膳も僅かだ。
給料が同じくらいだとすると気の毒に思う。


劣悪な環境の病院で、唯一ほっとするのは彼女らと無駄話
をするひとときだ。彼女らの身の上話を聞いたり、病院の
裏話を教えてもらったりして無聊を慰めた。
4月1日から再収監されるが、今度は最終的に治療方針が
決まるフェーズで、不安と期待をこれまでで一番強く感じ
ている。医師団がどういう結論を出すのか、それに対し私はどう判断するか・・・色々
なケースを考えながら心が揺れ動いている。
病院に関しては、天使たちに逢えることだけが唯一の楽しみである。

今はただ、最終宣告前の貴重な時間を、明日はカタクリ、27日は千鳥が淵の桜を巡り、
目一杯楽しもうと思っている。

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             03/20:足の速い春

退院した翌日、朝10時には激しい雨風に見舞われた。
でも昼前には薄日が差し、急速に天気が回復した。
足腰の衰えが気になったが、早速重いカメラを持って飛
び出した。



今年は春が早く木蓮の花は処女の美しさを無くし
ていたが、なるべく真っ白な花を探してカメラを
向けた。
河原の運動公園では水溜りとぬかるみの残るグラ
ウンドで少年サッカー大会をやっていた。

  

あちらこちらをふらふらと歩き回ったが、足腰の衰えが身に沁みた。
たった16日間点滴でベッドに縛り付けられるだけでこんなに弱くなるのかと
恨めしかったが、でも春の日差しと自然を愛でる幸せに感謝すべきと思い直した。

  

近所の春はこちら

    ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★

        ************

春の風情を満喫しました。それにしてもなぜ
このような美しい花がこの世にあるのでしょうね?
昆虫は色を識別できるのかなー?

        ************

素敵な写真、有難うございました。
神奈川は暖かいですね。

北関東の足利は、今、白木蓮が満開を迎えようとしていて、一番色の鮮やかな時で
す。
もちろん、レンギョウもつくしも見られず、やっと花ニラを一輪自宅で見かけたとこ
ろです。
そう、海棠もまだで、ボケがやっと咲き始めたところ。
(我が家は「ワビスケ(椿)」の満開が終わり、普通の椿に盛りが移っているところ
です)
蓮華つつじなんて、ずーと先のことと思います。

入院治療の間の良い時期に、1年前を思い出して足利までおいでください。
厚木で通り過ぎた春が、足利にはまだありますよ。
そうそう、隣の佐野ではカタクリの花が満開を迎えるようですよ。

        ************

木蓮や椿、レンギョウ(といったでしょうか?)など、色とりどりの花木や草花の写
真を拝見しました。
どの写真にも春の空気が溢れているように感じます。
すっくと伸びた土筆の写真には、昔、近所の畦道や土手で摘んだ土筆で
母が炊いてくれた土筆ご飯の苦味を思い出しつつ、季節の巡る自然の摂理に感動を覚
えました。
        ************

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
最上部へ
             03/19:都立駒込病院
3月4日からの第3回目の抗がん剤治療が終わり、19日に退院した。
今回は第2回目の抗がん剤治療効果確認のための内視鏡検査とCT検査後も一旦退院
せずそのまま第3回目の抗がん剤治療となったため16日間の入院となり、拘禁スト
レスを感じた。
入院中亡くなった方が3名ほどあったようだったが、病棟はすぐに何事もなかったよ
うに機能している。自然界で草食動物がライオンなどに襲われた後、何事もなかった
ように振舞っているのと同じだと感じた。
実際、誰が死のうと何の影響もなく社会は動いていくのであり、死は日常なのだとい
う単純な真実が展開されているだけのことだ。

これまで都立駒込病院の住環境の劣悪さを言い募っていたが、今回は顔見知りも増え
住環境への不満はあまり感じなかった。
入院患者と交流して感じたのは、病期(ステージ)がかなり進んでいる患者が多く、
彼らは前の病院で見捨てられるように、駒込へ紹介されたのではないかということ
である。もちろん限られた人々との交流であるから統計的に正しいとは言えないか
も知れないがナースの話でも、重篤な状態で紹介されてくる患者が多いとのことで
あった。

治療成績ランキングのことを考えれば、直る見込みのない患者を受け入れない方が
有利なのにも関わらず、駒込病院はそれらの患者も淡々と受け入れていることを知
り、この病院の医師団に尊敬の念を持った。
どのような状態の患者でも受け入れるのが本来の姿だと思うが、現実は功名心や、
功利心で動いているのではないか?
治療成績データのランキングの評価基準は、少なくともステージや年齢別に比較で
きなければ意味がなく、各病院が同じ基準で判断しているのかも検証できていない
状態では、ランキングはがん難民を増やす効果しかないのではないかと思う。
母集団の少なさや評価基準の難しさは分かるが、もっと公正な基準はできないもの
かとつくづく感じる。

退院後、発病から第2回目の抗がん剤治療後までの腫瘍の状態を内視鏡写真を時系
列に並べてみた。これらの写真を見て自分の心が揺れ動いてきたのを強く感じた。
こんなこともあって、都立駒込病院に入院できたのはラッキーだったと思った。

発病から現時点までの時系列写真はこちら
最上部へ
             03/02:改名させられました。
癌窟王中間尊師より新しい名前を頂戴いたしました。
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吉田考痔殿
  がんばれよ。最悪オイが来た道じゃらよ。
                                 中間
**************************************************
これまでも与死駄や与志舵などと称していましたが「考痔」は初めてです。
痔のことを考えているロダンだそうで、ありがたくお受けいたします。
英名はCozy GoodFieldsできれいな名前なんですが・・・

以下『魑魅魍魎』の作者アンラ(Unluck)殿からのメールです。
***************************************************
中間君
吉田“考痔”殿には、笑いが止まらない。
吉田君はロダンの“考える人”か? 
そうか彼は痔のことを考えていたのか。
そいじゃ、気をまぎらわすことも必要じゃ。
君の一言は奥が深い。
                                 アンラ

吉田君。
ちょっと良い話。
先月6日ラサール12期28名もの会合の時のこと。
早めに出て来た次期副幹事、井上功君。
本屋に行き軍歌集を購入して、
「異国の丘」の箇所をコンビニコピー機で
人数分複写して宴席に持ち込み、皆に合唱を頼みました。
それが谷山君の会議録に記された
「あれは吉田君のための応援歌だったのでは?」です。

君の孫娘、愛梨ちゃんに「必生」を誓う言葉を
ホームページで拝見して、ふと思い出しました。
“〜がまんだ。待ってろ。嵐がすぎりゃや。
帰る日もくる 春がくる”と唱和したものですが、
その春の兆しを河津桜に見つけた君の感性は鋭い。

どうか昨日のナカマ君の吉田“考痔”殿の
ロダンの件も忘れず、
憂さなど笑い飛ばし吹き飛ばし、
“鈍い感性”で難関に立ち向かってください。
“矢でも鉄砲でも持ってきゃがれ。この野郎!”
“俺はいま痔のことを考えているロダンじゃ”
ぐらいの勢いです。

小生、今週はそんな12期ナカマたちの人生ひとコマを一気に
書かしてもらいたいと思っています。
アンラ
***************************************************
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             03/01:河津桜と椿寒桜

2月の最終週は、連日の雨模様で出歩くことができなかっ
た。28日にようやく晴れ間が出てきたので市内の寒桜を
見に出かけた。我が家から5,6分の所にある世界心道教
境内に1本の河津桜がある。雨で足止めされている間に満
開を通り越していたが、まだ充分な美しさを保っていた。


清楚な色合いの花は、匂い立つ乙女の香りがして
年甲斐もなく華やいだ気分にしてくれた。
世界心道教は天理教に近い宗旨を持つ新興宗教で
あるらしい。
宗旨はどうであれ、この河津桜は色合いが気品を
持ち見るものを浄化する力があるように感じた。

  

ひとしきり楽しんだ後、農大厚木キャンパスまで足を伸ばした。ここの椿寒桜
は、ちょうど満開になったところであった。
椿寒桜の木は背の高い大木でヒヨドリやメジロが沢山集まっていた。
花は密集して咲き、梅の花に似ているが、美しさでは世界心道教の河津桜の方
が上だ。
5日に見た梅の花はさすがに盛りを過ぎていたが、遅咲きの梅はまだ楽しむこ
とができた。
  

河津桜と椿寒桜はこちら

    ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★

        ************

河津桜と椿寒桜の写真をお送りいただき、有難うございました。
雨の後のせいか、椿や桜もしっとりと落ち着いた佇まいに見えました。
満開の桜の枝にとまった鳥が花に良く似合います。
3月初めに満開の桜を堪能できるのは驚きでした。

        ************

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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             02/26:PFI
入院中、「PFI」とかかれた腕章を巻いた数人の集団をちょくちょく見かけた。
東京都は2001年に「都立病院改革マスタープラン」を策定し、これに基づき、駒込
病院の病院経営及び診療業務(医師、看護師等の業務)については都が直営で実施
し、 PFI 事業者が病院施設を改修することで病院機能を向上させるとともに、平
成 21年4月から17年間にわたる維持管理・運営業務を行い、最先端の機能を有する
「がん・感染症医療センター」として整備・運営するという。

競争入札に三菱商事が代表企業になり、戸田建設、竃ヰカ、NTTデータ他と共同し
て応札し、1861億5300万円余りで落札した。
ちなみに応札したのはこのグループのみだそうである。
病院の設計、工事、施設の維持管理、医事や給食などの周辺業務、医薬品や医療
機器の調達などの業務と、それらを統括的にマネジメントする業務などを三菱商
事グループに任せることになる。これらの建築・運営費用の2026年3月末までの合
計額が、落札価格の1861億円だ。
2009年4月 維持管理・運営開始
2011年9月 病院施設等の全面供用開始
2026年3月末 事業期間終了

麻生首相の縁戚会社である、株式会社麻生は飯塚病院の経営実績や病院コンサル
ティングのノウハウ等をもとに、SPCのマネジメント支援及び病院経営支援機能等
の提供を行う目的で参加しているそうだ。

全国でPFIの受け皿に立候補しているオリックス、三菱商事、日本生命などは
オリックス宮内社長を中心とする「規制緩和小委員会」の事務局を構成している
企業であり、自らが医療を食い物にする計画を立案し実践しているとして反対運動
も起きているのだそうだ。
かんぽの宿問題より先にここでも問題になっているとは知らなかった。

駒込病院の看護士の柳さんは「都立病院の民営化・PFIは、12ある都立病院を
大企業へ売り渡すことに他ならず、これを許すと病院の統廃合で七千人が合理化さ
れ、最初の三年間で四千人が削減される。これが進めば当然にも病院だけではなく
医者も看護士も減り、都民は行きたくとも病院に行けなくなり、出産できる病院が
なくなる」と主張していると言う。

入院患者の私から言わせてもらえば、病院経営や診療業務を都が直営で実施するよ
り利害関係者を含めた「患者のための病院委員会」みたいなものを設立し、患者の
QOLを重視した経営全体を統制する組織で運営して欲しいものだ。
『患者様の立場に立った医療』などとコンセプトにはあるが、枕詞にしか過ぎない
場合が殆んどである。例えば給食の食器はプラスチックであり、メニューの選択肢
は皆無に等しい。食べる場所もベッドサイドの狭い空間で一人黙々と食べる環境は
患者の闘病意欲を高めていると言える人がいるのであろうか?
経済合理性も大切ではあるが、トータルで考えたとき、本当に医療費の削減に役立
っているのか疑問だし、何より患者サイドに立った医療という視点は皆無というの
が今の医療ではないかと痛感している。

PFI事業で運営されている近江八幡市民病院は、新規オープンから1年半もたたない
うちに24億円の赤字だそうだが、赤字の原因がどこにあるのか、社会全体の費用と
人間としてのQOLのあり方との整合を考えると同時に、闘病意欲を高め自然治癒
力を引き出す環境にもっと配慮してもらいたいものだ。

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             02/23:愛梨とアブサン(孫と猫)

21日、長女の誕生会を開催した。
家内が海外に行っているので、子供や孫が集まり、私の
無聊を慰める会でもあった。
孫の愛梨は、1歳9ヶ月になるがまだほんの数語の単語
だけでコミュニケーションを全うしている。


先日の『出征兵士を送る会』でもらった必勝鉢巻
が大いに気に入り頭に巻きつけてご満悦である。
猫のアブサンが私の膝の上にきて寝そべると、愛
梨が慌てて私のところへきてダッコを要求してき
た。
猫と孫に甘えてもらい、ジイサマは必生の思いを強くした。
せめてこの児が物心つくまで元気でいたいものだ。
  

  

    ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★

        ************

無聊の記 ”愛梨ちゃんとアブサン君” 拝見致しました。
ほのぼのとした、愛くるしい、目に入れても痛くないお孫さんと御一緒にいいですね。 

”必勝鉢巻”が、またよく似合います。吉田さんもお元気そうで何よりです。
写真拡大して見ました。
私は、これから出勤です・・・・・・・・・半分遊びみたいなものですけどね。
季節の変わり目です、どうぞご自愛下さい。

        ************

(もう一人のジイサマより)

愛梨ちゃんに鉢巻が本当に良く似合い、
机を前に座ったところは、まるで早くも受験勉強でもしているようで、思わず苦笑さ
せられました。 
まだ語数は少なくても、しっかり意思疎通できていると伺い、心強く感じたところで
す。
有り難うございました。
先日は、正月に愛梨ちゃんと会った私の姉が、
「愛梨ちゃんはとっても賢い子よー!!」とつくづく話してくれました。
こうした点、姉の見る目は実際良く当たりますので、私もとても気分が良くなったと
ころです。
(身びいきの手前味噌かも知れませんが、本当です。)

        ************

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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             02/22:桜と菜の花

駒込プリズン病院仮釈放の翌日(20日)、朝からの雨
は昼前には止み3時頃から晴れという天気予報を聞いて、
大井松田インター近くの松田山ハーブガーデンに車を走
らせた。 皆考えることは同じらしく、駐車場は満杯で
20分ほど待たされた。


ここの寒桜は例年よりかなり早く、既に満開状態
で、雨滴をつけた花が陽射しに煌めき、濃い目の
桜色が艶かしく感じられた。
4時頃、富士山も霞の中から姿を現し、サクラを
前景にした写真を撮ることができた。
レンズを取り替えながら沢山撮ったが、気に入ったものは1/3位であった。

  

  

桜と菜の花はこちら

    ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★

        ************

いつも吉田先輩の写真をダウンロードして、パソコンの壁紙と
スクリーンセイバーに使わせていただいております。とくに今
回の桜と梅の写真には、癒され、元気をいただきました。あり
がとうございます。

私は,日本原子力研究開発機構から、ITER機構(南フランス)
に出向して2年になりました。ITERと申しますのは、核融合の
実験装置を、国際協力で建設するプロジェクトです。あと数年
から10年こちらで精を出します。

末筆になりましたが、先輩が全快されてお目にかかれる日を楽
しみにしております。
おだいじに
               *************************
○○さん
メールありがとうございました。
喜んでいただける方がいらっしゃると励みになります。
フランスで核融合の実験装置を、国際協力で建設するプロジェクト
とは凄いですね!
私には想像すらできない世界ですが、ご帰国の折でもお目にかかれ
れば嬉しいです。新橋のLSクラブジャパンはご存知ですか?
               *************************
さっそくお返事くださり有難うございました。LSクラブジャパ
ンのことはお聞きしておりますが、まだ伺ったことはありませ
ん。いつか帰国したときに先輩のご都合がよければお会いした
いです。

先のメールにも書きましたが、先輩の写真には、一枚一枚に心
が込められていて、眺めるたびに自然の美しさに感動し、元気
をいただいています。
では。おだいじに。

        ************

満開の寒桜と一面の菜の花、可愛らしい鶯の表情、
また裾野を大きく引いた雄大な富士の光景を拝見して、
気持ちも清々しく洗われ、本当に心和む思いがしました。 
有難うございました。

治療の効果がしっかりと現れ、早期に本復されますようお祈りしております。
今しばらく三寒四温で日ごとの寒暖の差が大きな時期が続きます。
くれぐれもご自愛ください。

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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             02/05:農大厚木キャンパス

明日、また収監されるので散歩を兼ねて東京農大の厚木
キャンパスを訪ねた。
門のところにこれがススキの仲間の荻ではないかと思う
植物があり、確認したくて写真に収めた。


梅林に着くと、農大の女子大生が梅の枝の剪定を
をしていた。声をかけると屈託のない笑顔が返っ
てきた。素朴なかわいい娘達であった。
脱毛中の老人は、バンダナ帽子で頭を隠し、彼女
らの仕事振りを横目で眺めながらじっくりと花を
観賞した。

曽我の梅林では家内と一緒だったので、じっくり写真を撮るのは難しく、その分
満足な写真は少なかったが、今日は一人で納得するまで撮ってみた。

  

  

農大厚木キャンパスはこちら

    ★★★★★★★★★皆様からのお便り★★★★★★★★★

        ************

農大の梅、きれいですね。
確かに曽我梅林よりきれいな写真が多いかも知れませんね。

明日からは又、薬臭い、陰気な?駒込ですか。
(入院したことが無いので、雰囲気が解りません)
だけど、貴兄の前向きな姿勢なら、きっと短期収容で済みますよ。
明日の同期会で会えないのは残念ですが、早くきれいになり、リハビリして、
たくさん歩けるようになりましょう。

そして、アンコールワットとか、フエ(ベトナム)とかを歩きましょう。
張家界も良さそうですよ。
早期帰還を期待しています。

        ************

華麗なるホームページにはいつも感嘆しています。

ガン細胞も君の執念にかなわず委縮しているようで、驚いています。
又酒を飲むにはもう一息の辛抱。
明日からまた入院とのこと、憂鬱でしょうが、医師も君の味方ですから感謝
しながら折り合いをつけてください。

        ************

東京農大キャンパスの、可憐で見事な梅や水仙の写真を
沢山拝見させていただき、有難うございました。
被写体の選び方やピントの合わせ方など、絵を描く際にも、
参考にさせていただけそうな写真が多かったです。

明日から駒込での治療を再開されるとのこと。
がん征圧へ向けた再度の集中砲火で、
治療効果がバッチリと現れますように祈念申し上げております。

        ************

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             02/03:曽我の梅林

立春の前日、暖かい陽射しに誘われ家内の運転で小田原
の曽我の梅林まで出かけた。
小田原厚木道路を利用すると1時間弱で梅林に到着する。
今年は例年より花が早く、早咲きの品種はすでに満開に
近かった。


ここの梅林は梅干用の梅をとる目的のものが多く
白梅が殆んどですが、所々に紅白の枝垂れ梅も植
えられ楽しめるようになっている。
会場は3ヶ所に別れているが、規模としては埼玉
の吉野梅郷には遠く及ばない。

この日は春霞のような天気で、富士山がかすかに見えるほど霞んでいたので、梅林の
中に浮かぶ富士山を撮ることはできなかった。
月曜日とあって、人出は少なく殆んどはリタイア組の夫婦連れであった。

  

曽我の梅林はこちら
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             01/26:出征兵士、吉田耕治を送る会U

12期各位
記録係・連絡係の谷山です。
掲題の件に関しては、出征兵士・吉田耕治さん
の弟子になった三浦聡雄さんから当日の写真が
公表され、ご本人のホームページには当日の模
様が掲載されていますので、今更詳しいレポー
トなど必要無いと思うのですが、ご本人から「記録係兼仕切りマンの谷山氏
より詳しいレポートが届きましたら・・・」との催促もありますので、改め
て、当日の模様を報告します。

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15時前に「LSクラブ」に到着すると、既に主人公の吉田耕治さんと三浦聡雄
さんが先着しており、テーブルには、デーンと甕一升の焼酎が鎮座しておりま
した。
聞けば、難儀なことに、吉田耕治さんご本人が持参したとのこと。
箱には宮崎県日南市の名酎「甕雫」とあり、立派な柄杓がついておりました。
そして開演間際に、例によって今回もまた、鹿児島の大徳さんから焼酎他の
差し入れが、ぴったりのタイミングで届きました。
中身は、名酎3Mの一角「魔王」、黒糖焼酎「はなとり」、「白玉の露」、そして
「都濃ワイン」という豪華なラインアップ。何時も何時も本当に有り難いことで
す。

熱が出て急遽電話での参加となった阿部山さんを除くと、参加者は都合12
名となりました。
仕事の合間を縫って駆けつけ、ノンアルコールビール一杯で再び仕事に戻っ
ていった牧之内隆久さん(可愛そうに一杯でも3,000円取られた)、そして
出張の帰りに飛び込んできた中村勝洋さん、更に、吉田耕治さん、野村綱洋
さん、中間真人さん、児浦義文さん、西村幸夫さん、有村孝文さん、安楽隆雄
さん、三浦聡雄さん、庵主・中村誠洋さん、それに小生の12名でした。

小生は、新橋のLSクラブに行く前に、東急ハンズに立ち寄って、本日の会に
相応しい「日の丸」の旗と「必勝」鉢巻を調達しました。

歌声酒場は例に無く、お話し合いに始まり、真面目に順序良く日の丸への寄
せ書きをするなど、戦前の出征兵士を送る宴はかくありなんと覚えるほど、歌
声の聞こえないしめやかなスタートとなりました。
しかしながら、一升の甕酎がほぼ終わりに近づくにつれて、会は、本日の趣旨
そっちのけで何時ものように賑やかな歌声酒場になっていきました。

先日のメールでは、「吉田に酒は勧めない、1次会で必ず帰宅させるという約
束で彼の雄図を祝おう!!」と優しい心遣いを見せていた中間さんも、「いいじ
ゃないか、本人が飲みたいと言うのだから・・、吉田、飲め、飲め」と進め、吉田
さんもこれがこれから収監される病人とはとても思えないほど、ガブガブ・・・。
本当に大丈夫だったのでしょうか??

大徳さんの御酒も底をつく頃に、時間通り歌声酒場は終了。私達以外にも既
に他のお客さんも来ていたのですが、委細構わず「ラ・サール讃歌」を全員で
合唱して散会しました。

今は、29日に再収監される吉田さんの健闘?を期待するとともに、次の歌声
酒場では手術の大成功を祝い、その次の歌声酒場では吉田さんの快気祝い
で大騒ぎしたいと思っています。ガンバレ!!吉田。

例によって、末尾に当日の模様を撮った写真をYAHOOにアップして公開しま
す。吉田門下生となった三浦さんの綺麗な写真も取り込んでありますが、小生
の撮ったデジカメ写真は、ピンボケが多く恥ずかしい限りです。
ま、雰囲気だけも楽しんで下さい。
抗癌剤の副作用で頭髪が抜けるようになったと嘆く吉田さんと、もともと少ない
(ない)誠洋さんの二人が並んだ写真は使用前・使用後のツーショットみたい・
・・・。
送る会はこちら
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             01/25:出征兵士、吉田耕治を送る会

『12期生諸君
  1月23日 15時新橋は・・
「出征兵士、吉田耕治を送る会」になりました。
吉田に酒は勧めない、1次会で必ず帰宅させる
という約束で彼の雄図を祝おう!!』

これは同期の中間君が12期メーリングリストへ送ったものである。
我が12期は、ラ・サール同窓会の中でも結束力で抜きんでている期で、通常
毎月第3金曜日には中村誠洋君が主催して、LSクラブジャパンで歌声酒場な
るものを開催している。これは12期に限定している訳ではないが、出席者は、
ほぼ同期生に限られている。
LSクラブジャパンは、7期の深江先輩が経営しているクラブで、新橋駅から
5分弱の絶好のロケーションにある。
会員制でラ・サールの卒業生か、東大の剣道部出身者など深江さんの好みに限
定されたクラブである。歌声酒場は中村君が深江さんと交渉して、昼間の3時
から6時まで飲み放題、カラオケ放題で3千円ポッキリという設定である。

集まったのは、私を除いて同期の11名。参加予定の阿部山君は肺がんを押し
て出てくると言ってくれたが、熱が出て残念ながら不参加となった。
3時前からヒマ人が続々と集まってきた。仕切りマンの谷山君はなんと日章旗
と必勝鉢巻を買って現れた。これで一挙に右翼の愛国党大会となってしまった。
私のがんを肴に、持参した甕入りの焼酎や大徳君が送ってくれた『魔王』など
鹿児島の有名焼酎がずらりと並び、「吉田に酒は勧めない」なんかどこ吹く風
状態で、軍歌の連唱・・少々異様な歌声酒場となった。


同期の暖かさを感じ、グッとくるものがあった。
以下は翌日送った御礼メールである。
『昨日は中村庵主主催のもとLSクラブジャパン
での歌声酒場を、吉田下等兵出征祝いの会に変
更していただき、誠にありがとうございました。
もと全学連の浪士(老士?)が、急遽愛国の志
士になったかのような軍歌と寄せ書きの日の丸に必勝鉢巻まで用意していただ
き、感涙にむせました。
熱を出して急に来れなくなった阿部山さんをはじめ、出席いただいた有村さん、
谷山さん、野村さん、三浦さん、児浦さん、西村さん、安楽さん、牧之内さん、
中間さん、中村誠洋さん、それに出張帰りに立ち寄って頂いた中村勝洋さん、
皆様の熱きご声援に、生還を期せず玉砕せよと言われているような熱気という
か狂気を感じ、身震いが起きました。身内のがんも震え慄いたことと思います。
今後このような狂気の会が頻繁に開催されないよう祈念しつつ、御礼の言葉に
代えさせていただきます。
皆様、本当にありがとうございました。』

狂気の会合といえば言えるが、暖かい友情が身に沁み涙が出そうになった。
がんにならなければこんなありがたい会合は持てなかったと思った。
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             01/21:10万ヒット達成!

1月19日、ホームページを公開して10年と15
日目10万ヒットを達成した。この間、落雷事故や
プロバイダー変更などで計6ヶ月ほど中断したが、
年間1万件ペースで10年も続き我ながら感心して
いる。『厳しいルールのカウンター(同じPCから同
一日に再びカウントしない)で10万はすごいです。』
とのお祝いももらった。

この日から、皮肉なことに抗がん剤の副作用である
脱毛が本格的に始まった。書斎と居間のゴミ箱には
沢山の髪の毛が集まって、ちょっとしたウイッグが
出来そうだが、もともと髪の毛が多い方なのでまだ
見た目は普通に見える。この分では23日の「禿げ増す会」に出ても、皆さんから
サギだと言われそうである。
重粒子線治療も抗がん剤治療も、本当にがんをやっつけてくれているのか眼に見え
ないため実感できないが、正常細胞にダメージを与えている証拠の副作用だけは、
ちゃんと実感できるとは、腹立たしくもある。
しかしどちらの副作用も、事前に説明を受けて心配していた程のものではなく、一
安心だ。有り難いと思わなければ罰が当るかもしれない。

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             01/20b:Cozy (SPA) Hospital Plan
都立駒込病院に入院してみて、病院は病人を作るところだと感じた。
何しろ住環境が劣悪だ。刑務所とあまり変らないのではないかと思って調べてみた。
刑務所の雑居房は、8畳(13.2u)位の広さで、6人が入る。独居房は3畳(5u)程
の広さがある。

現行の病院では、医療法で一人の病室の居室
面積は一般病床と療養病床に区分され、一般
病床は4.3平方メートル。療養病床は6.4平方
メートル以上と定められている。
しかし、平均的な病院の1床当たりの病室面積
は個室12.6u,4床室6.4u,6床室5.6u,6床室
超が5.4uであり、私の入院している6人部屋
は感覚的にはもっと狭く感じる。


また、刑務所の食事の材料費は一日530円程。受刑者が料理するため人件費はなし。
(小学校の給食が一食で250円程度であり、質的にはほぼ同等と考えてよいそうだ。)
カロリーは、A食-1,600Kcal、B食-1,300Kcal、C食-1,200Kcalとなっており、性別や
労働の種類などで決まっているそうである。(成人男性の標準は2.200Kcal)
病院食は、患者の病気の種類によってカロリーが違うが、刑務所とあまり変らないよ
うである。
こうやって比べてみると、病院の環境は冷暖房を別にすると、刑務所とそれほど変ら
ないように思える。
カーテンのすぐ横で咳き込みや苦痛の声、看護士や医師の処置の音が入ってくるし、
駒込病院の場合、食堂も共有の休憩スペースもない。エレベータホールの前に座り心
地の悪いソファーがあってテレビが見られるくらいで息抜きをするところがないので
ある。動き回る元気があるのに、自分のベッドしか居場所がなく身の置き所がない。
個室は希望しても中々入れず、一番安い部屋(12.76u)で1泊9千円である。東海大
学病院は、一番安い部屋でも1泊2万1千円だから、それと比べたら安いと言えるが、
トイレも風呂も電話もない部屋で1泊9千円は高すぎる。2万1千円なんてべらぼうだ。
ちなみに東海大学病院のAランク個室は1泊6万8千250円である。
こんなに高額な部屋代を取っていながら、経営が苦しいとか赤字だというのは信じられ
ないほどマネジメントが劣悪であるとしか思えない。

これなら病室をビジネスホテル業者に委託したり、診療施設などもリース形式にして医
療にかかる経費と明確に区別した経営をすべきだとおもう。丼勘定では無駄が分からな
くなってしまう。

*COZY HOSPITAL (好爺病院) PLAN

例えば、箱根の芦ノ湖の湖畔に、ビジネスホテル業者が経営する病室を作り、医療設備
もそこに間借りする。さらに家族や見舞い客が宿泊できるビジネスホテルタイプのホテ
ルを併設し、時間貸しの面談室で患者を見舞えるようにする。
ホテルには評判のレストランを誘致する。病院食も外注し食事代も明確に区別する。
湖を見渡せる場所に温泉大浴場と散歩コースも設ける。これで1泊1万円以下に設定す
れば千客万来間違いなしだ。

下の資料を見ていただきたい。東京品川のニューオータニインで6,500円から泊まれるの
である。医者は医療に専念してもらい、病院の経営にタッチしない方が余程良い環境を
作れるのではないかと思う。
誰かこのプランを実現してくれる人はいませんか?病人を作る病院なんかいらない!

     ↓Yahoo!ビジネストラベル1/19の情報
   
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             01/20:冬の里山

入院で体がなまってしまったので、散歩がてらに谷戸山
公園に出かけた。左の写真はそこから望んだ丹沢山塊で
す。左の方の三角の頂きは山岳信仰で有名な大山です。
寒さを避け、昼食後に出かけたのですが池には結構分厚
い氷が張り、季節感充分の光景でした。


丸裸の雑木林にあって、木々にまとわりつく蔦
だけが緑を保っており、何か不思議な感じさえ
覚えました。
白神山地に行ったとき、ガイドが「蔦が撒きつ
いている樹は樹勢が衰えている証拠で数年後に
は枯れてしまう」と言ったことを思い出しました。

樹にとってツタはがんみたいな存在のようです。そんなくだらないことを思いながら
冬枯れの中を歩き回り元気を取り戻しました。

  

冬枯れの谷戸山公園はこちら
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             01/19:切花

我が家には毎週土曜日、花屋から切花が届く。
1回750円で配達料込みである。この花で、妻は
玄関やトイレを飾っている。
確かにきれいな花なのだが、私はあまり興味がない。
花瓶に活けられた花は屋内の光りで観ることになる
が、朝日や夕日、逆光や順光といった光のバリエー
ションがない。それに雨風に打たれることもなく、
露がつくこともない。草花が美しいと思うのは、やは
り自然の中にあるからだと思う。
カメラ雑誌などでは花の写真は曇り空が良いなどと書いているが、私に言わせても
らえばウソである。太陽光線の微妙な傾斜と強弱、それに陰が美しさを際立たせて
くれる。雨上がりの澄んだ空気の中できらきら光る露を載せた草花は最高である。
曇り空が良いという人は図鑑に載せるような花を撮りたいのだろう。
1歩か2歩の違いでも絶妙な美しさが見える時と、何も感じない平凡な花にしか見
えないときがある。
またカメラ雑誌ではファインダーを見ながらアングルを考えるようなことが書いて
あるがこれも私には理解できない。先ず自分の眼で見て美しいと感じなければなら
ないし、どの方角からどの目線で見たとき一番美しいと思うか、カメラを構える前
に動く必要がある。最近になって、やっとこんなことが分かってきた。
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             01/18:ロウバイとナンテン

狼狽と難点・・・ワープロソフトは俺の心理まで読んで
いるのか!
歩いて2〜3分の所に蝋梅と南天の木がある。
花があまりないこの季節に眼を楽しませてくれる。
3時頃この蝋梅の木の傍を通り過ぎたとき、西日に
当る花が眼に飛び込んできた。去年暮れから咲き始めた蝋梅は。櫨の実で作った
蝋燭の色だったが、今日見た花は黄金色に輝いていた。


早速カメラを取りに家に戻り夢中でシャッターを
押した。帰り道、南天を眺め真紅に染まる葉っぱ
と実を楽しんだ。

蝋梅と南天はこちら
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             01/17:異変

17日の朝、異変に気が付いた。
シェーバーの音があまりしないのである。
顎をなでてみると髭が少ししか生えていない。
駒込病院でもらった資料によると抗がん剤の副作用の
一つである『脱毛』は、治療開始から約2週間後に出現
すると書いてある。いよいよ中村誠洋君と同じヤカン頭
になる覚悟を求められているようだ。
「魑魅魍魎」の著者である安楽君の頭をレタッチソフト
で丸坊主にした罰が当ったようだ。(下の写真)


この抗がん剤は、腫瘍の大きさが30%以上小さくなる
という効果とも呼びたくないような効果でも42%しか
ない。逆に副作用は下記のどれかは確実に起きるのだ。
1) 消化器症状
  ・吐き気、嘔吐
  ・口内炎、粘膜障害
  ・下痢、便秘
2) 骨髄抑制
  ・白血球、好中球減少
  ・赤血球減少(貧血)
  ・血小板減少
3) 倦怠感、 4) 腎機能障害、 5) 心臓障害、 6) 脱毛
7) その他、希に起こる副作用
  ・アレルギー
  ・肝機能障害
  ・その他予想できない症状
今のところ、幸いに深刻な副作用はないが、一定の有効性が証明されていると
言われても、納得性に欠けるのは否めない。

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             01/16:都立駒込病院

皮肉なことに去年のクリスマスイブに都立駒込病
院に入院することになった。
入院してみて、これまで経験した闘病生活は楽な
ものだったことを痛感させられた。
病で苦しんでいる人たちの苦悩をこれまで実感で
きていなかったことが恐ろしいほど分かった。

希望をなくした患者は、眼もうつろで肌にも張りが全くなく、生気が消えうせている。
話を聞くと殆んどが手遅れ状態で、あちこちに転移している人が多い。
慰める言葉もなく、ただ話を聞くことしかできない。声帯を失った人や、明日声帯が
なくなるという人の嘆きは、耳を覆いたくなるような悲痛な話で、病院とはこういう
所なのだという、当たり前のことを直視してこなかった私の五感を無理やりこじ開
けるように、残酷に繰り返し押し被され、思考回路がマヒしてしまった。
元気な人もいるにはいるが、殆んどは自分の現状を正しく理解しているとは思えず
根拠のない楽観に頼っている。
ここへ来て大いに反省させられた。
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             01/01:2009年

食道がんを見つけて、半年も付き合い新年も未だ
にご一緒している。
この半年、がんを見据えて、どう対処すべきか
懸命に考え、最善の方策が見つかったと喜んだ
ものの、ぬか喜びに替わりダメージは大きかった。
また、2008年は株の大暴落で、資産は大幅に
目減りするなどあまり良い年ではなかった。
しかし、病を得て生き方を考える機会を得たこと
も事実である。がんが生き残っていることを確認するまでは、楽観的でアグレッシブ
なメンタリティーを保っていたが、駒込病院に入院して気が滅入ってしまった。
6人部屋に入ったが、全てのベッドの周りにカーテンが張り巡らされ、全く無言であ
る。激しい咳き込みやうめき声で目が覚めると中々寝付けない。
この環境で精神を平安に保つのは至難の業である。
1月4日から再度入院するが、自分の弱さを痛感し、再挑戦の困難さにたじろぎな
がらも、何としてでもここを切り抜けなければならないと思う。
自身の生き方は、他人には左右されないと思っていたが、そうではない自分がある
ことを認め、胆力をつけなければならない。
1月は抗がん剤による術前治療、2月に手術とまだ先は長い。
「冬来たりなば、春遠からじ」 春が来る頃までに元気になれると良い。

今年の賀状は小林古径の絵を一部抜き取って作ってみました。原画では2頭の牛が
争っていたので、角を突きつけている白い牛を消しました。
「無聊の記」もマチスの絵を使って装いを変えてみました。
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